結局、俺は何も有益な情報を掴めないまま
ならば、別の方法で情報を手に入れようと、違う手段を試みることにした。幸い、この『勇者迎賓館』の敷地内には、比較的小規模ながらも図書館のような部屋が用意されていた。そこには、革や羊皮紙で装丁された、いかにも古くて重要そうな分厚い本が、書架にズラリと並んでいる。この世界の歴史、法律、あるいは魔法に関する書物…いかにも、俺が知りたい情報が眠っていそうな雰囲気だった。
期待に胸を膨らませ、重厚な扉を開け、薄暗い書庫へと足を踏み入れる。古紙とインクの匂いが鼻をついた。適当に一冊、手に取ってみる。表紙には、読めない文字でタイトルらしきものが書かれている。ページをめくってみると――
「……読めるか、こんなもん!」
思わず、悪態をついてしまった。そこに書かれていたのは、まるでミミズがのたくったような、あるいは複雑な記号のような、見慣れない奇妙な文字の羅列。そうだった。俺たちは、召喚時に謎の光を浴びたおかげで、この世界の『話し言葉』はなぜか理解できるようになっているが、『書き言葉』は別らしい。文字の読み書き能力までは、自動翻訳されなかったようだ。まるで、いきなり文盲に逆戻りした気分だ。これじゃあ、どんなに貴重な情報が書かれていたとしても、何も調べようがない。
結局、ザハルの話が真実なのか、それとも帝国の言う通り「魔物討伐に協力すれば、元の世界に帰還させる」というのが本当なのか、まったく確証は得られないままだった。疑念だけが、日増しに心の奥底で募っていく。このまま、帝国の言いなりになっていていいのか? いや、良くないはずだ。だが、どうすればいい?
……まあ、一つだけ、この軟禁生活の中で予想外に良かったことがあるとすれば、それは食事だ。
これが、驚くほど美味かったのだ。
毎食、見たこともないような色鮮やかな食材を使った、明らかに手間暇かかってそうな高級料理が、飽きないように日替わりでテーブルに並ぶ。
繊細な味わいの温かいスープ、香辛料の効いた柔らかい肉の煮込み、魚介の出汁が染み込んだ絶妙な塩加減の炊き込みご飯のようなもの、新鮮な果物を使ったデザート…。
正直、日本の飯が一番だと思っていた俺の固定観念が、少し揺らぐレベルだった。美味すぎて、思わず給仕してくれたメイドさんに「ごちそうさまです、すごく美味しかったです」って、普段なら絶対に言わないような感謝の言葉を口から出しかけたぐらいだ。
この世界の料理……ちょっと、本気でクセになりそうだ。
とはいえ、どんなに美味い飯を食ったところで、俺を取り巻く状況が好転するわけではない。
俺一人が焦りと苛立ちを募らせる中、他のクラスメイトたちは、相変わらず異世界観光気分の延長のような、あるいは合宿にでも来ているかのような雰囲気で日々を過ごしている。俺? 当然、基本的にぼっち行動継続中だ。元々の性格もあるが、今は誰かと馴れ合っている気分には到底なれない。このクラスの中に、どこまで信用できる人間がいるのか、まだ分からないからな。下手に関わって、足元を掬われるのはごめんだ。
そうこうしているうちに、あっという間に十日ほどの時間が過ぎた。
結局、俺は何も有益な情報を掴めないまま――ついに、あの『魔法適性検査』の日を迎えることになった。
ザハルが言っていた、この世界で魔法を扱えるようになるための、重要な“儀式”。
俺たち異世界人に眠るという“固有魔法”が、この検査によって、今、明らかになる。
この検査の結果次第で、俺の、いや、俺たちの運命は大きく変わるかもしれない。強力な魔法が使えれば、この状況を打破する力になるかもしれないし、あるいは、帝国にとってさらに都合の良い駒として利用されることになるのかもしれない。
期待と、不安と、そしてほんの少しの恐怖。様々な感情が入り混じる中、俺は他のクラスメイトたちと共に、儀式が行われるという大広間へと向かった。
この検査で、すべてが変わる。
——そんな予感が、確かにあった。だが、この時の俺はまだ知らなかった。この検査が、俺にとって、そしてクラス全体にとって、新たな混乱と波乱の幕開けになるということを。