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第9話:唯一の活路? 危険な賭け

 ジジイの言葉が、重く部屋に響く。

 帝国が俺たちを帰す気がない…? 使い捨て…?

 頭がクラクラする。信じたくない。だが、妙に説得力があった。

 あいつらの都合のいい話ばかりを鵜呑みにしていた自分が馬鹿みたいだ。

(じゃあ、どうすれば…)

 帝国がダメなら、このジジイの話に乗るしかないのか?

 いや、こいつも信用できない。敵国のスパイなんだろ?

 俺が混乱していると、ジジイが追い打ちをかけるように言った。

「帝国のために働けば、褒美はもらえるじゃろう。じゃが、おぬしが手にするのは、『使い捨ての勇者』としての運命じゃ。せいぜい、多少の金や地位を得て、この異世界で骨を埋めるのが関の山じゃろうな」

「……じゃあ、俺は……どうすればいいんだ」

 俺の声は、自分でも驚くほど弱々しかった。

 すると、ジジイの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。待ってましたとばかりに。

「簡単なことじゃ」

「……」

「ワシと手を組み、扇動を成功させ、その“魔力の核”を手に入れる。そして――おぬし自身の手で、帰り道を作るんじゃ」

 一瞬、息をのんだ。

 魔力の核を手に入れて、自分で帰る…? そんなことが可能なのか?

 ……じじいの話が全部本当かなんて、まだわからねぇ。

 けど、帝国に協力したって帰れる保証はない。

 だったら……この怪しいジジイの話に“乗ったフリ”だけでもしておく価値はあるか。

 少なくとも、情報は手に入る――

 それに、どっちが嘘ついてるかは、あとで自分で確かめればいい。

 俺はじじいの顔をじっと見つめた。

 こいつが言ってること、本当に信じていいのか――?

「ワシをそんなに見て、どうしたんじゃ?」

 ジジイが不思議そうに首を傾げる。

「……いや、なんでもねぇ。ところで扇動って、結局具体的に何すりゃいいんだ?」

 俺の言葉に、ジジイの目がキラッキラに輝いた。

「……おぬし、協力してくれるのか⁉」

 身を乗り出してくるジジイ。うぜぇ。

「まあ、内容によるけどな。命の危険があるような無茶ぶりだったら即ギブする」

「ふむ…それも当然じゃな」

 ジジイは小さくうなずき、声を潜めて囁くように言った。

「扇動の任務は――“勇者たちのやる気を削ぎ、大半を辞めさせること”じゃ」

「……それだけでいいのか?」

 思ったより単純な任務に、俺は拍子抜けした。

「“それだけ”などと言うでない。やる気を折るというのは、意外と骨の折れる仕事なのじゃよ。おぬしの持つ、その人を惑わすような笑顔が役に立つ時が来るじゃろう」

(人を惑わす笑顔…?)俺の笑顔のことか? よく分からんが。

 いや、それにしても、クラスの連中を辞めさせるなんて簡単そうだ。あいつらの嫌がることをすればいいだけだろ。思いつくだけでも、十個はある。

 というかさ、これって“扇動”って呼んでいいのか?

