「婚約者を解放してあげて!」と言われましたが、彼、婚約者ではありませんよ?
例によって得意の味付けになった気がします……。
*誤字報告ありがとうございます!
「レックス様を解放してあげてください!!!」
貴族学院の卒業パーティ。
幼少の頃からの婚約者だったレックス=サビニエル様と話をしていたところに、突然の闖入者が現れた。
チラリ、とレックスを見上げるが、隣の男は表情を変えない。
……相手の家格がわからないから、まずは私から名乗るべきかしら。
「初めまして。私はジョセフィーヌ=ラングロワ。ラングロワ子爵家の長女としてこちらに在籍しておりました。大変失礼ですが、お名前を教えていただけますか?」
いきなりの自己紹介に、相手は少し面くらったようだった。
しかし、すぐに気を取り直してフンと鼻を鳴らすと、私を見下した。仕方ないですね、お相手の方が背が高いので。
「私はコラリー=ラクロワ伯爵令嬢よ!
あなた、レックス様の婚約者なのでしょう!?不釣り合いよ!見目麗しいレックス様には私のように華がある女性の方が似合ってるわ!」
チラリ。もう一度レックスを見上げる。
表情は変わらない。いや、少し口角が下がっている?
そもそも名乗る時に伯爵令嬢なんて言ってしまうお馬鹿さんは物語の中だけで十分なのだけれど、実在するのね。
本当、就学義務がないとはいえ、一年だけでも学院に在籍していて良かったわ。何事も経験ですもの。
今度はレックスが、先ほど私がしたようにチラリとこちらを見てきた。
何を考えているか読めないけれど、それは後で直接確認すれば良いでしょう。
「なるほど、レックス様の隣に立つのは私ではなくあなただと、そう仰りたいのですね」
「そうよ!」
「私たちの婚約は国に申請をして認められているものだったのですが、その認可が不適切だと、そう仰りたいのですね」
「く……国の審査なんて書類でしょう!?レックス様の婚約者が全然笑わないような『氷の女』だなんて、実際にご覧になったら絶対に認められなかったわ!!」
氷の女。まあ、そのように振る舞ってきたから否定しようがありません。他の方より表情が乏しいのは事実ですし。
隣に立つレックスの手が震えている気がするのだけれど、大丈夫かしら。
「王国きっての才女だかなんだか知らないけど、だいたい子爵家と侯爵家の婚約だなんて、お金か権力に物を言わせて結んだに決まってるわ!
レックス様はサビニエル侯爵家の御嫡男、あなたなんかが望むことは許されない御方なの。
頭が良いんなら文官でも研究者でもなるものがあるでしょう!?レックス様の婚約者から降りなさいよ!!」
……なるほど、わかるようで全くわかりませんでした。
せっかくの卒業パーティが台無しにならないかしら。でも、この手の余興はパーティにはつきものだとおかあさまも仰っていたし……皆様にもお楽しみいただけるように多少力を加減していきましょうか。
レックスよりも一歩前に進み出ると、コラリー=ラクロワ伯爵令嬢がひるんだ。
「まず、先に否定しなくてはならないのですが、私とレックス様の現在の関係は婚約者ではありません」
その言葉に、コラリー嬢がパッと表情を明るくする。
「それについてご説明する前に、婚約に至った経緯をお話しさせていただきます。
レックス様のお母上、サビニエル侯爵夫人であるエナシア様は、私の母の親しい友人でもあります。
エナシア様がラングロワ家に遊びに来てくださっていたので、レックス様との婚約以前から面識はございました。
努力の淑女と呼ばれるエナシア様を、私は大変敬愛しております。
エナシア様がご子息であるレックス様とのお話を持ってきてくださったのが婚約のきっかけです」
ここまで話して、目の前の伯爵令嬢の様子を見ると、私とレックスが婚約者ではないという事実に口元を緩ませていた。
あまり伯爵家のご令嬢として褒められたものではない。
まあ、知ったことではないけれど。
「その顔合わせの席でレックス様に見初められ、婚約を結んだことは事実です。
しかし、私はかなり頭が良い……?回転が速い……?
