第十六話
私たちはここ二日の遅れを取り戻すべく、それぞれが全速力を出し、森の中を二、三人ずつで纏まって走る。私は、悠希さんと走っている。彩はと言うと、無限鞄の中で落ち続けている。怜利の作った『無限空間術式』の中でループするように落ちているのだ。
先頭を走る怜利と疾風の姿は見えない。鼻をくぐる匂いも、少し薄まっている。何分か差が出来ているのだろう。後ろに走る、幸璃、明、陽のグループは比較的ゆっくり走り続けているようだった。やはり幸璃の速さは他と比べてそこまで大きくないらしい。
悠希さんを追いかけるように走るのは物凄く楽だった。その安心感が怜利と同じようで全く疲れない。常に前からの風が辺りに来なくて、滅茶苦茶に走っているはずなのに、息が安定している。車に乗っているかのように楽だった。
微かに香っていた怜利達の匂いが途切れた。
「悠希さん!待って、怜利の匂いが無くなってるから、」
横に並んで話しかける。悠希さんの目は変わらず前を向いている。足元を全く見ないで枝を飛び移り続ける。一体どんな生活をしていたらこうなれるのだか。
「はい、分かってます。でもほんの少し前に妖気の乱れがありました。何らかの形で、着地をしていない。でも若干妖気が残っているから、移動している。信じて移動し続けましょう。」
走り続けているのに、普通に話し続ける悠希さん。息切れとかが全くない。怜利みたいだ。
「でも、どうなったか分からないから……」
そう言ったが、悠希さんは止まる気が無いようだった。少し後ろに下がって、ついて行くことにした。
変わらず走り続けていると、後ろから明が猛スピードで近付いてきていた。
「二人共、前の二人はどこか知ってる?」
悠希さんが首を振る。それを見て明は顔をしかめる。
「一旦ストップして、皆で集まろう。」
明はそれだけ言ってスピードを緩めていった。
悠希さんは徐々に速度を緩めて、木を両脚で蹴ると同時に反対方向に飛んでいった。やっぱりやることがえげつない。
「集まったかな?」
明が四人の顔を一回ずつ見る。
「まずなんであつまってるん?これ?」
陽がよく分かってなさそうな顔で口にする。悠希さんの匂いが少し変わった。明らかに何かを警戒しているようだった。
「えーとね、怜利と、疾風が前を走っていたんだけれども、ここより手前でその痕跡が無くなっていたんだよ。」
明は説明しながら、無限鞄から何かを取り出して地面に置いた。それは、学校で以前作った座標計測器だった。
「それは?」
悠希さんが訊いてきた。悠希さんだけが知らないのかもしれない。
「あ、これは周囲の妖力から、座標を断定する機械です。」
そう言って、皆でその針の振れ方をよく見た。いつまで経っても止まることがない。振れ続けるだけならまだしも、回り続けていた。これは『空間転移』の痕跡だ。
「転移だね。」
明がそう言う。至って冷静。けれど焦りを感じる匂いが漂い始めていた。
つまり、怜利達は禁術で飛ばされたのだ。
明と私、それから悠希さんがそれぞれ妖気を捉えて繋がっている妖気の向きを調べた結果、この場に留まっている。というものが結論だった。私たちの手には負えない事態になりつつある。怜利のことだから、危険性は無いのかもしれないけれど、それぞれが不安で仕方がなかった。八人いたはずが、五人になってしまって物凄く寂しい雰囲気だった。
五人で話し合った結果、私たちのいる界域に歪みは無いから、進んでも問題がないという考えに至った。要するに怜利の事だからきっと大丈夫。という意見だ。悠希さんが滅茶苦茶に反対していたが、幸璃が抱えて進んでいくことにした。その代わり、二十分後にも座標を計測して、本当に歪みがないのかを確認することになった。少しでも歪んでいると、進み続けているはずなのに、森の中をぐるぐる回ることになってしまうからだ。全部授業で習った。
