第一章|撃てない街
時刻:2027年10月8日 21:43 JST
場所:鹿児島県・奄美大島 名瀬市街地 自衛隊奄美警備隊臨時駐屯所
夜。街は静かだった。だがその静けさは、**“踏み込めない空白”**だった。
「……また火炎瓶です。今回は隊舎裏手、倉庫壁面。被害軽微ですが、発火点から判断して“投擲者は3メートル以内”です」
報告するのは、防衛警備小隊長・篠原2尉(29歳)。
眼鏡越しの視線が、部隊長・**高峯3佐(42歳)**に向けられていた。
「監視カメラには?」
「記録ありますが……写っていたのは**“制服を着た高校生”**です。通報後、警察が接触しましたが、“模擬演劇の練習中”との主張。
証拠不十分で解放されました」
「……模擬爆発物を持った高校生か」
■市街地戦における交戦規定(ROE)問題
自衛隊は、非戦時下の国内活動においては警察権の下に行動。
対“明確な敵”でない限り、威嚇射撃・拘束・所持品没収などの実力行使は不可。
相手が「民間人に見える」限り、“兵士であることの証明責任”は自衛隊側にある。
■同夜 22:35 JST/名瀬市内・監視観測ポスト
見張り任務にあたる中山陸士長(22歳)は、スコープ越しに住宅街の裏路地を監視していた。
「あの角……5分前にも、あの男通ったな」
「誰だ?」
「工事用ヘルメット、肩にリュック。赤い腕章」
隣にいた福地陸曹長が、ゆっくりと言う。
「そいつ、午後には“弁護士バッジ”をつけてたぞ。
“人権監視団体”の職員を名乗って、部隊正門に抗議に来た。名前は登録されてない。」
「けど、何もしてないっすよ」
「それが一番厄介なんだ。“何かをする前”には、俺たちは何もできない」
■翌朝、戦術会議にて
「今夜の攻撃は火炎瓶3件、施設内への侵入未遂1件、敵性無人ドローンの飛行確認2件。
死傷者なし、だが施設被害あり。心理的圧迫大」
と、篠原2尉が報告する。
「確認された“攻撃者”は?」
「全員“市民風”。うち1名は地元テレビ局の記者証を所持。
攻撃直前に“カメラマンを装って現場にいた”」
高峯3佐は、しばし沈黙した。
「……つまり、我々は**“撃たれても、撃てない”**。
“守るために存在する部隊”が、“守られる側の法”に縛られてる」
■対策:出せない命令
警察への通報は継続
航空・衛星監視を要請
だが、部隊から“拘束命令”を出す権限はなし
「不審者への“接近”すら、威圧行為と取られる」ため、隊員の自衛行動も抑制される
■夜間 23:07 JST/部隊内控え室での会話
「おかしくないっすか? 俺たちが敵を撃つのに、“相手の所属”がわからなきゃ撃てないなんて……」
中山陸士長の声は震えていた。
「正規軍が“正しく名乗ってくる”なんて、どこの理屈だ。あいつら、最初から“合法的に紛れてくる”気でいるんだ」
福地陸曹長は言った。
「俺たちは、“法の外”に出た瞬間、“存在そのものが違法”になる。
だから、敵は“法の中にいるまま、武器を使ってくる”んだよ」
補記|今回の市街戦型擬装テロにおける構造的問題点
敵は“軍服を脱ぎ捨て、法に入った”。我々は“軍服を着たまま、法の外に出られない”。
火炎瓶・簡易IED・ガス爆破・サイバー妨害など、“警察犯罪と戦闘行為の中間”を突く手段が多用されている。
敵にとって“バレないこと”より、“撃たせないこと”が目的。
→ 自衛隊が“誤射”する構図を作ることで、情報戦に勝つ