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路地裏の魔女達へ

作者: 一六(阿国)

10代の頃の漠然とした不安を、上手く表現できたならいいのですが…。



「~~最悪っ」


携帯の画面を見て、思わず握り潰したくなる衝動を辛うじて抑え込む。

高校二年と言えば、恋愛に興味津々な年頃で、例外なく彼女、真緋美あけみもそうだった。


(いつの間に、他の子と付き合ってんの?!信っじられないっ)


来年は受験もある為、今の内に会っておこうと言い出したのは、彼女の恋人、基「元恋人」であったにも関わらず、待ち合わせ場所には来ず。


来たのはお別れのメール一通のみ。それで納得しろと言われて、素直に肯定できる筈もない。

今更自宅へ帰れば、両親から何と言われることか……


彼がいたから、度重なる虐めや両親からの重圧に耐えられたというのに。


父親は整形外科医師、母親も内科医で一粒種の真緋美も医大に進む事を望まれていた。

だが彼女自身は、それに疑問を抱いていた。

勿論医大に進む事に異論はないが、自分自身がどうしたいのかという、ビジョンが見えてこない。

それが深い部分に引っかかっていた。

怒りや、不安、色々な感情が渦巻くまま歩いていると、いつの間にか大通りを外れ路地裏に入り込んでいた。

色々な店がある通りとは違い、住宅が目立つそこに、奇妙な物が目に映る。其処だけが緑に覆われ、周りの住宅とは違う異彩を放っていた。


予定が無くなってしまった彼女の気をひいたのか足を向けてみれば、そこには数え切れない程のプランターに植えられた植物と、地植えの植物に囲まれたこじんまりとした家だった。


表札は見当たらず、代わりに置いてある小さな黒板には


“どうぞ、お気軽に”


の文字。



(お店……なのかな)


そう言われれば、店に見えない事もない。


看板に誘われるまま、奥へ、奥へ……


森林浴の時の香りとは違う、甘いような、スパイシーで清涼感のある不思議な香りに包まれている内に、時間の流れも、大通りの喧騒も忘れてしまいそうになる。小さな飛び石に沿って辿りつけば、カフェテリアのような中庭に到着した。


「おやまあ、随分と可愛らしいお客様だこと」


不意に聞こえた声に、ビクリと肩をすくませて顔を向ければ……


「……こ…こんにちは…」


黒に身を包んだ老婆と、これまた真逆の白に身を包んだ女性が此方に微笑み掛けていた。


「さ、此方へいらっしゃい。ようこそ。お嬢さんはお一人様かしら?」


「は、はいっ……あのっここって……?」


白の女性が話しかけ、それに歩み寄り答えつつも真緋美は「何の店」なのかを問うた。

それに黒い老婆が、優しく答える。


「此処は、“名前の無い場所”よ」


「“名前の無い”……?」


勧められた椅子に腰掛ければ、白い女性がグラスに水を注いでくれる。


それにしたって、名前がないだなんて有り得るのだろうか。

そう疑問を浮かべていれば、女性が微笑みながら答えてくれた。


「只、店に名前がないだけよ。何にも囚われず、時間を過ごす場所。便宜上、“名前のない場所”と言ってるだけ」


そんな店があるだなんて聞いたことがなかった。だが、名前がないのだから、聞くはずもない。

何を頼んだら良いのかわからずに、無難に紅茶を注文すれば、瞬く間に目の前に置かれる。

女性と老婆が、辺りに生えている植物を摘み取って、何かを作っているのをぼんやりと眺めていた。


「……まるで、魔女みたい」


ぽつりと呟けは老婆が楽しげに笑った。


「女は魔女さ。強ち間違えではないよ」


魔女、と聞いた途端に、真緋美は目を見開いた。 それを微笑みながら、老婆は見つめる。


「そんなに驚く事じゃないさ。昔の心理学のお偉いさんが言うには、女が天使なのは幼いうちで、他は悪魔や魔女なんだとさ」

「へえ、そうなんですか。」


紅茶を飲みながら、老婆の言葉に感心する。そこへ白い女性が盆を片手に現れた。


「紅茶のお代わりと、スコーンは如何?」


焼きたてなのか温かいスコーンにクリームをつければ、さっきまでのイライラも溶けていくかのようだった。

サービスだというそれを頬張れば思わず微笑が浮かぶ程、香ばしい香りと甘い香りに普段気にしている「ダイエット」もかすんで遥か彼方。そこへ、白い女性の思わぬ一言に真緋美は思い切り咽た。


