第二章|防衛出動は“発令されなかった”:統幕ROE会議
時刻:2027年10月9日 09:00 JST
場所:防衛省 市ヶ谷庁舎 地下第4会議室・戦略法制合同審議会室(通称:灰色部屋)
机を挟んで並んだのは3つの系統。
制服組:統合幕僚監部作戦部長・市原陸将補(陸自出身)
内局防衛政策局:法規・政務系代表・橘企画官(内閣官房出向)
法務官室:法律審査担当・滝本1佐(元検事)
議題はただ一つ。
「奄美島嶼部における民間人偽装による攻撃行為への対処。
防衛出動または治安出動を含む実力行使命令の是非について」
■市原陸将補(作戦部長)の発言
「現地では自衛隊施設に対し火炎瓶、爆発物、ドローンによる侵入が継続中。
夜間に隊員の寝具が焼かれ、弾薬庫近辺への接近が2件。
しかし、“加害者は身分未特定”。
これは作戦行動ではなく“制圧不能な継続的破壊行為”だ」
「我々は“正体が明らかでない者”を、撃つことができない。
防衛出動が出なければ、自衛隊は“銃を持って耐える”しかない」
■橘企画官(政務系)の発言
「法的に言えば、“組織的かつ国家的意思に基づく武力攻撃”が確認されなければ防衛出動は不可能です」
「現時点では火炎瓶による被害は“散発的テロ”の域を出ておらず、国内治安事案の延長と見なされます。
よってこれは、警察庁の対応範囲です」
■滝本1佐(法務官室)の補足
「“敵が誰か”が特定されない段階での自衛隊の実力行使は、
国内法上、国家賠償法違反、殺人罪に問われかねません」
「仮に撃った相手が‘単なる暴徒’であれば、正当防衛の要件を満たすかどうかの“個別審査”が必要になります。
自衛官1人ひとりが“その瞬間に正当性を証明”できるかが問われるのです」
■会議内メモ・非公式要約
「撃たれたから撃ち返す」ことが許されるのは、“敵が誰か”が国家として確認された後
政治的責任回避のため、戦術単位での防衛出動は発令されない
現地部隊は“出動未決定下での交戦準備”という矛盾状態
■市原陸将補(苛立ちを隠さず)
「つまり我々は、“自衛官が火炎瓶で焼かれて死んでからじゃないと反撃できない”と?」
「敵は‘合法’を装ってくる。“高校生に偽装”“記者証を持参”“人権団体を名乗る”。
我々はそれを確認できなければ、死ぬ。
それでも法は、我々に“銃を持って沈黙せよ”と命じるのか」
橘企画官は、紙を見ながら答えた。
「はい。それが、文民統制です」
■同時刻:奄美駐屯地内・部隊控え室にて(パラレル描写)
隊員の福地陸曹長がテレビを見ている。ニュースで「部隊周辺での“差別的警備”に対する抗議デモ」が報じられていた。
「……俺たちは“守るために”ここにいる。でも“誰から守るか”は、誰も決めてくれない」
「この国では、“敵かもしれない人”を撃つ自由はない。
でも“敵じゃない証拠”を俺たちは持ってない」
会議の結論(09:51 JST)
「統合幕僚監部の判断としては、防衛出動の発令要件を満たさず、
現地部隊には“被害蓄積の抑止的行動に留まること”を通達。
警察庁および自治体と連携し、事態の“沈静化”を第一とする」