変わり者だとも偏屈だとも言われますから、普通の男性の伴侶として在ることは難しいとも思っていました。
あと、まあ……当時のレックス様はいささか素直ではない男の子でした。
顔合わせの席で少々トラブルもありましたので、私が『無理だ』と思えばすぐ解消できる、そういう条件で婚約を結んでいただいたのです」
コラリー嬢の耳にもちゃんと私の言葉が入ったらしい。
宙を見てニマニマと笑っていたその顔をしかめた。
「……それ、レックス様に不利じゃない」
なんと、この状況でも頭は回るのですね。
「はい、その通りです。ですがレックス様はそれでも良いと仰ったので、婚約しました。
サビニエル家は侯爵家ではありますが、現当主の兄君によるやらかしの影響で現在も再建の最中にあり、諸手をあげて縁付くような家ではございません。
しかし、侯爵夫人になるための教育を受けることが、ゆくゆくは別の形で役に立つ可能性も含め……少々打算があったことは否定いたしません」
「何それ、利用してたってこと!?」
利用……利用か。
「否定はいたしません」
「ジョセフィーヌ、あとは俺が」
前に出てこようとしたレックスを振り返り、首を横に振る。
まだあなたの出番ではない。
「しかしレックス様にとっても、私は目の前にぶら下げられたニンジンのようなもの。
レックス様は私を娶るに相応しい人間になるべく、寝る間も惜しんで勉学や鍛錬に励んでいらっしゃいました。そういう意味ではお互い様だったのですよ」
ふげぇ、という声が聞こえた気がしたが気にしない。
お恥ずかしいのでしょうけれど、まだ黙っていてくださいね。
「私は十三の頃には王城に呼び出され、出仕するようになりました。
その時には必ず付き添いもありましたが、道中、城内、場所を問わず危険な目に遭ったことも一度や二度ではございません。
王家に目をかけられ、再建真っ只中の侯爵家に嫁ごうとする少女……邪魔者か、はたまた利用価値を見出すか……それは立場や感情によりましょう」
ぐるりと辺りを見回す。ご令嬢もご令息も何名か震えていますね。
私、震えるようなことを言った覚えはないのですけれど、まだ。
「幸い、後見人として王家の方々にお力添えをいただいていましたので、実際に危害が及ぶことはございませんでした。犯人やその裏にいた方は全て明らかになっていると聞いております」
あら、急いで出て行く人影がいくつか見えたけれど。
良いのかしら、最後まで聞かなくて。
「そんなこともありましたが、お陰様で私も公の場で恥じなく振る舞える程にはマナーなどを習得いたしました。ひとえにサビニエル侯爵家、そしてウルフェルグ王家の皆様のお力添えのおかげでございます。
レックス様と婚約を結んだ際に王弟殿下のご子息とのお話をお断りしたにもかかわらず、ウルフェルグ王家は我々の婚約のバックに立ってくださいました。後に婚約がなくなった時の保険も兼ねてのことだったと伺いましたが、それも当然のことですので何も思うところはありません」
王弟殿下ご夫妻は私が目標とする夫婦の形のひとつ。
そのお二人に気にかけていただけるなんて、これ以上幸せなことがあるだろうか。
ホールがさらにざわついていますね。
しかしもちろん、これも予想の範囲。
「ですので私が婚約の白紙を申し出ても、私は何も困らないのです。
嫁ぎ先など、国の外にも目を向ければいくらでもありますし。
もっとも、国のために生きると決めておりますから、終生独り身でも、どなたかの後妻でも構わないと思っておりました」
隣に立つレックスが歯軋りする音が聞こえた。
まったく、話が面白くなるのはここからでしょう?
「そ、そんなの、ジョセフィーヌ様の気持ちひとつで解消できちゃうじゃないですか!
レックス様がいつ解消されるか怯えながら、ジョセフィーヌ様の機嫌を取らなきゃいけないなんて、おかしいわ!!」
そう、コラリー嬢、その通りなのです。
他人の男を狙う女狐、さすが目の付け所が良い。
ふっと微笑むと、コラリー嬢が目を見張った。
コラリー嬢だけではない、周りからも、息を飲む音が聞こえる。
その様子に気付いたレックスが、はっきりとこちらに顔を向けた。
「ラクロワ様、仰るとおりです。
ですので私たちは、毎年必ず、お互いの婚約継続の意思を確認する場を設けてまいりました。
レックス様にもご自身の意思で婚約を解消していただけるように。
ですが、それを今年は行なっておりません」
「……つまり、婚約をしていない……」
「そういうことです」
ざわっ。
わかりやすく空気が動く。
「どういうことだ?」
「婚約していない?」
「だがさっきは仲睦まじく話していたぞ」
「レックス様は今フリーなの!?」
「チャンスじゃない!?」
さて、そろそろ話を締めていきましょうか。
「ああ、卒業までは生家であるラングロワ家の姓を名乗っておりましたが、現在の家名はサビニエル。
ジョセフィーヌ=サビニエルでございます」
「ますますどういうことだ!?」
「婚約はしていないのにサビニエルを名乗っている!?」
「養子にでもなったの!?」
「子爵家だと結婚相手として父上が良い顔をしなかったが、侯爵家なら……!」
「……ジョセフィーヌは俺の婚約者じゃない」
じっと黙っていたレックスが、私の前に進み出た。
「レックス、落ち着いて」
周りの声を聞いて昂ってしまったらしい。
レックスの上着の袖を引くが、びくともしない。
「もう我慢ならない。ジョセフィーヌは俺の婚約者なんかじゃない!」
周囲の視線が一斉にレックスに集まった。
「……ジョセフィーヌは俺の!最愛の!!妻だーーーっ!!」
広いホールに静寂が走る。
「………は?」
コラリー嬢の口から、間の抜けた声が漏れた。
「つ、妻?」
「そう!妻!!俺のワイフ!!」
レックス……髪の毛が逆立って見えるわ……。
「第一、ジョジーが不釣り合いってなんだ!