「美味しい物があれば、気持ちも晴れるでしょう?失恋なら尚更」

「んぐっ」


まさか言い当てられるとは思わず、スコーンを喉に詰まらせそうになりながら、慌てて飲み込むのを白い女性と黒い老婆は楽しげに眺めていた。


「どうして判ったかって?そりゃあ……魔女だからね。人の心なんてお見通しさ。ましてや、お前さんのように若い娘の心の内なんて…ねぇ。」


くつくつと、喉を鳴らしながら黒い老婆は、その双眸を細めて笑う。


「からかっちゃ駄目ですよ。お見通しなのはともかく」


からかう老婆にたしなめる女性、口元を拭いながら真緋美は、失恋がばれて恥ずかしいやら、苦しいやらで頬を赤く染めることしか出来なかった。


「ほ…ほんとに魔女…?」

「さぁて、どうかしらね?」


恐る恐る尋ねると、白い女性の形のいい唇が弧を描く。


冗談なのか、真実をはぐらかしているのか。その表情からはどちらなのかは汲み取れはしなかった。


しかし、そんな不可思議な、聞えよく言えばミステリアスなこの自称「魔女」達を見て、真緋美はどうしようもなく憧憬を覚えた。


「私、今日失恋したんです。……付き合ってたクラスメートの男の子に、別の子と付き合ってるからって。デートの当日、しかも待ち合わせ時簡にメール一通ですよ。…もう、悔しくって。彼がいてくれたから、陰険な虐めにだって、親の重圧だって負けなかったのに」


ぽつぽつと、心の中に燻っていた怒りの埋め火を吐き出す。


泣いてしまうかも、と思うものの涙も出ない。


己はそんなに薄情だっただろうか…と思いながらも、ほんのり甘い紅茶を飲んでいるうちに、どうでもよくなってしまった。


虐めだって、親の言いなりになってる面白味がないという理由だけでされているだけだ。


医大を目指すなら、やはり成績が重要で。周りからは、がり勉で教師に媚びを売ってるように見える。


そこへ彼がいたのだから……妬みもあるのだろう。


「恋なんて一種の麻疹はしか見たいなモンさ。ましてや同じ年の男なんて、赤ん坊と同じようなもんじゃないか。そんな男なんぞ忘れておしまい」


老婆が空っぽになった真緋美のカップを下げて、大き目のマグカップを差し出して笑う。

しわくちゃなその笑い顔は、お稲荷さんの狐のようにも見えた。

普通ならば怖いと感じるのだろうが、真緋美には何だか愛嬌のある表情に思える。

そして差し出されたそれを受け取れば、暖かい湯気と共に林檎の香りが鼻をくすぐる。


「これは…?」


林檎だけではない、肩の力の抜けるような安心させられるような香り。

思わず顔を向けて尋ねる。


「ふふふ…魔女の妙薬ってやつさ。さ、気にせずお飲み。」


促されるまま一口含めば、ふんわりと広がる林檎とカモミールの香り。

優しい甘さに、ため息と共にひとつ涙が零れ落ちる。


「いいかい?あんたはそんな弱い女じゃないだろう?そんな子供に泣かされるなんて、冗談じゃないだろう?そいつが居なくったって、あんたは同じようにやって来れたはずさ」


老婆の言葉がゆっくりと、心に染み渡る。


                   

「私も……魔女になれますか?」

                 


ぽつりと、波紋を広げるような呟き。それに魔女達は、何も言わずに空を指差す。


「そうね、あの茜空に負けぬ真緋色の心があれば。」


「あ、け…色…?」


「そう、情熱を秘めた想い(ひ)の火(緋)色。それが真緋色。貴女の名の由縁」


指でその字を書き綴れば、真緋美は泣きそうな笑顔を浮かべた。

どうして名前を知っているのだろうという疑問は浮かばない。


だって、魔女、なのだから。


「なら、私……真緋色の魔女になる。」


「勢いだけでは駄目よ。貴女はもっと世界を知らないと。年を重ねて魔女になるんだから。……それに…………」


白い魔女が、優しく髪を撫でる。


「魔女は今は無理だけれど、魔女見習いならなってもいいわ。」


小さく微笑みながら言われれば、真緋美に異論など言えるはずもなく。


今は家路に着くため茜色に染め上げられた町をゆっくり進んでゆく。

振り返れば茜色に書き消され、“あの場所”が何処にあるのかも判らなくなっていたが、彼女は気にもせず吹っ切れたかのように笑みを浮かべた。

今は場所が判らなくても、この世界で学ぶ事を終えれば、また出会えると確信できる。そうしたら、魔女になれたと報告しに行こう。

               

箒で空を翔べなくとも

                            

あの、“名前の無い場所”に集う                           

路地裏の魔女達の所へ                         



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