25話 別れ
慎也は、出発の準備を整えていた。
本当は、もっと楽しみなはずだった。
この世界を楽しもうと思って、旅に出たのだから。
ステラのことが気になっている。
いくら考えても、ステラと話さないことには分からない…と、頭では理解しているのだが。
…昨日は結局、ステラは帰って来なかった。
慎也は、ステラと会う約束をした軽食屋に向かった。
軽食屋は、大きくはないがオシャレだ。
(個人経営の洒落た喫茶店みたいだな…
……本当だったら、もっとテンションが上がるとこなのに…
…行くか)
慎也は覚悟を決めて扉を開けて、店に入った。
「いらっしゃい。」
女主人が穏やかに迎え入れてくれた。
そして、慎也が何も言う前に、外からは目につかない席に案内する。
そこには、ステラが座っていた。
「…おはよ。
来てくれて、ありがとな。」
ステラは、最近にはなかった穏やかな笑みで言った。
「…いや、ステラも忙しいそうなのに悪いな。
さっそくなん…」
「まぁ、慌てへんでよ。
まだ、時間はまだもう少し大丈夫やろ?
ここの朝食おいしいんやで♪」
ステラが言うと、待っていたかのように女主人が料理を運んでくる。
「…上手いな。」
「そうやろ?」
ステラは自分が褒められたかのように、喜んで言う。
「…なんで、オレがまだ時間あるって分かるんだ?」
「……あたいもいろいろ考えたんよ。
すっごくいろいろ…。
今までは、行き当たりばったりでやってきたけどな、そうじゃダメやって思ったんや。
さっき料理出してくれた人にも、相談したりしてな…。
結局、あの角は何でも屋に売ったんや。
あの角は本当に貴重な薬になるって知ってな、少しでも多くの人の役にたって欲しいって思ったんや。
これからは、あれを売った金を資本として頑張っていくつもりや。
…その交渉の時にな、慎也の話を聞いたんや。」
ステラは、目線を少し落としているが、すらすらと喋った。
慎也としても、だいぶ理解できてきた。
「…そっか、頑張ってるんだな。
……パール王国については来ないのか?」
ステラは慎也の顔をじっと見つめる。
そして、唇を噛みしめて、言葉が出てこない。
そして…
「……行かん。
ここで…やっていこ…思うとる…。」
そう言って顔を伏せる。
「そうか…。
ステラがそう決めたなら、オレはそれを応援するよ。」
少し無言の時間が生まれる。
慎也は、雰囲気を何とかしようと話を始めた。
「そのさ、役に立つか分からないけど、こういう商売を並行してやるのはどうかな?
『情報』を仕入れて、売るんだ…」
慎也はこの世界に、情報屋みたいなものがあるとは聞いたことがなかったので、商人としてやっていく中で情報を仕入れて、それを提供することを勧めた。
ステラは、最初、よく分からない、という顔をしていたが、理解すると興味を持った。
「たとえば、オレみたいに知り合いも全然いないやつは、お金を出してでも情報が欲しいと思う場面が絶対ある。命には代えられないんだからさ。
そして、情報はたしかに鮮度が大事だけど、1つの情報を1人にしか売っちゃいけない訳じゃないから、いい情報を仕入れれば絶対に儲かる。
…ステラには、儲けるためだけじゃなくて、多くの人を救うために情報を発信して欲しいけど…。」
「……あたいが情報屋ってのになったら、慎也は助かるのかい?」
ステラは慎也を上目づかいに尋ねる。
慎也は、ステラの仕草にドキッとしながら、それを隠して答えた。
「…あぁ、すごく助かる。
オレが今、頼れるのはステラくらいだからな。」
これは、慎也の本音だった。
村からはもうかなり離れたし、何でも屋とは明らかにギブ&テイクの関係だ。
ステラは、一呼吸おいて決心して言った。
「…あたい、情報屋になるよ。
きっと、みんなのためになるすごい情報屋になる。
…いつか、パール王国に支店を出して、また会うことがあったら…仲良くしてくれる?」
「もちろん! …待ってる。」
ステラは、久しぶりに満面の笑みを見せた。
すっかり話しこんでいるうちに、慎也の約束の時間が迫ったいた。
「…もう行かないと。
あっ!…契約の魔法は…」
「契約の魔法は残させてな…。
…別に黒い線があるくらい問題あらへんやろ?
気をつけてな!
……また…な?」
「…わかった。
またいつか、パール王国で!」
ステラは席を立たずに、慎也を見送る。
慎也が背を向け、勘定を済ませている時に、すでにステラの片方の目から涙が一筋流れる。
しかし、ステラは涙もぬぐうことも、顔を伏せることもしない。
ただ、慎也の姿が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。
そして、完全に慎也の姿が完全に見えなくなると、涙は止まらなくなる。
女主人は、そっとステラの傍に来て、座っているステラの頭を包み込んであげる。
そのやさしさに、ステラは涙が止まらず、声を出して泣いてしまう。
ここ数日、ほとんど寝れずにいたステラにとって、包み込まれる温かさは、傷ついた心を癒してくれた。
首都オーフスで、朝と昼の間の一時のことであった。