不釣り合いなのは俺!俺が泣いて泣いて泣き倒して頼み込んで婚約してもらったの!!」
「……レックス、それは子どもの頃の話です。今蒸し返さなくても」
「いやもう我慢なんねえ!何が見目麗しいだ!
見てくれだけで判断するような女に脇目振ってる場合じゃないわけ!
ジョジーの隣に相応しい男になるために必死だったの!!
どいつもこいつも『あんな冷たい婚約者なんてやめて私と』だあ!?ふざけんなよ阿婆擦れ!!」
……ああ、感情が昂るとお口が途端に悪くなるところ、本当にお義母さまにそっくりだわ……。
「レックス、それは言い過ぎです」
夫の前に回り込み、その唇に人差し指を当てる。
「サビニエル家の名前を、あなたの言葉で汚してはいけないわ」
レックスが何か言いたげな目で私を見る。
黙って首を横に振ると、夫は仕方ないといったようにうなずいた。
コラリー嬢を振り返る。彼女は阿婆擦れと言われたショックが抜けないのか呆然と突っ立っていた。
流れていた音楽も止まり、視線は全てこちらに集まっている。
……これなら十分でしょう。
「今、愛する夫が発表したとおりです。
私はジョセフィーヌ=サビニエル。
サビニエル侯爵家嫡男、レックス=サビニエルが妻でございます」
肩で息をしているレックスの左手を取る。
レックスは嬉しそうに満面の笑みを私に向けた。
あなた、まるで犬のようよ、幻の尻尾が見えるわ。
「婚約者ではないと申し上げましたのは、現在、婚約関係ではなく婚姻関係にあるからです」
そう宣言し、レックスに微笑みかける。
「昨年の話し合いで、俺たちは婚約期間を終え、婚姻関係を結ぶことを決めた。
婚姻契約の締結と挙式は、ジョセフィーヌが飛び級で三年次に入学する前に終えている」
「えっ」
「つまり学生結婚?」
「もう入学してきた時には人妻だったってこと!?」
その反応も、予想通り。
「仰るとおりです。私たちは毎年婚約の継続について確認をしてまいりました。
そして昨春、もうこれ以上婚約を続ける意味がないと判断し、双方合意の上で昨夏の入学前に婚姻を届け出、受理されております」
そう言ってレックスを見上げると……デレデレに照れていた。
声に出さずに口の動きで“顔”と伝える。夫が慌てて表情を引き締めた。
「なんで、学生結婚なんて……」
どこからともなく声が聞こえた。
それはそうだろう。この国では女性は十六歳から結婚できるが、大抵は学院を卒業してから結婚をする。
学生、しかも入学前に結婚することは極めて珍しい。
「そのように言われることも承知していました。
ですが、先ほども申し上げましたように私は幼い頃から狙われる生活を送ってまいりました。
婚姻前に不慮の事故や策謀に巻き込まれてはたまらない。
そしてその危険性が一番高いのが、特殊な閉鎖空間とも言える学院です。
なので先手を打ちました。すでに名実共に夫婦であれば、策謀も何もないでしょう?」
気まずそうに視線を逸らした何名か、見えていますよ。
「しかしまあ、学園は同時に格好の狩場だ。
俺やジョセフィーヌ、ひいては俺たちの家を狙う連中を炙り出すには最高の舞台、ってわけ」
「不穏な動きや誘いに関しては全て王城に報告させていただいております」
「俺たちの在学中にあった迷惑行為も全て記録している。抗議文に一覧を添付して、今日送らせてもらった。
もう、開封されているんじゃないかな」
レックスの言葉に、一気にホールの空気が冷える。
静まり返ったホールをぐるりと見回し、レックスが深いため息を吐いた。
「俺は本当はもっとジョセフィーヌと学生らしい学生生活を送りたかった……。
一緒にランチを摂るのも週に一度、しかもお互いに素っ気ない顔をして演じながらなんて苦痛でしかなかった。本当は毎日ランチしたかった」
「敵を欺くには、仲睦まじいところを見せるわけにはいきませんからね」
「放課後の図書室で一緒に勉強したかった、制服デートだってしたかった……」
一瞬でホールがおかしな空気になったわ。
みなさんの顔が「何を聞かされているんだ」と言っている。
さすがに卒業パーティをこの空気のまま進行させてはならない。
レックスの手を少し強く握ってから離すと、私は一歩前に進み出た。
「卒業生の皆様、大切な思い出の場でお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。
これからは、国の発展のため、協力し合い力を尽くして参りましょう」
静かに聴衆に対して礼をする。