「計測したけど、特に異変はない、ね。」
明がそう言う。私の方をちらっと見てきた。不安げな顔だった。
「なーんか不気味だよなここ……」
陽が呟いた。そう、不気味なのだ。今にも妖が出てもおかしくない位に薄暗くて、でも妖気を全く感じない。匂いもただの森の匂いだった。物音さえも一切しない。
不安な気持ちを抱えたまま、私たち五人は無音の森を歩き続けた。
「なあ、歪んでる。」
陽が言った。すぐに動きを止めて、辺りを見渡す。
「幸璃、木。」
そう言うと、幸璃が太い木の幹をへし折った。
明が何かを思いついたのか、無限鞄の術式を使いだした。でも、陣が広がった瞬間、術輪が弾けた。
「なるほど、」
悠希さんがその様子を見て、明と目を合わせた。
「木。治ってる……」
幸璃が驚いたように言う。さっき折ったはずの木が元通りになっていた。
咄嗟に氷術を周りに放った。結晶が爆ぜて、妖力が霧散した。私の匂いは、妖力と同時に散って、消えた。
「これ、」
明が呟く。明が木を触って妖力を注ぎ始める。しかし何も起きない。
怜利に前聞いたことがあった。この特徴は……。
突然、空間から二本の腕が伸びてきて、上から足が降りてくる。全員それぞれに避け続ける。
長い腕は地面に当たる前に幻のように消える。
次の瞬間、その長い腕はどこかから伸びて突っ込んでくる。
陽が突っ込んでくる腕を蹴り上げる。陽の足は腕を透けた。
「打撃無効!」
陽が叫ぶ。
悠希さんが刀を抜いて腕を切る。腕が怯んですぐに消える。
「呪力有効、」
そして悠希さんが刀に纏われた水を放ち腕を水で貫いた。
「妖術有効、」
私は、降ってくる足に触れて氷で固めて、そこに幸璃が呪具を付けた左手で殴った。足から妖力が漏れて同時に空間、いや『結界』が捻じれだした。
崩れる足に悠希さんが刀を振る。切り口から黒い妖力が流れ出した。
「手足は、空間から出てる!気を抜かないで」
悠希さんが相変わらず小さな声で呟く。
「割れる!」
明が叫んだ。
空間のねじれが穏やかになってしまって、また無数の腕が伸びてくる。
左、右、上、後ろ、前、下。連続して腕が襲ってくる。さっきよりも攻撃が激しい。
「なんで!」
陽が言う。分からない。
怜利に『隔離結界』の対処方法を教えてもらったのに、思い出せない。『あぁ、簡単、簡単……』そう言っていたんだ。
背後から腕が迫ってきた。上から迫る足に気付いた。呪具に妖力を込めて、大鎌を握る。
「皆よけて!」
鎌を縦横無尽に振る。この前やっと出来るようになった打撃による、全方向防御!
妖力を含んだ鎌の刃が空気を切り裂く音が響く。
触れた腕が切り裂けて、鎌が妖力を吸っていく。腕が退いて行った。また空間が歪む。ぐにゃりと森の木々が揺らいだ。
「効いてる!」
明が叫ぶ。陽が逃した腕を蹴り、怯んだ腕を幸璃が殴り潰していた。
次の瞬間、腕の速度が大きく上がって、さっきよりも多くの腕が伸びてくる。
必死に思い出す。怜利が言っていた。『隔離結界は壊すんじゃなくて……』その後、なんて言ってたっけ。
右から来た腕を捌いていたら、左からの腕に対応が出来ない!ぞわっと背筋に悪寒が走ったが、明が飛び込んで来て、腕を爪で切ってくれた。
「うえ、きたなぁ、」
必死に鎌を振り続ける。怖い。でも、これしか出来ることが無かった。
何だっけなんだっけ、思い出せない。
鎌の内側に、腕が現れて、首目掛けて伸びてきた。




