勇者様ご一行、異世界へようこそ!
第2話:勇者様ご一行、異世界へようこそ!
「……ってぇ……」
頭がガンガンする。なんだこれ、二日酔いか? いや、俺、酒飲める歳じゃねーし。
昨日は普通に学校行って、普通に授業受けて…いや、受けてねーな。トイレ行って戻ったら教室空っぽで、そんであの白い光…。
ゆっくり目を開けると、まず視界に入ったのは、やたらと高い天井。
石造りっぽい、なんか教会とか城とか、そういう感じのやつ。薄暗くて、所々に壁にかけられた松明の炎がパチパチ音を立ててる。
「…どこだよ、ここ…」
体を起こすと、周りには見慣れた…いや、見慣れたくもない顔、顔、顔。
そう、俺たち三年一組のクラスメイト全員が、俺と同じようにポカーンとした顔で突っ立ってた。担任のヤマギシまでいやがる。ったく、なんで教師まで一緒に来てんだよ。
「え? なにここ?」
「撮影? ドッキリ?」
「夢…じゃないよね?」
クラスの奴らがざわざわと騒ぎ始める。まあ、そりゃそうだよな。さっきまで教室にいたのに、いきなりこんな場所にいたら。
天井にはなんか変な模様が彫られてるし、床は冷たい石畳。壁には紋章みたいなのが描かれたタペストリー? ってのがかかってる。ファンタジー映画のセットかよ。
って、セットじゃねぇ!
よく見りゃ、俺たちを取り囲むように、怪しい奴らがわんさかいるじゃねぇか!
深紅の、なんかフードまで被った、見るからに「魔術師です」って感じのローブ集団。人数、ざっと三十人くらい? それと、ピカピカの鎧を着て槍を持った兵士たち。こっちはさらに多く五十人くらいだ。
「うわ、コスプレガチ勢…?」
「いや、本物っぽくない? あの鎧とか…」
クラスメイトの誰かが呟く。
確かに、あのローブの刺繍とか、鎧の質感とか、妙にリアルだ。コスプレにしては金かかりすぎてる。
俺たちが状況を飲み込めずにいると、突然――
赤いローブの集団が、一斉に両手を天に突き上げた!
「《グラーシャ・ヴェルト=ナ・アルザルド! イミア=ファロス=レリオーン!!》」
「え? なになになに!? 今の、何語!?」
「わかんねーけど……めっちゃテンション高くね!?」
うるさいくらいの大声で叫びながら、そいつらは跳ねたり、手を叩いたり、マジでお祭り騒ぎ。もう、謎テンションすぎてドン引きなんですけど。
そしてその直後――
パァンッ!
目の前で光の玉がはじけたと思ったら、俺たちの体に何かがスゥッと染み込んできたような感覚があった。
「うわっ!? な、なんだ今の…!」
頭がキーンとする。その直後、さっきまで呪文みたいだった意味不明な言葉が――
スッと、耳に自然に入ってくるようになった。
「「「勇者様の召喚、成功ーーー!!!!!」」」
勇者召喚……?
成功……?
クラスメイト達は困惑しているようだ。
「翻訳魔法も成功だ!」
ローブの誰かがそう叫んだ。
「翻訳……魔法?」
「え……」
「ヤバ、マジで異世界っぽい展開なんだけど!」
マジで、奴らの言葉、意味わかったぞ。どうやらあの光で、俺たちはこの世界の言葉を理解できるようになったっぽい。
でもって、この騒ぎ……どうやら本当に「勇者召喚」ってやつらしい。
その大歓声に、クラスメイトたちの反応はバラッバラ。
「うぉぉぉ! マジか! 異世界召喚キターーー!」
クラスの陽キャ代表、サッカー部の鈴木が目を輝かせて叫んでる。あいつ、そういうの好きだったもんな。
「ひっ…こ、怖いよぉ…」
女子数人が泣き出しちゃってる。まあ、気持ちは分かる。
「状況を整理しよう。我々は強制的に別の場所に転移させられた。目的は…彼らの言う『勇者召喚』か」
学級委員長の田中は、冷静に分析しようとしてる。さすが優等生。だが、ちょっと顔が引きつってるぞ。
そして俺は…
「うわ、人多すぎ…」
帰りたい…マジで…
人混み嫌いなんだよ。なんでこんな密集した場所にいなきゃなんねーんだ。
壁際の柱の影に隠れて、できるだけ目立たないように小さくなる。あー、もう最悪。
そんな中、赤いローブ集団の中から、ひときわ豪華な刺繍の入ったローブを着た、リーダーっぽい奴が前に出てきた。年は…四十代くらいか?
「私は、この帝国魔術師団を統括する者――フェリクス・ダルシアと申します」
男は深々と一礼し、そして静かに言葉を紡ぎ始めた。
「皆様、突然の出来事に混乱されていることでしょう。ですが、どうか落ち着いて聞いてください。
これは夢ではありません。現実です。
あなた方は、我が“アルダン帝国”が行った召喚魔法によって、この世界へと招かれました」
低く落ち着いた声。無駄な高揚もなく、妙に現実味を帯びた口調が、逆に怖い。
「我々は、異世界よりお越しの“勇者様方”を召喚いたしました」
――勇者様、ねぇ。
まさか自分のことをそう呼ばれる日が来るとは思わなかったわ。
「我が帝国は今、北方の魔境より現れた恐るべき魔物の軍勢によって、存亡の危機に瀕しております!」
魔術師代表は、悲痛な表情で訴えかける。
「どうか皆様のお力で、魔物を討伐し、この帝国を…いえ、世界をお救いください!」
深々と頭を下げる魔術師。周りのローブ集団もそれに倣う。
「もちろん、ただお願いするわけではございません! 皆様の生活は帝国が全面的に保障いたします! そして、任務が完了した暁には、必ずや皆様を元の世界へお返しすることをお約束いたします!」
急にそんなこと言われてもお願いを聞くわけがねぇだろ。
誰がそんな馬鹿なことを言うこと——
だが、クラスの奴らはそうじゃないらしい。
「元の世界に帰れるんだったら手伝っても…」
「世界を救う…か…ふふふ」
「生活が保障されてるならいいね」
おいおい、ちょろすぎだろ、お前ら。
「よっしゃあ! やってやるぜ! 俺たちがこの世界を救うんだ!」
さっきの鈴木が、拳を突き上げて叫ぶ。それに同調する奴らもチラホラ。
あーあ、始まったよ…
俺は壁にもたれて、天井を仰ぐ。
もう、完全に他人事だ。俺は絶対やらねぇからな。魔物討伐とか、死んでもごめんだわ。
その時、ふと視線を感じた。
人混みの向こう、広間の隅の方。
一人だけ、他の赤いローブとは違う、くたびれた感じの赤黒いローブを着たジジイが立っていた。
そいつが、こっちを見て、ニッコニコ笑ってやがる。
なんだよ、あのジジイ…気色悪いな…。
しかも、その笑顔、明らかに俺に向けられてる気がする。
関わらんとこ…
俺はプイッと顔を背けた。
面倒ごとは、もうこれ以上勘弁してほしい。
ただでさえ、クラスメイトっていう面倒な生き物と一緒にいるのに、これ以上変な奴に関わるのはマジでごめんだ。
早く…日本に、帰りたい。