顔を上げて、お義母さまに褒めていただいた最高の微笑みをたたえて見せた。
「……ジョジー、帰ろう」
レックスが私の手を取った。
「レックス、ですがまだ皆様とごあいさつが」
「君を馬鹿にしていた奴らに挨拶なんて必要ないだろう、帰ろう」
顔が完全に拗ねている。最後に笑ったのが気に入らなかったようね。
「……もう、仕方ないのだから。
それでは皆様、また王城や夜会でお会いいたしましょう」
とりあえず我々がホールからいなくなれば、変な空気は多少残るとしてもパーティの進行は可能でしょう。
二人でホールの扉に立ち、紳士淑女の礼を執ると、颯爽とホールを後にした。
後日友人から聞いた話。
私たちに突撃して来たコラリー=ラクロワ伯爵令嬢は、我々が退場して早々にホールから連れ出されたらしい。その後については知らない。
パーティそのものはぎこちなさを残したままに進行し終了したそうだ。
しかし、我々が結婚していたことにはじまり、レックスが私に一目惚れをして……という一連の婚約期間のくだりについての妄想が膨らみに膨らんで、興奮冷めやらぬ人たちと、顔面蒼白になりながら食も歓談もろくにできずに帰っていく、我々にちょっかいを出した人たちに二分されたらしい。なんて極端な。
レックスと侯爵家のサンルームでお茶と共にお互いの情報を共有する。
「これで満足かい?参謀様」
「ええ、レックス。一年間我慢させてしまって本当にごめんなさい。
でもこれで動きやすくなります。もう遠慮しなくて良いですからね」
(おまけ)
ホールを出てしばらく歩くと、レックスが私を抱き上げた。
「きゃっ」
そしてレックスは足を早め、そのまま私はあっという間に馬車に乗せられてしまった。
馬車が軽快に走り出す。
「レックス。……レックス」
馬車の中、窓の外をじっと眺めるレックスに声をかける。
「ん?ああ、ごめん」
レックスは声に気が付くと、私の隣に移動してきた。
「君を見て呆けている奴らの顔を思い出してた。奴らは金輪際ジョジーに近付けない」
私の手を取り、手袋を抜き去った後の手の甲に唇を落としてくる。
「もう、レックスってば」
ふふっと笑ってみせると、レックスは長い作戦が終わったことを実感したのか、深いため息を吐いた。
「……はあ長かった!これでやっと君を堂々と連れ回せるよ」
「連れ回す、ですか?」
軽く首を傾げると、そうだよ、とうなずいてみせる。
「制服デートはもう無理だけど、お忍びデートはしたい!!」
制服デート……先ほどパーティでも言っていましたね。
「良いですね。制服は学生を卒業しても、それらしきデザインの服を作れば気分は味わえますよ。
あと、認識阻害をかければ万全だと思います。
本当に、私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます、レックス」
にっこりと微笑んだ私に、レックスが目を潤ませて抱きついて来た。
「……ジョジー!もう離さないからっ!!」
「ふふ、甘えん坊さんですね、レックス」
よしよしと頭を撫でると、ぐすんと泣き真似をして見せた。
「それにしても今まで散々君を馬鹿にしてきた連中はどうしてくれようかなぁ」
「何もしなくていいですよ」
「それじゃ俺の気がすまない」
気がすまないのは私も同じではあるのだけれど……少し考えを巡らせる。
「では、こうしましょう。
視線を感じたら、目を合わせて五秒そのまま。そしてその後は意味ありげに笑って立ち去る」
「……こっわ」
「やりませんか?」
「やるやる!」
ふふ、なんだかんだ言って乗り気なのだから。
「私も色々考えていますから」
「そうなの?」
「ええ。婚約者がいるにもかかわらず私たちに迫った方々に対しても、少々」
婚約者がいるにもかかわらずアプローチをかけてくるだなんて言語道断。
身の程をわきまえていただかなくてはなりません。
「……ええと、やりすぎないでね?」
お読みくださりありがとうございました!
作中でて来ましたレックスの母、”努力の淑女”エナシア=サビニエル侯爵夫人についての話は別にあります(下にリンク貼っておきます)
この母にしてこの子あり、というのがおわかりいただけるかと思います……(笑)
顔合わせの時のトラブルについても現在書いていますので、ちびジョセフィーヌとちびレックスのお話も近日中にあげたいな……あがるかな……?
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