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第十一話

 雪が少しずつ収まって、晴れ間が見えてきた。

太陽に向かうように、土手に沿って歩いて行った。相変わらず風が冷たくて、寒そうな格好をした陽が震えていた。

明が、寝袋でも被ってろとか言ったら、陽が歩みを止めてパンパンのリュックを漁り始める。

呆れて見ていると、怜利が近くに来て小声で言う。

「成羅ー、悪いんだけど、妖力ちょっとくれない?術式思いついたから試してみたくて。」

「いいよ?今度はどういうの?血とか出ないよね?」

そう言うと、少し申し訳なさそうに笑って、出ない出ない、と手を横に振る。

 掌を合わせて、間に妖力を圧縮していく。怜利が、驚いた顔でその様子を見る。

このやり方だと、加減間違えると弾けて手が切れちゃうんだけど、速いからどうしてもやっちゃう。

「一旦、このくらいでいい?」

圧縮した核を手渡す。自分でやっといて思うのは、『核』と呼ばれるこの結晶はなぜこんなに丸く宝石みたいになるのかが分からない。


 上着を引っ張り出そうとする陽を横目に、怜利は少し離れたところで術式を編んでいく。印をしっかり組んでいくのが堪らなくかっこいい。

悠希さんがそれに気付き、私の方に寄ってくる。

「怜ちゃんは何してるのですか?」

私に尋ねてこられても分からないんだけどな。

「新しい術式組んでるんだと思う。怜利はたまにやるんだよ」

へぇー、と感心するでもなく感情の読み切れない声だった。離れていくが、その匂いは明らかに嫉妬だった。


 まだ上着を出せない陽が、明に言われて、全部荷物を出し始めた頃に、怜利の動きが止まった。

この、術式を編んだ後のぼーっとしているのは、集中力の回復と、術式の正確さを見ているらしい。この時に邪魔すると優しい怜利でも、機嫌が悪くなっちゃうのだ。

 上着をやっと着れた陽が、荷物の整理をしだすと、怜利が立ち上がった。腕時計を見る。ほんの六分で終わってしまった。

「出来たかな…。」

そう言って足元の石を手に取り、右手の平に浮かべた陣に通した。

と思ったら、掌の上には石ころがない。陣に通った瞬間無くなった。

 驚いて見ていると、怜利が私の顔を見て、微かに笑う。理科の実験中もこんな感じだった気がする。

怜利は、一度その陣を握り潰して、左手で印を組む。すると、左手の平に、さっきと少しだけ違う陣を浮かせる。

 手の開き具合を大きくすると、陣が大きくなっていき、小さなフラフープくらいになった。

その中に右手を入れて、すぐに握った手を出した。


 怜利は、一瞬こっちを見て、それからにまにまして隠すように掌の中を見た。なんか、この怜利見てると、ちゃんと子供なんだなと不思議な気持ちになる。

スキップするような足取りでリュックのチャックを締めようとする陽と明の近くに行った。


 悠希さんが、信じられない、とでも言いたげな顔で怜利を凝視する。

「陽~リュック貸してー!」

「え、でも締まってないよ」

にっこにこの怜利を見て、少し顔が引きつる陽と、耳がぴょこぴょこと動く明。それを遠目から見つめている彩。空をぼーっと見てる幸璃。

改めてみると、不思議な奴らばっかだな。バカはどっか行っちゃっていないし。


 陽がやけくそ気味にリュックを蹴り上げて、大きな音を立て怜利にシュートする。

怜利が、右手で石をぽいと捨てて、両手で今さっきの陣を出した。陣を両手で動かして、散らばりながら飛んできた陽の荷物を陣の中に入れてしまった。

 それを見ていた皆がそれぞれ目を丸くしていた。

怜利は、陣を閉じて皆に何も持っていないことを見せる。

 悠希さんが、怜利の目を見て、

「怜ちゃん、それ禁術だよ。」

と言う。一同なんの話か分からず、怜利を見ていた視線が一気に悠希さんに向く。

「あ、空間転移の話ですか?」

怜利が真顔で返す。

「そうです、それはどこかに移動したのでしょう?」

