第一章 もう一人の彼女
■第1章「もう一人の彼女」
月曜日の放課後、西野葵は自分の部屋に
帰ると、パソコンを立ち上げた。
「桐月麗華」で検索をかける。
すると、シンプルなチャンネルがいくつか
表示された。その中の一つを選んで、
動画を再生する。
北条瑞希、配信者としての彼女の姿が
画面に映った。
そこには、普段教室で見せる明るく
て元気な一面とは少し違う、
落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「こんばんは、桐月麗華です。
今日も、のんびりお話ししていこうかな」
その声は、柔らかくて穏やかで、
リスナーに優しく語りかけるような感じだ。
彼女が話している内容は
特に特別なことではなかった。
日常の些細な出来事や、最近読んだ本の
感想だったり、そんな感じのことを
呟いているだけ。だが、どこか心地よい。
チャット欄には次々とリスナーのメッセージが流れる。
〈麗華さんの配信、落ち着いていていいな〉
〈今日も癒されました〉
〈話してる内容、なんだか心に染みる〉
西野はその言葉を見ながら、
少しだけ心が温かくなるのを感じた。
彼女が配信をしている姿は、
教室で見せる彼女の笑顔とはまた違った、
少しだけ遠くて、でも確かに
「本当の彼女」だった。
──彼女が配信をしている理由、
どんな気持ちでやっているのか、
少しだけ知った気がした。
動画を見終わると、西野は一度黙って
画面を見つめた。
彼女の声には、どこかひっかかるような、
でもそれがまた心地よくて、
落ち着いた気持ちになる。
その日、彼は配信を見て、
心に浮かんだことがあった。
──また見よう。今度はもう少し長く、
彼女のことを知りたい。
次の日、学校で再び北条瑞希と
顔を合わせた西野は、
少し考え込んでから話しかけた。
「昨日配信見たよ。」
北条は驚いたように目を見開いてから、
にっこりと笑った。
「本当に?ありがとう!どうだった?」
「落ち着いてて、リラックスできた。
北条の声、意外と癒されるんだな」
「えへへ、嬉しいなぁ。あんまり大きな声で話すの得意じゃないから、
そう言ってもらえると嬉しい」
そのやり取りをしていると、
クラスメイトたちの笑い声が遠くから
聞こえてきた。
北条は、みんなと楽しく話している
タイプではない。どちらかと言うと、
少し控えめに、でも確実に周りと
打ち解けていくタイプだ。
だから、配信でもその雰囲気が
出ているのだろう。
西野は、配信を見たことで、彼女の
「裏側」を少しだけ知ったような気がした。
教室で元気に話している姿が、
どこか少しだけ仮面のように
感じてしまうことがある。
でも、その仮面の下にある
本当の彼女の姿も、
きっと大切なのだろうと、そう感じていた。
──少なくとも、彼女の配信が
「誰かの救い」になっていることは確かだ。
その夜、再びパソコンの前に座った西野は、もう一度「桐月麗華」の配信を見ようと思った。
もう少し、彼女が話す内容に耳を傾けて、
彼女のことを知りたい。
そう思いながら、再生ボタンを押した。
その日から、西野は時々北条の配信を
見ながら、彼女の「本当の部分」を
感じ取ろうとしていた。
誰かに癒しを与えるために、
どれだけ努力しているのか。
その努力の先にあるものは何なのか。
それが、少しずつ気になり始めていた。