第十二話
木々の枝を蹴り、どんどん進んでいく怜利の後ろをついて行くのは楽だった。尖った枝などは大抵前を走る悠希さんや怜利が切り除けてくれる。
最初の方は幸璃の巨体の勢いに耐えられない枝がぼきっと折れて何度も何度も落ちていた。そのうち彩を抱えた幸璃は山の斜面を走り続けている。もうすぐ十二時でまだ山の中だった。皆体力が消耗してきて、陽がどんどん離れていった。
怜利はいち早く察して、悠希さんに遥か前を走っている疾風を止めるように言って引き返した。
陽はふらついて、立てなそうだった。幸璃が抑えていたが、顔面が蒼白だった。明は心配そうな目を向けているが近くにはいかない。不思議な奴だ。
「陽、これ食べて」
と、怜利が腰のポーチに入れていた丸薬を口に含ませる。不味いんだよなあれ。
陽は無理やり飲み込もうとしている様に見えた。唇が蒼くなっていた。
「ご、めん」
陽が言った。怜利は何も言わず水の入ったペットボトルを無限鞄の陣から取り出して陽に飲ませる。
怜利の判断で一時休憩という事になった。
彩が皆にご飯を作ってくれるそうだ。長野のお屋敷から食材をもらったらしい。
怜利が炎術で鍋の下に火をつけて、悠希さんが水術で出した水を鍋に。そして、彩はいつも作っていた味噌をそこに入れて味噌汁を作っていた。
「彩?もうそろそろ行くんじゃないかな?」
私は味噌汁を人数分お椀に入れだした彩に言った。彩は不思議そうな顔で
「まだ無理だよ。」
ただそう言った。
木々の間から強い風が吹いて来た。それに気付いた怜利が彩の広げていた鍋の前に土の壁を立てる。土術だった。
やっときた、と言う怜利の声が聞こえた。それから目を開けられないほどの突風であのバカが降り立った。
「へへへ、陽、お前すぐくたばるなー」
軽口を叩く疾風だった。そんな疾風にゆっくり近づいて行った幸璃が疾風の頭に拳を下ろした。
ゴツと鈍い音がして疾風がうずくまる。まあ、こいつがこの行軍の規則を守らないからだ。
「れ、れいり、あともうちょっと…待ってくれない?」
陽が明に支えられるように立ち上がって怜利に言いに来た。
「気にしないでいいよ~、折りこみ済みだから、また午後から去年学校で行った牧場まで行こう~。」
彩が準備してくれたお昼ご飯をそれぞれもらって食べることになった。
悠希さんがそっと近くに来て、隣に座った。
「成羅さん、もしかして陽さんって純人?」
じゅんびと、そう。彩も陽も人間。私たち人外とは違うのだ。
「そうそう、陽と、彩もそうだよ。説明してなかったねそう言えば。いや、悠希さんならいらないか…」
ちら、と悠希さんの顔を覗く。優しい味噌汁の匂いに混ざって香る悠希さんの匂いは、どこか苛立ちを携えていた。
「はい、ありがとう成羅さん。」
おにぎりを持って、怜利の方へ行く。また実験しているらしい。
「怜利、ご飯持ってきたよ。」
声を掛けても振り向かない。しゃがみ込んでいる。土の匂いがした。
「うん…ありがと」
木の枝で地面に陣を描いていた。それは移動術式の陣を展開したものだった。授業でこの前やったかな。
「今度は何作ってるの?」
「これ?」
そこでやっと振り向いた。私の手にある、『彩特製かつお節おにぎり』を見て目を輝かせる。その目のまま急に腕を振り抜いた。木の棒を真後ろに勢いよく投げる。急に真顔になっていた。
「くま、かな?」
かつお節おにぎりを私に返して、一瞬目を合わせる。
「熊じゃないね、あいつは。」
そう言った怜利の目は戦闘中にだけ見せる冷酷なものだった。
「成羅。幸璃と疾風に、戦闘、とだけ。悠希さんには、周囲一帯を水の防壁で囲むように伝えて。明を陽の近くに。伝えたら彩のところへ。」