悠希さんが一歩下がって、皆が視界に映るであろう場所に立った。匂いに敵意が混ざりだした。気付いた幸璃は、ゆっくりと歩いてくる。

「移動という意味では、そうです。でも、」

そこまで言った時、悠希さんが刀を握った。抜かなかったが、今すぐにでも抜けるという事を知らしめているようだった。

「悠希さん。議論をしましょう。もう私達と争う必要性は無いですから。」

怜利が、そう言った。そう言って立っていたはずなのに、悠希さんがいた場所に瞬きをした瞬間そこに走り込みブレーキをかけて止まった。

 悠希さんがいなくなっていた。怜利が陽の頭上に陣を出現させて、リュックを落とした。

リュックが出た。突然降ってきたリュックに驚きを隠せない陽。明も目を丸くして考え込むようにしゃがんだ。


 それから怜利は、街路樹にもたれて、それぞれ考えている私たちを見つめていた。沈黙の数分が流れていた。

「そろそろかな。」

そう言った怜利は左を地面に当てて足元に陣を広げた。すると、そこにいつ現れたのかも分からない悠希さんが立っていた。

 怜利は悠希さんの乱れた髪を避ける様に正面に回り、顔を覗き込む。悠希さんの顔は蒼白だった。

「理解できましたか?悠希さん。これが私の作った術式ですが。禁術でしょうか。」

「ちがう、あの、ごめんなさい」

悠希さんがぼーっとして立っているその横で陽が跳ねたり跳ねたり、跳ねている。

「教えろ教えろ!!」

と言うように細かな説明を始めていく。目を輝かせた大荷物の彩が近付いてくる。横を通る一般の人も怪訝な目でこっちを見ていた。


 「さて、進もうか。一旦お昼までに牧場に着いてそこで休憩しようか。荷物も軽くなったから行けるでしょ?」

怜利が、ストレッチを始めて、さっきの陣を閉じていた。

 怜利が、私たちに教えてくれたあの術式は、隔離結界を扱う高等術式を単純な筒状にして、重力を付与したものだった。その入り口と出口がループするようになっていて、入り口の陣と出口の陣とで分けられるから、そこにほぼ無限に物をしまえるらしい。


 みんな揃って走り出したが、やがて段々とそれぞれの距離が離れていった。それに気付いた遥か前を走っていた怜利が皆を一度止めた。

「彩ごめん、きついよね。」

息を切らして膝に手をつく彩。いくら怜利の身体強化術式を纏っても、素の体力は変わらないのだ。

「みんな、速過ぎ…」

その時初めて怜利が皆を見て人数を数える。

「あれ?疾風どこ行った?」

皆ぎょっとして怜利を見つめる。幸璃が小さく呟く。

「怜利のことだからどこ行ったのか知っててほっといてるのかと思った。」

怜利以外の全員が同じ意見だった。

「怜ちゃんどゆこと?一人いないの?」

悠希さんが近付いて来て不思議そうな顔でいた。戸惑っている匂いがした。ん?悠希さんは疾風を知らない?そんなわけないよな。

「ちょっと待って?いつから疾風いないだろ?」

明が何も分かってなさそうな陽の横で怜利に向かって言った。

 すると風に乗って疾風の香りがした。怜利もそれに気付いたのか私を見てきた。悠希さんと明が話をしているうちに彩がティータイムを始めていた。すっかり怜利の呪具に宿った無限バッグを使いこなしている。


 疾風の居場所が分かった怜利と私は皆が何か言うのを聞かないでこのまま進むことにした。

「いいや、疾風はほっとこうか。あ、彩はおんぶと無限に落ち続けるのどっちがいい?」

と怜利が訊いた。悠希さんが怜利の横に行き、術を使う。

「これでどうですか?彩さん。」

水術でソファのようなものを作った。その下には波のような形で水がうごめいていた。

「どっちかというと、おんぶかな…」

彩がそう言った瞬間、悠希さんの水が弾けた。それから無言で離れていった。大分自身があったらしい。

 幸璃の背中に彩が乗って、また怜利を先頭にして、皆で走り出した。多分、怜利は山の頂にいる疾風を目指しているのかもしれない。

さっきよりは若干遅く駆けていく。

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