 確か扇動ってのは、「人の気持ちを煽って、ある行動を起こさせること」だった気がする。国語の授業でやったやつだ。

 今回の場合は煽ってるっていうより、“やる気なくさせる”だよな……

 意味的にはちょっとズレてね? まあ、そんな細かいことはどうでもいいか。

 それよりも――ちょっと気になることがある。

「……でもさ、なんで勇者減らすわけ? 帝国の戦力を下げて、戦争でもしかける気か?」

 俺の問いに、ジジイはゆっくりと首を横に振った。

「違うのじゃ」

 その目は、先程までの胡散臭さが少し薄れ、真剣な色を帯びているように見えた。

「ワシらは戦争をしたいのではない。戦争を止めるために、勇者をやめさせるのじゃ。勇者が減れば、帝国は“最後の切り札”に手を伸ばす。そこが狙い目なのじゃよ」

「最後の……切り札?」

「そうじゃ。王宮の地下奥深く――八階層もの隔離区域の最下層に、ひっそりと封印された“魔力の核”。それが、帝国が抱える“予備の魔力”じゃ」

 魔力の核……そんなヤバそうなものが、王宮の地下にあるのかよ。

「じゃがの。ワシら魔術師が入れるのは“三階”までじゃ。それより下は禁忌領域。もし無許可で足を踏み入れれば……牢獄行き、あるいは即処刑じゃ」

「処刑て……おいおい、物騒すぎるだろ……」

「それほどの価値があるということじゃ。帝国にとって、魔核は“国家が傾いたときの保険”じゃ。単なる有事でも誰も触れようとせん。むしろ、触れられぬよう、知られぬよう、徹底して隠されておる」

「そんなもん……どうやって手に入れるんだよ」

「そこで、扇動の出番じゃ」

 ジジイの口調がわずかに低くなる。

「勇者たちが大量に辞めたら、帝国の戦力は一気に落ちる。魔物撃退も危ういと判断されるじゃろう。すると――“次の召喚”の準備が始まる」

「次の召喚……つまり、新しい勇者を呼ぶってことか」

「そうじゃ。そのために使われるのが――魔核なのじゃ」

「なるほどな……でもさ、帝国って、ほんとに魔核を使うのか? 単なる有事でさえも使わないんだろ? いくら戦力落ちたって、使うとは限らんだろ?」

 俺の疑問に、じじいは深く頷いた。その目には確信の色が宿っている。

「いいや、絶対に使うのじゃ——そもそも帝国は、ただ“魔物を倒すため”に勇者を集めたわけではない。あやつらが狙っておるのは**“世界制覇”**じゃ」

「世界制覇……?」

 思わず聞き返した。なんだよその物騒な単語。

「ああ、そうじゃ。何十年も前から計画を練っておった。国内の魔力量を安定させるために、魔術師の育成体制を整え、他国との貿易も積極的にした。ただ一つ世界制覇のために、準備を進めておったのじゃ。今の今まで、ずっとのう」

 じじいはゆっくりとローブの裾を握りしめた。その表情には苦々しいものが滲んでいる。

「この“勇者召喚の成功”が、帝国にとって“最後のピース”なんじゃよ。勇者という圧倒的な戦力を手に入れ、魔物を片付けた後、その力で他国を蹂躙するつもりなのじゃ。それが欠けたら……今まで積み上げてきた何十年が、全部パァになる。皇帝も、軍も、魔術師団も、それだけは絶対に避けたいはずじゃ」

「……つまり、ここで勇者が使い物にならなきゃ、計画ごと全部吹き飛ぶってわけか」

「うむ。だからこそ、勇者が抜け落ちれば、帝国は間違いなく“次の召喚”を選ぶ。失った戦力を補充するために、喉から手が出るほど欲しい新たな勇者を呼ぶために。そしてそのためには、魔核を使わねばならぬ。使いたくない魔力を、どうしても使わねばならぬ“状況”が、初めて生まれるのじゃ」

 いや、ちょっとまてよ?

 なるほどな、と思う一面、気になる点がある。

「……じじい、お前、そんな帝国の機密をなんで知ってるんだよ? 世界制覇とか、魔核のこととか。それ、ごく一部の人間しかしらないんだろ?」

 俺がそう尋ねると、じじいの目が、一瞬だけ鋭く光った。

「……それは、極秘中の極秘じゃ」

「は?」

「これをおぬしに語るだけでも、ワシらは大きなリスクを背負っておる。これ以上の情報が広まれば――この作戦そのものが潰える恐れすらあるのじゃ。情報漏洩だけで仲間全員が“消される”ことだってある。すまんが、これは話せんのじゃ」

 ……なるほどな。言えない事情があるってやつか。

 まぁ、たしかに。こんなヤバい話、ペラペラ喋る方がおかしい。

 この情報が帝国側に伝わったら――このじじい含め、関わった連中はただじゃ済まねぇだろうな。

 そう考えれば、俺にこの話をするだけでも、相当な覚悟だったってことか。

「……なるほどな。わかったよ。そこは突っ込まないでおく。でも――魔核って、どこで使われるんだ?」


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