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第四話

 夜明け直前の朝焼け色に染まった草の上を二人並んで歩いていく。なぜだか少し気まずい空気が私たちの間に流れていた。徐々に鳥たちの囀りが聞こえ始めていた。

幼い頃は、怜利と疾風と、三人でこの屋敷裏を歩き回った。途中にある高い崖から落ちてみたり、登ってみたり、今思うと危ないことをしていたな。


 「あのさ、覚えてる?昔のこと。」

思い切って口を開いてみた。

すると怜利は眉間にしわを寄せて遠くを見るような眼をしていた。どうやら覚えていないらしい。

「いつのこと?」

「あれだよ、ほら。カクレオニの時の…、」

まだしかめっ面だった。


 初めて怜利と話した時のこと。

怜利は話したことが無くてもめちゃくちゃにやんちゃだということを知れる奴だった。同じ部屋の中に居れば、必ず怜利の声を聞いた。今の冷静沈着な怜利からあのやんちゃさは思い起こせないくらい。

そして、言うまでもなく、天才だった。


 幼稚園全体でレクリエーションをした日、カクレオニをしていた。先生たちは五歳児のカクレオニなんて当然早く終わるつもりだったのだろう。しかし、いつまで経っても怜利だけが見つからなかった。

 やがて幼稚園の四歳以上の少し頭のいい子たちと先生で怜利を探し出したのだ。私もそのうちの一人だった。

 怜利を探しているうちにいつの間にか日が暮れていった大きな声で怜利に呼びかけたり、先生総出で人探しの術を唱え始めたりした。

怜利のお母さんも必死で探していた。それでも見つからなかった。夜は危険だから翌日捜索を再開する、と聞いて部屋に戻った。

 怜利の天才加減が知られていても、さすがに六時間以上も見つからなかったら心配になっていたらしい。職員棟の電気が夜通し点いていたことを知っている。


 その夜が明け切る前に私は起きた。見つからなかった『やがみれいり』のことが心配だったのだろう。夜明け寸前のほんのり明るい瞬間からずーと園内を捜し歩いていた。太陽が昇り切った後、不思議と園の端にある林に入っていった。


 どこに向かっているのかも分からないまま進んでいった。

やがて大木が一本だけ立つ不思議な空間に出た。そこで道らしき道は潰えていた。

「ねぇ、日の出見る?」

不意に後ろから聞こえた声にただ驚いた。振り向かなくても目の前の影で分かった。木の枝に足でぶら下がっていて、逆さまになっているんだ。

「きみ、少し遅いね。もう太陽上がっちゃってるよ」

園でよく聞いていたやんちゃ声の正体だった。


 振り向いた。見えたのは、はだけて見えた白い筋肉質なお腹。土で汚れた髪。

その元気そうな顔を見たら、怜利は一瞬不思議そうな顔をして、それから目を細めて笑った。

なんだか安心して、涙が落ちていった。


 「思い出した。思い出したよ。私が話しかけたら、振り向きざま急に泣いたね。覚えてないわけない。」

話を聞き終えた怜利は少しだけ口の端を緩めていた。少しだけ小馬鹿にしたように視線を向けてくる。変に体が熱くなった。

「だって!話したこともない人でも急にいなくなっちゃったっていうから心配で心配で仕方なかったのよ」

そして、ギャーギャー言いながらまた歩き出す。


「怜利、ちょっと寒いの?」

赤くなっている耳を見て訊いてみた。

「いやぁ、そんなにかな。」

風が吹いてきたみたいで、怜利の柔らかい髪が風に揺れるようになってきていた。

 「あ、そこ滑るかも。」

足が、薄く凍った地面の上を滑ってしまった。

力を抜いて、術式を使う。空気中の水分を集めて、柔らかい結晶をたくさん体の下に出した。

身体が雪の中にすっと入った。怜利が心配そうに顔を覗き込んで来た。

「べつに、滑ってないからね?」

口角が上がった怜利は、左手を真横に伸ばして崖の方から風を吹かせる。

「そっか、」

風に雪が散って、辺りがキラキラとしていた。


 「ほら、ギャーギャー言ってないで左側をどうぞ?」

しばらく歩いたところで珍しく顔を見て話す怜利が言った。「なに!」そう言おうとしたが、そっち、とでも言いたげな怜利の視線を追う。


 言葉を飲んでいた。

住み慣れている町の隅から隅まで見えた。

 いつも遊びに行っているショッピングセンター。

いつも放課後買い食いしに行く商店街。

いつも通っている学校への一本道。

山に囲われた盆地にある大きな八神屋敷。

みんなと待ち合わせをする大きな緑の橋。

町の中心を通る大きな川。

近くにある、毎朝走りに行く山。

 その全てがまだ紅い太陽の光に包まれていた。

「すごいね…、」

ただそれだけしか言えなかった。続けるべき言葉が出てこなかった。


 いつか、この町が、この町の景色が荒れ果ててしますのだろうかと思うと、酷く切なくなる。でもどこか他人事のような感覚になった。


 太陽の光が白く輝くようになってからしばらくして怜利が言った。

「そろそろ戻らないと、ご飯だね。帰ろうか?」

後頭部を掻いている怜利の目は細くなっていた。

「うん!」

ゆっくりと進む怜利の横を歩いていった。

 「ねえ、怜利。久しぶりに競争しようよ。」

幼い頃のように、掴みどころのない笑顔で笑っていた。

「いいよ、負ける気しない、」

そう言って駆けて行った。

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