怜利はそう言うとすぐに上着を脱ぎ捨てて臨戦態勢に変わる。
「じゃあ、まかせた。」
そう言った次の瞬間には姿が見えなくなった。
みんながいた方へ走ると、悠希さんが正面から走ってきていた。すぐに止まると
「さっきの何?妖気強かったね。」
口元に米粒が付いたままの悠希さんは、かなり焦っているようだった。
「怜利から伝言。」
そう言うと悠希さんの顔が一気に引き締まった。
「この山一帯を水の防壁で囲め。」
聞いた瞬間、水術で真上に飛んでいった。
水しぶきで体が濡れた。気にしている場合ではない。
「伝言!」
集まる鍋の前で叫んだ。
「戦闘。」
その一言で、即座に幸璃が立ち上がった。隣でおにぎりを頬張っていた疾風の服を掴んで立たせる。咀嚼している疾風の顔を見た幸璃は、そのまま宙に浮かぶ勢いで走り出した。
明の方を見た。既に陽の真横に立っている。
私は、彩の近くに立つ。
あたりの木々の中で猛スピードで動く匂いがした。明らかに人間ではない。
すると、術式が木々の間から何発も飛んできた。全て外れるものだ。怜利の術式だろうか、と思っていたら、怜利が林から飛び出て、着地した。
左右から、疾風と幸璃が走って戻ってきた。
怜利は私の目を見てニコッとした。
怜利が右腕を上げて、無属性の術式を三本柱のように立てる。これは安全という意味だ。
「みんな、臨戦態勢を解いて、妖力遮断服を着よう。」
落ち着いた声で怜利が話す。
「来てください。敵意はありません」
怜利がざわざわと動く林に語り掛ける。
突如頭の中に声がした。
『お主らはどこの者だ。名を名乗れ。』
声を出そうとしても、身体が潰される感覚に負けて、金縛りのような状態になった。幸璃が無理やり動こうとして、息を荒くしている。
「私たちは、八神丙の隊です。知らないとおっしゃるなら証拠を見せたい。」
怜利が一歩前に出て言葉を発する。何者かの影が三つ怜利の前に降り立った。
肌の赤い翼の生えた天狗だった。
「お主、儂の分身を四体も撃ち落としておいて敵意が無いはずがないであろう?」
怜利を見つめる天狗の口元が少しだけ緩んだ。
「そうですね。すみませんでした。完全に襲撃者だと思いましたから。私達八神を囲うということはそういう事です。」
「お主、ヤガミレイリと言ったか。やはり相当な実力者のようだな。」
白髪の天狗が私たちをちらっと見た瞬間、金縛りが解けた。
「失礼した」
天狗は私たちの視線に気付いて、二体の分身を消した。
「儂一人だ……。お主らが誰なのかは分かっていた。雷神と風神の子もいるのであろう?それに人間が二人。ふん、あの八神が不思議な事をするようになったものだな。」
天狗は私たちを見定める様に目を動かしていた。
「主ら、良いことを教えよう。この山を越え、あと二つで大芦に出るそこには道をよく知る河童たちがいる。夜中に移動したいのなら奴らと共に行くと良い。」
天狗は羽を動かして飛び立とうとしている。疾風がその天狗の足元に這って行って話しかけた。
「なあ、おっさん。団扇くれねえか?」
疾風が言うと、宙に浮いていた天狗がもう一度地に足を着けてバカの顔を見始める。
「お主、風神の子であろう。お前に呪具などは必要ない。」
天狗が羽を広げて空高く飛んでいった。太陽の明かりに重なって、すぐに見えなくなってしまった。
陽の方を見た。ごたごたの中で驚くほど妖力が回復して、支えられていたはずなのに、明を庇う様に立っていた。
「さてと、ちゃんとご飯食べよう。皆~」
彩のその言葉で美味しいご飯にみんなが向いた。怜利は、上着を取りに元居た場所に走り出した。相変わらず速い。
倒木の幹に座る陽の脚も、彩の手先も震えていた。私は少しだけこの任務の行く末が不安に思えた。




