今日で冒険者辞める!
少年の家は貧しい農家だった。
両親はすでに腰が曲がっており、年を経てからようやく生まれた少年に家を継いで欲しいと思っていた。貧しくとも先祖代々受け継いできた土地を息子に託したかったのだ。
しかしながら少年は田舎の貧しい農民で終わるのは嫌だった。彼は冒険者になりたかった。
冒険者として経験を積んでいずれは勇者の従者となり、共に魔王を倒す。幼い頃誰もが抱いた夢を、彼は諦めていない。
だから彼は後を継ぐように言ってきた両親に反発し、勢いで家を飛び出した。
両親には感謝している。だが、それでも本当になりたいのだ。冒険者に。
少年はとぼとぼと歩いた。いつのまにか丘の方まで来ていたことに気づいたが、かといって今すぐ家に帰るのはしゃくだった。そのまま草を踏みしめて歩き続ける。
「――っ!」
すると、声が聞こえてきた。顔を上げると、二つの人影が見えた。しばらくじっと見ていると段々姿がはっきりと見え始めてくる。
一つは黄金色のさらさらした髪の青年。瞳は空を映しているかのような見事な青色をしている。顔立ちは少し幼く見えるが整っていて、腰には竜の装飾がある立派な剣が存在を誇張していた。何よりも勇者の証である青いマントが少年の目を惹きつける。
どくん。
少年の心臓が大きく音を立てた。
もう一つの影は、勇者らしき青年より一回り以上大きい。艶やかに波打った漆黒の髪と吸い込まれるような黒い輝きを放つ瞳に彫の深い顔立ち。頭上に生えた立派な角が人外であることを証明しており、深紅のマントが男の正体をしらしめていた――すなわち、魔王。
どくん。
また少年の心臓が大きく音を立てた。
憧れの勇者に出会えた喜びや魔王の威圧感に心臓が高鳴った――――――わけでは決してない。
「勇者様ぁんっあちしの愛を受け止めてぇ!」
「うっせ! しゃべんなっこっちくんな! このオカマオウが!」
野太くカッコいい声で気持ち悪さを周りにばら撒いている渋い男が魔王のマントをはためかせ、勇者のマントを風に揺らして走っている青年を追いかけているなんて、きっと嘘だ。嘘に違いない。
「いやんっオカマオウだなんて……あ。結構いい響きね、それ。あちしってば勇者様の愛を感じちゃう。きゃはっ」
「うぎゃあああああああっ! キモイ! キモ過ぎるんだよ。その顔でその声でしゃべんな! てか、追いかけてくるんじゃねー」
「まっ。勇者様ッたらテ・レ・ヤ、なんだから」
「うげえっ」
呆然としていた少年は、自分と同じくその悲劇を見ている人たちがいることに気がついた。
「ああっ一体どこでっ! どこで教育を間違えたのでしょう」
「そうご自分を責めなさるな。アレはアベスタ殿のせいではござりません……きっと、そう。運命なのです」
「魔族もいろいろ大変なんですね」
「強く生きろよジイサン。きっと良い事あるって」
口々に男女が慰めの声をかけているのは、背中から大小五つの羽を生やした老人であった。少年は無言のままそっときびすを返した。
「父ちゃん母ちゃん。やっぱり俺、家を継ぐよ」
こうして少年は大人になりましたとさ。
冒険者辞める! っていうか、なってもいないじゃん! という的確すぎるツッコミには「冒険者になる夢を辞める(諦める)」ってことだよと反論(言い訳)しておきます。