第三章|陸自法務官の葛藤:違法な命令と合法な死
時刻:2027年10月10日 15:45 JST
場所:陸上自衛隊 西部方面総監部 法務課(熊本)/第3面談室
**法務官・佐野貴文2佐(42歳)**は、白い手袋を外しながら記録メモを閉じた。
目の前にいるのは、奄美島嶼で“射撃を命令しなかった”部隊長・高峯3佐。
2人の間には、処分対象をめぐる“予備審査ヒアリング”が始まっていた。
■審査の理由
高峯3佐は、部下の隊員3名が夜間の火炎瓶攻撃で重度火傷を負う状況において、
**加害者に対して射撃を命じず、“姿が民間人に見える限り撃てない”**と判断。
しかし、後日その加害者が敵性勢力所属であると判明し、国会内で一部議員が**「なぜ撃たなかったか」「国民の安全を放棄したのでは」**と糾弾。
■佐野法務官の問い
「高峯3佐、確認です。
あなたは、加害者が敵性勢力の一員と“疑われる”状態であったにも関わらず、射撃を許可しませんでしたね?」
「はい」
「理由は?」
「**自衛隊法第95条2項、及び武器等防護要領における“民間人との識別困難時の非致死選択”**に基づき、
交戦開始の条件が“法的に成立していない”と判断しました」
■佐野の沈黙(2秒)
「……それは、教科書通りの正解です。
しかし、その結果として、3名の隊員が火傷を負い、生涯再任不能です」
「あなたは**“合法的に命を奪わせた”**。
それは、違法命令を拒否したからではなく、**合法の中で“死が黙認された”**からです」
■高峯3佐の返答
「では法務官、**あなたがあの場にいて、“撃て”と命じていたなら、それは正しかったのですか?」
「敵かどうか不明、証拠なし、映像は不鮮明、火炎瓶は投擲済み……。
自分はあの時、“戦死ではなく、法死”を選ばせたのかもしれません」
■佐野の過去:2011年・PKO任務時の回想(南スーダン)
“発砲するな”と命じた直後、味方の宿営地に迫撃弾が直撃。
佐野自身が“発砲の判断を法的に止めた”ことが、同僚整備員の死に繋がった。
それ以来、彼は“法律のために死ぬ者がいる”という現実から、目を逸らしてこなかった。
■対話再開(16:12 JST)
「高峯3佐、あなたの判断は**“法的には正しい”**。
だが、戦術的には“敗北”です。政治的にも“裏切り”とされかねない。
あなたを処分すべきかどうか、私は今も迷っています」
■高峯の最後の言葉
「もし私が撃っていたら、その弾は“自衛”だったと証明できますか?
逆に、私は“発砲命令を下した違法指揮官”になっていた可能性だってあるでしょう。
ならば私は、“法に従って、死者を増やした指揮官”であることを、背負います」
■報告書(佐野の私的記録より)
本件指揮官は、違法行為を命じなかった。
しかし、結果として、部隊に犠牲を出した。
法律は、国家の正当性を支える柱であると同時に、“人間の命を見殺しにする構造”にもなりうる。
我々法務官が守っているのは、“正義”ではない。
“法の手続きに従って死ぬことの正当化”である。
ラストシーン(佐野2佐の独白)
「私は彼を処分すべきか、昇進させるべきか、今もわからない。
なぜならこの国の自衛官は、“法に従って死ぬこと”と、“法を破って生き延びること”の両方を、
誰からも訓練されていないからだ」




