第5話:望みと現実、クソジジイの懐事情
ブンブン揺らし続けた結果、じじいの赤黒ローブがパタパタと羽のようにたなびく。
「首が、首がしまるぅ! おぬしが望むものを与えるから、とりあえず揺らすのをやめてくれー!」
「ほう、俺の望み、なんでも叶えてくれるんだな?」
俺はジジイを揺らす手を、ほんの少しだけ緩めてやった。
「ごほ、ごほ、ごほ。ああ、おぬしが望むものであれば、なんでもじゃ!」
ジジイは咳き込みながらも、必死に頷く。よし、言質は取ったぞ。
「じゃあ――アニメを観させろ。できれば今期のやつ全部」
「……あにめ? それは、どんな食べ物じゃ?」
やっぱりだよ! これ絶対にアニメなんて概念ないだろ! 俺の生きがいが……!
「……じゃあ、漫画だ! とにかく読ませろ!」
「まんが…うーむ…子供向けの絵物語のなら、書庫にあると思うがのぅ…」
絵本じゃねぇんだよ! 俺が求めてるのは魂を揺さぶるストーリーと熱い展開なんだ!
「……だったら、ゲーム! 据え置きでもソシャゲでもいいから、今すぐやらせろ!」
「げぇむ? ああ、ボードゲームのことかの? それとも、体を動かすスポーツか? それなら兵士たちが…」
「そのゲームじゃねぇよ! テレビゲームだよ! なんっっっにもねぇじゃねーか、この世界! 俺の楽しみが! 俺の望む娯楽がねぇじゃねぇか!」
俺は再びジジイの首元に力を込める。
「く、首がしまるぅ!」
「なんでもくれんじゃねぇのかよ!」
「こ、この世界にある物なら何でもじゃ」
「チッ……使えねぇな!」
完全に元の世界の娯楽は期待できないと悟り、俺は最後の望みを口にする。
「じゃあ――一生遊んで暮らせるくらいの金をよこせ」
ジジイは一瞬、ホッとしたような顔をしたが、すぐに困った表情になり、
「……それは、無理なのじゃ」
と、あっさり宣った。
「即答かよ! この世界にある物なら、なんでもって言ったじゃねぇか!」
「すまんすまん! ……じゃが、もし本当に金が欲しいというのなら――」
ジジイは部屋の片隅にあった、ボロボロの木製の金庫へと向かい、
中をごそごそ漁ったあと、くしゃくしゃになった紙幣を一枚、両手でそっと差し出してきた。
「――これは、ワシのなけなしのお金じゃ……つ、使ってくれ……」
声も手も震えてる。
なんだよ……その、めっちゃ哀愁漂ってる感じ……。
でも――
普通の人なら「これはさすがに受け取れない」って言うかもしれないが、俺は違う。
「そうだな。さっさとよこせ」
即断即決。ひったくるようにお金を取って、ポケットにぶち込む。
こっちは召喚された被害者だ。
もらえるもんは、全部もらっておく。それが正義。
「もっと金をよこせ」
「今はそれだけしか……その代わり、ワシの愛用していたこのローブを……!」
そう言いながら、自慢げに赤黒いローブを脱ごうとするジジイ。
「要らねぇーよ! おまえの加齢臭が染みこんだゴミローブなんかいらねぇーよ‼」
「ひ、ひどいのじゃ……」
辺りを見回すと、金になりそうなものは無い。
しぶしぶ妥協して、ため息まじりに言ってやった。
「わかった。今はこの金で我慢しよう」
「ありがとうじゃ……」
――まあ、この程度で許してやると思うなよ。
とっとと帰る。それが一番だ。
「それじゃあ――日本に帰してくれ」
ストレートに要求をぶつけると、ジジイは一瞬だけ目を泳がせた。
「まてまて、おぬし、ここでの生活は“勇者”として扱われるから、美味しいごはんを食べられるぞ!」
「いや、いいって。日本の料理で十分だから。どうせ、日本の料理より美味しくないんだろ?」
「ま、まてまて、ここは王宮じゃよ!? 王宮料理はどこよりも美味しいんじゃよ!」
「ああ、そう? でもいいや。俺、日本料理ラブだから。てことで、日本に帰してくれ」