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第三話

 金属部品と油の匂いのする研究室のベッドで眠った。眠ったと言っても、目を閉じた次の瞬間には起きたというような、そんな深い眠りについていたのだ。まだ頭の奥がぼんやりとしていてどこか現実味が無かった。

いつもこの屋敷に泊まるときはここの部屋でならいいと言われている。客室に止まったことがあるのは、彩と、こなっちゃんと女子会をした時くらいだった。


 すっかり目が覚めてしまった。まだ外は真っ暗闇だった。作業台の方の明かりが消えてなかった。

消そうかと思って起きてみた。少し奥に進んでいくとどうやら怜利がいるようだった。

 作業台の前に立つ怜利からやはり左手の傷跡から流れる血の匂いが漂っていた。しばらくジーとしていると、武器のクリーニングをしているのだと気付いたのだった。


 起きて近づいてみると、怜利の方から先に問いかけてきた。

「機械音うるさかった?ごめんね、」

「ううん。それ、何してるの…?」

なにげない声のつもりだったが、あまりにもか細い声が出てしまっていた。私の声じゃなかったみたいだ。

「今は、任務で使った武器のメンテナンス。いつも使ってる万能ナイフの切れ味が落ちちゃってたからね。」

 怜利は幼い頃に自作したその研磨機を大切に扱っていた。仕事の報酬でなら、いくらでも高い機械を買えるはずなのに。そういうところがやっぱり怜利なのだ。

「成羅は、もう寝なくて大丈夫?」

不意に問いかけられて顔を上げる。相変わらず暗がりの研磨機に目を向けている。

正直、ありえないほど疲れているし、まだ頭もふらつく。だけど、怜利の隣にいられるこの時間が何よりも惜しかった。ここ何日も居なかった分、話していたかった。


 「うん。大丈夫だよ。」

「そっか。無理しないでね。」

そう言って、ちらっと目をこちらに向けてくる。その隠しきれていない優しさに疲れ切った体が少しだけ暖かくなった。

「うん。あ、今日さ、」

そこまで言ったら手を止めて怜利がこっちを向いた。

「残念、もう昨日、だよ。」

くすりと笑いながら自作の腕時計を見せてきた。言い終わる前に口を挟む怜利を久しぶりに見た。私が昨日の話をすることを先読みして、突っ込みを入れるとは…。流石と言うか、何というか。

まあ、この笑い顔さえも懐かしいものなのだから良いとしよう。


 手に取った仕上げ材をパッパと塗り、作業を終わりにした怜利は、お気に入りだというコーヒーを淹れ始めた。

成羅は?と訊かれた。答えを訊く前に、瓶を探してくれている。

私は迷わず「ココア」、と言う。

 椅子に座って待っていたら、湯気の立つ甘いココアを淹れてくれた。あくまでも形式上は訊く、けれど怜利はもう分かっている。私がココアしか頼まないことをね。

受け取ったら、手で包み込む。この感じが溜まらなく好きなのだ。すぐ冷めてしまうものだから、なおさらなのかもしれない。


 それぞれの温かいマグカップを手に、学校のこと、任務のこと、訓練のこと、そして懐かしい思い出話を、ぽつぽつと話し始めた。窓の外では静かに蛙が鳴いていた。闇の中で鳴く蛙は寂しくないのかなと不意に思った。

 怜利は最近の任務先で会ったという者の写真を見せてくれた。動物園でしか見たことの無かったクサリヘビや、図鑑でしか見たことの無いピラミッドも見せてくれた。

「また今度写真撮ったら見せてね」

と言ったら、怜利は答える。

「残念だけど、カメラが今回の任務で壊れちゃって、もう撮れないんだ。」

でも行けば珍しいものや世界の状況が知れる、そう言ってほほ笑む姿を見るに海外での任務が好きになってきたらしい。本当に同じ十一歳だとは思えない。


 そんな話をしているうちに、窓際に座るレイリの横顔が段々と日に照らされてきていた。怜利は広い庭を眺めていた。

「もう朝になるんだね…」

そう。いつの間にか朝焼けの緋色が射し始めていたのだ。つい最近までこんな風に夜を明かすことなんてしょっちゅうのことだった。でも久しぶりで、あまりにもあっという間に時間だけが過ぎてしまった。


 コップを片付ける怜利はこっちを向いて囁くように言った。

「散歩行ってみる?久しぶりに。」

珍しく怜利から誘ってきた。私は行くことにしてみた。


 屋敷から少し離れているこの研究室は、怜利の個人部屋なのだろうか。そのレベルに生活用品や設備が整っているのだ。普段怜利しか泊まらない建物のはずなのに、性別によって分かれている更衣室があったり、お風呂が二つあったりと、かなり不思議な造りになっていた。


 コンコンと敲かれる更衣室のドア。着替えに使わせてもらっていたのだ。

「これ、良かったら着て、」

そう言って律儀にドアの隙間から差し出した上着だけを覗かせていた。まだ少し肌寒そうだと思いながら、上着が無いことに気付いたところだったのだ。

 それにしても怜利の上着を着てしまうとは、変な感じだった。

着ると怜利の匂いが体を覆った。不思議な気分になる。

ぽけっとしていたら、怜利の声がした。

「先行ってるよ~」

急がなきゃ。


 一旦借りた上着を脱いで、もこもこしたパジャマを、学校に着ていく服に替える。

その服も、もう丈が合わなくなってしまう。

また編まなくてはいけない。


 上着を片手にドアを開けて、研究棟を出た。

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