9話 2人で来た意味
「速い…し、揺れる…し、…気持ち悪くなりそうだ。」
移動中、慎也は振り落とされないので、精一杯だった。
「あまり毛を引っ張り過ぎるんじゃないぞ。
痛がって振り落とされるやもしれん。」
村長は余裕がある様子で慎也に言った。
「…気をつけます。」
慎也は、すでに振り落とされないために、かなり強く握っていたので、もうどうしていいか分からなかった。
取り敢えず、早く着いて欲しい…というのが、慎也の切実な思いだった。
村長と慎也は、マギーの拠点から余裕を持って離れて、オオカミから降り、歩いて進んだ。
マギーの拠点はボロい小さな小屋だった。
あれならある程度、人を集めれば、簡単に助け出せそうだった。
「あれ…ですか?
とても予想外なんですが…。」
慎也が言うと、村長は説明した。
「…見た目通りなら助かるんじゃがの。
ニオイからも今もここにいるのは、間違いないらしいしの。
…あやつが1階にいるのは稀じゃ。
大体は地下におる。
たまに出かけることはあるがの…その地下への扉が開かんのじゃ。
そうじゃなければのぉ…。」
村長も助け出そうとは何度もしたらしい。
慎也は少しの間、目を閉じた。
そして、集中した顔になって言った。
「村長さんは家の外にいて下さい。
そして、見つけられないようにしていて下さい。
私がその男を引きつけます。その隙に可能ならジーンさんを助けて下さい。
無理そうなら隠れていて下さい。」
村長さんは呆れた様子で言った。
「そんな馬鹿な話があるか。
なんのために一緒に来たんじゃ。2対1でやればいいではないか。
そもそも、おぬしはあやつを見たことがないから、そんなことが言え…」
「…邪魔なんです。村長さんがそばにいると…。」
村長はあまりの驚きで声が出なかった。
魔法も知らない、村長からしたらまだまだ経験も足りない男が言う言葉とは思えなかった。
いや、それでも今まで感じたこの男の性格を無視すれば、無鉄砲な若者の戯言にすぎない。
しかし…その瞳が何よりも雄弁に語っていた。
それは、あまりにも冷たい瞳だった。
自分の力量を把握出来ない愚か者を見る瞳だった。
慎也は、村長の様子を理解しながらも続けて言った。
「…裏手の方にいて下さい。
自分は正面から行きます。
くれぐれも気づかれないようにして下さい。
本当に、2人で来た意味がなくなるので。」
村長は歯を食いしばり、慎也の冷たい瞳を見返して言った。
「待つんじゃ!
…相討ちを狙っておるのか?そんなことが通用する相手ではな…」
「可能性の1つです。…それが最大の狙いではありません。」
慎也は村長の言葉の途中で歩き出していて、歩きながら答えた。
村長には、もう慎也の言葉に従うしか道は残されていなかった。
慎也は、扉の前に着くと立ち止まった。
目を閉じて、少し俯く。
そして、顔を上げた時には、何にも動じそうもない、達観したような男の顔があった。
ノックをする。
…
反応はない。物音一つしない。
慎也は、戸を押す。
鍵もかかっておらず、すんなり開く。
そこには、生活感に乏しい光景が広がっていた。
ぼろいテーブルに、1つのぼろい椅子。
大きな蜘蛛の巣が天井の隅にあるし、キッチンなど使用感がまるでない。
唯一まともなのは本棚だけだ。
慎也は本棚の前に立つと本を手に取る。
日本語で書いてないと分かるのに、読めることに違和感を感じながら、手に取った本や棚の本の背表紙を見ていくと、大体が魔法に関する本だった。
それも、既存の魔法に関するものではなく、『新・魔法解説』といった新しい解釈の物だ。
慎也は本を戻し、部屋を見回すと、入り口からは見えなかった所に取っ手があるのを見つけた。
(おそらく、あれが村長の言っていた地下への入り口だ。
…あれは、単なるフェイクだろう。大した意味はない。
こちらから行けないなら…来て貰うしかないな。)
慎也は、ぼろい椅子に腰掛けた。
そして、テーブルを蹴飛ばした。
テーブルは倒れ、壁に当って、家全体が揺れた。
慎也は腰掛けたまま目を閉じ、男を待った。
取っ手があった場所とは別の何もない床ぽっかりと空き、カツ、カツと足音が聞こえるようになった。魔法による開閉式のようだった。
そして、全身を覆う真っ黒なフードに身を包んだ男が現れた。
顔はよく見えず、背は高めだが、フードに隠れていても痩せていて、病的な印象を与える。
慎也としては、魔法使いというより、呪術師とでも言った方がしっくりくる。
男は杖を慎也に向け、小声で何かを呟いた。
すると、杖の先にちいさな火の玉が現れた。丸く、自然の炎とは全然違っていた。
「…何の用だ?せっかく見逃してやるつもりだったのに。
それに、変な格好をしてるな…?」
男は慎也に尋ねた。
そして、その間も火の玉は少しずつ大きくなる。
慎也は男の顔を見ながら平然と言う。
「交渉に来た。」
「…それが交渉に来たやつの態度か?
まぁ、いい。…こっちのメリットは何だ?」
火の玉は顔くらいの大きさになっている。
今、放たれれば、死は免れないだろう。
「…魔力だ。」
男はピクっと反応した。
すると、火の玉は一気に大きくなり、男の上半身を覆う。
男は、少し怒ったように言った。
「おまえ…何を知っている?
…1人で来ていて何を言っている。
王族でも捕まえこないと話にならんな!」
男は今にも火の玉を放ちそうである。
「オレの魔力だ…。
…オレは少し特殊でね。
ここにいるジーンの10倍はあるからな。」
男の動きが止まる。
火の玉も大きくなるのが止まった。
ジーンのことを知っているのは疑問だが、ジーンの10倍の魔力が本当にあるなら、それは魅力的だ。
普通に考えれば、仮に王族でも10倍はあり得ないのだが、慎也の服装は明らかに異質で、説得力が生まれてくる。
そして、男は少し考えた素振りをみせてから言った。
「…その交渉とやらを検討してやろう。
ついてこい。」
そう言うと、男は杖を1振りし、火の玉を消し、足早に地下への階段を降りて行った。
家にはまだ熱気がこもっている。
慎也はこっそりと、ふ~っと一息つくと、気合いを入れ直して後を追った。