第2章「ほんの少しの違和感」
昼休みの教室は、ざわついた声で溢れていた。
西野葵は、窓際の席で弁当を広げながら、そのざわめきをぼんやりと聞いていた。
隣の席では、北条瑞希が静かにパンをかじっている。
「西野、ここ座っていい?」
声をかけてきたのは、東雲悠馬だった。
どちらかと言えば大人しいが、かといって内向的すぎるわけでもない。
人の空気を読むのが上手く、教室のどこにいても浮かないタイプだ。
「いいよ」
西野が席をずらすと、東雲はふわりと笑って腰を下ろした。
特に理由もない、ただの昼休みの光景。
「最近、北条ってさ、なんか雰囲気変わったよな」
唐突に東雲が言った。
北条は、手を止めてきょとんとする。
「え、私? 変かなぁ」
「うーん……いい意味で、かな」
東雲は肩をすくめた。
西野も少しだけ頷く。
前よりも自然に、でもどこか無理して明るくしているようにも見える。
それが、時々ひっかかる。
「ま、でも今のほうが好きだけどなー。前の学校のときよりは」
さらっと言った北条の一言に、西野は眉を動かした。
「前の学校?」
北条は、パンの袋をぎゅっと握った。
「あ……別に、たいしたことじゃないよ。ちょっと、からかわれたりしただけ。転校してきたばっかりだったし、しょうがないっていうか」
笑って言うけれど、その笑いには少し力がこもっていた。
「そっか」
西野はそれ以上何も言わなかった。
東雲も、深く追及しなかった。
会話は自然に流れていく。
くだらない話題に変わり、昼休みのざわめきに紛れていった。
──けれど、西野の中には、小さなひっかかりだけが残った。
北条の配信を初めて見た夜の、あの柔らかい声。
教室で見せる、少しだけ無理をしているような笑顔。
そして、いま聞いた、前の学校での「からかい」の話。
全部が繋がりそうで、まだ掴めない。
(……知らなかったこと、まだたくさんあるんだな)
放課後、机に置いたスマホを手に取ると、西野は指先で、何気なく「桐月麗華」のチャンネルを開いた。
新しい配信予定の通知が届いていた。
『今夜、少しだけ、雑談配信します。』
ふと、画面の向こうの彼女に会いたくなった。
教室では見えない、仮面の下の「本当の彼女」に。
西野は、そっとスマホを伏せた。
──まだ、知らないことばかりだ。
でも、少しずつでいい。
彼女のことを、もっと知りたいと思った。