第十四話
紅い光が昇る前に、彩が肩を叩いた。どうやらもう動き出すらしい。
横になって寝ている皆と、既に動き出した彩と怜利の動きを感じた。
「おはよ、」
まだ暗くて、明かりの無い場所で起きること自体が久しぶりだった。目が閉じていってしまう。
彩が呪具で火術を使った。手元に火をつけて少しだけ照らしてくれた。
「んー。」
「成羅、おはよう。水汲んで来てあるから、それで寝癖直してきちゃいな~」
と言われた。あ。寝癖が付いているのだった。そう思ったら速攻目が醒めた。
「成羅ちゃん、これ使いな?」
タオルをリュックから取り出しているときに彩がシャンプーを渡してくれた。内緒話のように耳元でささやいてくれた。
「実は長野の屋敷から貰ってきちゃったの、あっちの人が良いっていうからもらったんだけど、怜くんに言ってないから内緒ね。」
うんうん、と頷くと、寝袋を畳み始めていた怜利が言う。
「聞こえてるよー、」
と。
「あはは、バレちゃったぁ」
なぜだか彩と怜利の二人がいると屋敷に帰ったみたいな雰囲気だった。段々落ち着いてきた。
髪を直した頃に、幸璃が起きて来た。
「おはよー、うわ、さみぃ。」
太い腕を擦って白い息を吐いていた。
「今日寒いんだね~。風邪ひかないようにしないとだ。」
寒さの分からない私は、とりあえずそう言ってみた。
「あ、なんかいる。」
幸璃が門の方に指を指した。
おじいちゃんとおばあちゃんが門の前で立っていた。
私はその二人を見ていた。どうやら人間のようだ。ぽけーっと見ていると、幸璃が怜利を呼んで来た。
「おめーら!なんでこの寺にいるん!」
おじいさんが私たちに向かって叫んだ。二人共私達に怯えているようだった。
その姿を見た怜利は、無表情で囁いた。
「皆を、起こして…出発準備。」
怜利が声を掛けながらおじいさんの方へ近づいて行った。しかし一歩近づくたびに二人はどんどん下がっていった。背を向けて走り出す。まるで私たちが化け物かのように。
彩と一緒に他の皆を起こす。
やっと悠希さんが起きた頃、怜利が本堂の中にゆっくりと戻ってきた。少しだけいつもよりゆっくりだった。
「十分後にはここを出よう。」
怜利はそう告げた。彩と陽の方を向いて言う。
「ごめん、朝ご飯は、牧場になるかな。あと三時間くらい我慢してほしい…」
それを聞いた私は、あぁそう言う事か、と何かに納得してしまった。こういうことは慣れていくしかないのだ。私達人外が同じ場所にいたというだけで嫌なのだろう。
寺から出ると、昨日の夜には見えなかった家がちらほら見えた。どこにも妖気を感じない、純粋な人間の家だ。
少し道らしい道を通ると、人が逃げるように走っていく。どこでもこうなんだな、と思ってしまう。私たちが変なのは分かっていることなんだ。
やっと集落を越えると、陽が声を出す。
「嫌な感じだったね、」
と。誰も頷かずに、ただ聞いていた。言った陽も、それきり黙った。
疾風の欠伸が聞こえた。
山のてっぺんに辿り着くと、やっと、牧場のある盆地が見えた。
色々な施設があって、何よりも牧場の多い不思議な町なのだ。
「よーし、一旦、競争しとこ」
疾風がそう言った。幸璃が珍しく目を見開いて疾風を見つめる。悠希さんが乗り気で準備運動を始めた。陽も身体強化を彩と自分にかけていた。
「えーまじかぁ」
怜利がやけに明るく言う。目線が合い、怜利にしょうがない合わせよう、と言われた気がした。
山の斜面を一斉に駆けだした。一番前に走るのは陽だった。その次が疾風、怜利。幸璃がほぼ落ちるような下り方をして明がその後を追う。私は彩に合わせてゆっくり行くことにした。
