17話 協力してよ
ステラは訳が分からなかった。
冷酷に、『取り引きに応じないなら、置いていく』ような発言をしたかと思えば、やけに緩い罰則を指定する。
挙句の果てには、魔力切れとは何か?を聞いてくる。
そんなことは、まだ魔法の勉強を始めない子どもでも、知っている子は知っている。
慎也という人物が、まったく理解出来なくて、頭がパニックになっていた。
慎也は、ステラが答えないのを勘違いして言った。
「あっ…どういう言葉使いをするか悩んでる?
いつも通り話そうよ、お互い。
本来は、オレが敬語使う年齢なんだろうけど…協力しなきゃいけない状況だしさ。
時間はたぶん大丈夫だけど、今日中に街に着きたいから早めに答えて欲しいな。」
ステラは、『考えてたことは全然違うんだけど…』と、思いつつ、答えた。
「えっと…魔力切れは、言葉の通り魔力を使いすぎると起こるんよ。
で…え~と、くらくらしたり、たまに寝込んだりするんや。
あたいは魔力が全然なくて、契約の魔法以外使おうとも思わへんから聞いた話やけど…
1日くらい寝れば、完全回復するらしいんよ。
やから、あんたもちょっと寝たから、ん~、半分くらいは戻ったんちゃう?」
慎也は、なるほどと思った。
(今まで、魔力の限界なんて考えてなかったけど、そりゃ、使ったら減るよな…
まぁ、今日は街が近いからって、朝からバンバン使った挙句の果てに、あの無茶な使いっぷりじゃなぁ…しょうがないわなぁ。)
ステラはたくさん聞きたいことがあるのだが、整理出来ずに、ふと思ったことを聞いた。
「時間はたぶん大丈夫ってどういうことよ?
荷物の回収には必ず来るよ、あいつらは。
自分たちの利益を失うようなことは、絶対にせえへんわ。」
「それは…絶対ではないんだけど…
まず、まだ来てないということは、今日取りに来るつもりがないからだ。
こっちの方には何もないというか、あの山にわざわざ行く人もいないから、基本的に人は通らない。
さらに、通ったとしても、旅をしてる人がこんな大荷物を新たに持つ余裕がある訳がない。
そして、あなたはこの怪我だ。
ここに、いなければ、ラナースに向かうしか選択肢がない。
だったら、見つけるのは難しくないし、…まぁ、優先度も低いんだと思う。」
慎也が説明すると、ステラは感心したように言った。
「なるほど!
この距離なら、もう着いて、仲間を呼んで戻ってくることが可能やもんな。
もう夕暮れやし…って、今日中に街に着くんやなかった?
日が沈んだら、門が閉じて入れて貰えないんよ!」
「分かってる。
だから、こっちが必要最低限の質問をして、すぐに出発したいんだ。」
「やったら、何で魔力切れなんて」
「ちょっと黙って。」
ステラは商人気質でどんどん話すので、慎也が少しイライラして言った。
「魔力切れも最低限の1つなんだ。
…馬は操れる?
2人とも大して動けないし、車輪も外れてるから、馬車の馬に乗るしかない。」
ステラが、ん~ん~、言っている。
「あぁ、自由に喋っていいよ。
いちいち命令するのは面倒だから、なるべく命令は使わないで済むようにさせてよ。」
ステラは、契約の魔法で代償を支払わせる方が、そんなことを言うのを初めて聞いた。
そして、申し訳ない気持ちで言った。
「…すんまへん…。
そして、さらに悪いんやけど、馬は乗れへんよ。
そんな機会は、女にはあまりないんや。」
「分かった。
じゃあ、出発の準備をしよう。
2つの荷物うち1つをオレのリュックに詰めてくれ。
魔法で拡張されてるから、魔力を足して、少し荷物を出せば、1つ分くらい入るから。
オレは、馬の方を準備するから。」
「1つだけええか?」
慎也がもう行動を開始しようとすると、先ほど怒られたからか、少しビクビクしながらステラが言った。
「あの魔物はええんか?
あたいはあんま詳しくあらへんけど、確か結構強い魔物やろ?
角とか持ってかへんと、せっかく倒したんに…。」
ステラは商人として見過ごせないのか、様子を窺うように言った。
慎也は基本的に穏やかな性格だ。
今も、もうイライラは収まっていて、逆にきつくいいすぎたか心配してるくらいなのだ。
「そうなんだ?
でもなぁ…角を切る手段もないし、今回は諦めよう。」
「えっ!?
そんな勿体あらへん!
あたいに…あたいに任せてくれへんかい?
魔物は魔力で強くなっとるから、死体は意外と脆いんよ。
たぶん…手持ちナイフでも頑張れば…」
ステラが目で必死に訴えてくる。
「…荷物を詰めるのが終わって、時間があったらな。」
慎也が言うやいなや、ステラは足をびっこを引きながら、慌てて荷物を取りに行った。
慎也は、リュックに魔力を足し、村長から貰った秘伝の巻物と少しの食べ物だけ取り出して、ステラに渡した。
そして、馬車の壁伝いに、ゆっくり転ばないように馬の前まで移動する。
巻物を開いて、ある場所で手を止める。
(これだ…。
村長さんの魔法は、あまり練習してないのが多いけど、これは試すことが出来なかったんだよな…。
『動物と意思疎通を図る魔法』
上手くいくと、知能の高い動物であれば、言葉が返ってくる訳ではないが、なんとなく感情などが読み取れる…と。
成功のカギは、動物の気持ちを汲み取る…か。やってみるしかないよな。)
慎也は、気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸する。
そして、馬の目を見据えながら、食べ物を与えて、首を撫でてやりながら、呟いた。
「頼むぞ…上手くいってくれ…。」
慎也は、それほど長くない詠唱を丁寧に唱える。
そして、馬を見据えて、伝わってくれるよう、気持ちを込めて口に出して言う。
「このまま、真っ直ぐ行ったところにある街ラナースに行きたいんだ。
2人乗るけど、どっちも手綱をとることが出来ない。
それでも、ラナースへ連れて行って欲しいんだ。…日が暮れる前に。」
馬は少しの間、無反応だったが、いきなり大きな鳴き声をあげ、前足を上げた。
そして、走る準備は出来ている、と言わんばかりに足踏みをする。
慎也は、いきなり前足を上げたことも驚いたが、その感情の奔流に衝撃を受けた。
驚いて魔法が途切れたので、一瞬のことだったが、この馬が力強く走る姿が思い浮かぶような、人間よりもずっとずっと強い生命力を感じた。
一瞬のことで、馬の返答はよく分からなかったが、おそるおそる馬車と繋がるヒモを外していく。
すると、逃げ出さず、慎也の方を『準備はまだか?』と言わんばかりに見る。
ついつい慎也は、嬉しくなって言葉に出して言う。
「…ありがとう。
もうちょっと待ってくれ。すぐに終わらすから。」
そういって、また馬車の壁を頼りに、ステラの方へゆっくりと移動する。