十日間の軟禁生活と読めない文字~そして、待ちわびた“儀式”へ~
クラスメイトたちと合流した後、俺たちはザハル――あの胡散臭いジジイが、他の魔術師たちからそう呼ばれているのを聞いて初めて名前を知った――が言った通り、いかにも「賓客をもてなすための施設」って感じの、無駄に豪華で広々とした建物に案内された。名前は『勇者迎賓館』とかいう、ちょっと気恥ずかしいくらいストレートなものだった。
まあ、聞こえはいいが、実態は監視付きの軟禁場所みたいなもんだろう。窓には鉄格子こそないものの、建物の周囲は常に屈強な衛兵たちが巡回しており、指定された区域外への外出は当然のように厳禁。俺たちの世話をしてくれるメイドや従者の人たちも、どこか監視役のような雰囲気を漂わせている。自由とは名ばかりの、息苦しい空間だ。
そして、そこで始まったのは、拍子抜けするほど退屈な日々だった。
召喚された直後、魔術師の代表が「魔物の脅威が…」「世界を救う勇者として…」などと、散々デカいことを言っていたわりには、俺たちに課せられたことは……驚くほど、何もなかったのだ。
もちろん、ザハルが言っていたように、ちゃんとした健康診断や、体力測定みたいなものは行われた。異世界の病気がないか、召喚の影響で体に異常がないか、基本的な体力はどれくらいか、などを調べるためだろう。だが、それだけだ。
剣の訓練があるわけでもなければ、魔法の基礎に関する講義があるわけでもない。ただ、決められた時間に、やたらと豪華で美味い飯を食わされ、あとは自由時間。その自由時間も、できることと言えば、館内に用意された談話室で他のクラスメイトとだべるか、自室でぼーっとしているか、あるいは中庭を散歩するかくらい。常に衛兵の視線がチラつく、檻の中の散歩だ。
食堂の隅で一人、黙々と食事を摂っていると、遠くのテーブルから、いつものように鈴木たち陽キャグループのバカ笑いが聞こえてくる。スポーツ系の連中や、クラスでも目立っていた男女が集まって、何やら騒いでいる。ふと、その一団と目が合ったような気がしたが、相手はすぐにプイッと顔を逸らした。そのうちの一人が、こっちを指差して何か囁いているのが、唇の動きでなんとなく分かった。どうせ「見てみろよ、相変わらずぼっち飯ウケる」とか、そんなところだろう。元の世界の教室でも、俺が一人でいると、ああやってクスクス笑ったり、面白がったりする奴らがいたっけな。別に気にしてない、と言えば嘘になるが、今更どうこうする気もない。
ちらりと視線を移すと、少し離れた席で、委員長の田中が一人、難しい顔で窓の外を眺めていた。隣には、副委員長の佐藤(女子)が心配そうに座っているが、田中は上の空といった様子だ。あいつは何を考えているんだか。クラス委員長としての責任感から、この状況に不安を感じているのか、それとも別の何かか。まあ、どっちにしろ、俺には関係のないことだ。
「ねえねえ、ここの衛兵さん、結構イケメン多くない?」
「分かるー! あの騎士団の人とか、超タイプなんだけど!」
「異世界の美人って、なんかエルフみたいで神秘的だよなー」
「早く魔法使えるようになりてー! そしたら、まず何をしようかな?」
クラスの連中の多くは、最初の数日こそ戸惑いを見せていたものの、すぐにこの奇妙な待機状態…ある種、贅沢なニート生活にも慣れ始めたようだった。特に、元の世界でも能天気に騒いでいた連中は、異世界に来てもその本質は変わらないらしい。危機感のかけらもない。…ったく、めでたい奴らだ。この状況の異常さ、胡散臭さに、少しは疑問を持たないのだろうか。
俺? 俺はそんな奴らとは違う。この退屈な日々の中で、一人で忙しく動いていた。
もちろん、目的は一つ。あの胡散臭いジジイ、ザハルの話――俺が帝国にとって都合の悪い『扇動者』になり得る存在だとか、帝国は最初から俺たちを元の世界に帰すつもりなどないとか――それが本当かどうか、裏を取るためだ。あの話が真実なら、俺たちはとんでもない状況に置かれていることになる。のんびり飯を食っている場合じゃない。
手始めに、身近なところから情報を引き出そうと試みた。俺たちの身の回りの世話をしてくれる、愛想の良いメイドさんや、廊下に石像のように立っている衛兵に、それとなく探りを入れてみたのだ。食事を運んできたメイドさんに、世間話をするふりをして。
「この国の魔物って、そんなにヤバいんすか? 俺たちみたいなのが戦える相手なのかな?」
「いやー、早く訓練とか始まらないかなー。俺たち、いつから戦うことになるんですかね?」
「俺たちを召喚するのって、すごい魔力が必要だったんですよね? この国は大丈夫なんですか?」
だが、返ってくるのは、判で押したように丁寧で、そして当たり障りのない答えだけだった。
「申し訳ございません。私どものような者には、詳しいことは分かりかねます」
「いずれ、帝国より正式な説明がありましょう。それまでお待ちくださいませ」
「勇者様方のご活躍を、心よりお祈り申し上げております」
……チッ。見事なまでに、何も喋らねぇ。まるで、あらかじめそう答えるように、徹底的に教育されているかのようだ。情報統制が、末端の人間まで行き届いているということか? それとも、このメイドさんや衛兵たちは、本当に何も知らされていない、ただの駒なのか? どちらにしても、ここから情報を得ることは不可能に近いと判断せざるを得なかった。