あいつら急ぎ過ぎなんだよ。危ないし。ほんとやめてほしい。
彩とやっと崖を降り終わった。
周りには既に皆いない。怜利がゆっくり歩いて近付いてくる匂いがした。
彩の腰が抜けちゃって、支えていないときつそうだ。あんな高い崖から飛び降りろって言われて付いてこれただけで凄い。
「彩大丈夫?成羅も行きなー?」
怜利の方を見ると、左手にソフトクリームを二個持って、右手に持ったそれを食べていた。
「めっちゃたべるじゃん」
「はい、」
左手をこっちに出してきた。
「これ、彩と成羅の。この作戦は屋敷の経費に回してるからいくらでも食べていいよ。」
アイスを受け取ると、怜利が横に来て彩を支えた。
「皆お昼食べてるはずだから、行ってきな~」
彩のリュックを担いで、ベンチの方へ怜利は歩いて行った。二人の背中を見ていたら、居ても立ってもいられなくて、気付いたら彩の横にいた。
「わ、私、ご飯いいや」
彩の眼が一瞬こっちを向く。申し訳なさそうにしている目に一瞬戸惑った。
「言うと思ったよ、」
怜利はコートのポケットに手を入れて、サンドウィッチとおにぎり、パンを渡してきた。
「他に欲しいものは?買ってくるよ、」
そう言われて、結局彩と二人で待つことになった。
「成羅ちゃんも怜くんと行ってきな?待ってるから、行ってきな!」
「行ったら、意味ないじゃん、」
彩にだけ聞こえるように言ってみた。
立ち上がって、バッグを陣から取り出して、水筒を飲む。絶妙にココアの香りがした。彩と一緒に、食器を洗って怜利を待った。彩は察してくれる。これ以上怜利のこと話していると、変なことを言いそうだった。
「しゅうごーう。」
怜利の一言で、七人全員が土産物屋の前に集まった。既に十四時を過ぎていた。各々食料を補充して、彩に渡しだした。私は、魚のお茶漬けにした。なんの魚なのかは分からないけど。怜利が好きだと言っていたから買ってみた。
これからの日程を確認しだした怜利。あと二日で福島まで行くらしい。学校で行った水族館を目指して進むらしいから、だいぶ海寄りに行くのかな?
「じゃあ、行こうか。」
牧場の独特の匂いと森林と川の匂いの混ざる町から、去ることになった。滞在時間は、ほんの数時間というところだろうか。
進みだすと、幸璃が怜利の後ろに付いた。これは、重量のある対象と戦う時の陣形の一段階目だった。森の匂いが変わっているが、獣の匂いはしないはずなんだけどな。
「怜利、何かいるんか?」
疾風が怜利に話しかけたが、後方に付いていたはずの悠希さんが疾風の横に居た。明が私の右隣に来た。一番後ろが疾風と悠希さん。不思議な陣形だった。彩と陽のリュック越しに明とアイコンタクトを取ると、
『狒狒、』
と言ってきた。めんどくさい奴が来たなぁ。
「一旦止まろうか…。」
怜利がしびれを切らしたかのように皆を止めた。明が視線を振りながら口を開く。
「狒狒の群れだね。普通群れないはずなんだけど、」
陽が震えていた。人を襲う狒狒を怖がらない人間はいない。怖がらない方が変だなんて分かっているつもりだったみたいだ。
「狒狒祓ってしまえばいい?」
悠希さんが腰の巾着からお札を出して、構えを取る。
周囲の木々の間から、走り回る重い足音と、気味の悪い笑い声が反響していた。木に住み着く木霊たちが姿を現しだして、妙な光が立っていく。
怜利は、彩を中心に守護陣を張って結界を張る。どうやら、いつまでも狒狒を連れて歩いて行くつもりではないらしい。
私は、腰に付けていた鎌のキーホルダーに手を掛ける。




