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集団の中に紛れ込む

「うむ。まず第一に、おぬしらの体調の問題じゃ」

 ジジイは指を一本立てる。

「異世界に召喚されたばかりのおぬしらは、まだこの世界の空気、水、そして何より『魔力』に完全に馴染んでおらん。環境の変化に体が適応しようとしている最中じゃ。言わば、体が一種の『世界酔い』を起こしておるような状態じゃな。乗り物酔いみたいなもんじゃと思ってくれていい」

「世界酔い…?」

 確かに、召喚された直後は少し頭がクラクラしたような気もする。今はもう大丈夫だが。

「そんな不安定な状態の時に、無理やり外部から強い刺激を与えて、内に秘められた潜在能力…固有魔法を無理に引き出そうとすれば、どうなると思う?」

 ジジイは少し脅すような口調で問いかける。

「……どうなるんだよ」

 嫌な予感しかしない。

「最悪の場合、制御を失った魔力が体内から暴走して、体が内側から弾け飛ぶかもしれん」

 ジジイは、まるで今日の天気を話すかのように、こともなげに、しかし妙な確信を持って言った。

「は、弾け飛ぶ…!?」

 想像してしまい、背筋がゾッとする。木っ端微塵になる自分の姿なんて、絶対に見たくない。自滅エンドとか、いくらなんでも勘弁してくれ。

「冗談ではないぞ? 過去には実際にそういう事故もあったと聞く。じゃから、まずはおぬしらの体がこの世界の環境にある程度順応し、魔力の流れが安定するのを待つ必要があるんじゃ。個人差はあれど、最低でも一週間はそのための期間として見積もるのが安全じゃろう、というのが専門家たちの見解じゃな」

「な、なるほど…」

 急に魔法が使えるようになりたいという気持ちが萎んできた。安全第一だ。一週間くらい、大人しく待つしかないか…。

「第二に、その『魔法適性検査』という儀式自体が、非常に大掛かりなものであるということじゃ」

 ジジイは、納得しかけた俺に追い打ちをかけるように、指を二本立てる。

「そこら辺にある水晶玉に手をかざして、『はい、あなたは炎魔法タイプですね。魔力はCランクです』なんて分かるような、お手軽なゲームみたいなもんじゃないんじゃ」

 俺が想像していたのは、まさにそれだった。

「おぬしら異世界人の内に眠る、未知で、規格外の可能性を秘めた固有の力を、安全かつ正確に引き出し、測定するためにはな、まず、精密に計算され描かれた大規模な魔法陣が必要になる。それも、一人一人に合わせて微調整が必要な場合もある。さらに、力を安定させ、方向づけるための特殊な触媒も複数用意せねばならん。そして何より、それらを滞りなく準備し、間違いなく儀式を執り行えるだけの、高度な知識と技術を持った熟練の儀式魔術師が何人も必要になるんじゃ。特に今回はクラス全員、数十人規模じゃからの。その準備と、儀式を行うための適切な場所の確保だけで、どうしても日数がかかってしまう。ぶっつけ本番でやれるようなものではないんじゃよ」

「そ、そんなに大掛かりなのかよ…」

 ただの検査じゃなくて、本当に一大プロジェクトみたいな感じなんだな。召喚もそうだったが、この世界の魔法関連の行事は、とにかく手間と時間がかかるらしい。

「第三に、まあ、これは身も蓋もない話じゃが、帝国のそれぞれの部署の都合じゃな」

 ジジイは少し面倒くさそうに付け加えて、三本目の指を立てる。

「おぬしら『勇者様御一行』の受け入れ準備は、なにも魔法適性検査だけではないんじゃ。おぬしらが当面暮らすことになるであろう住居の手配、日々の食事の準備、着る物の支給、それから、この世界の基本的な知識を教えるための教育係の手配…まあ、関係各所は、てんやわんやでやることが山積みじゃ。その膨大な業務の一環として、全体のスケジュールの中で、儀式の実施日が調整されとるんじゃろう。お偉いさんたちの都合もあるじゃろうしな。宮廷魔術師団、騎士団、内務省、宮内庁…色々な部署が絡んでおるからのう。どこの組織も、段取りというのは、とかく面倒くさいもんじゃよ」

「うへぇ…なんか、すごく…現実と変わんねぇな…」

 異世界に来ても、結局はそういう組織の都合とか、役所的な手続きとか、そういう面倒くささからは逃れられないのか。もっとこう、ファンタジーな世界を期待していたんだが。

 ジジイは俺のあからさまな落胆ぶりを見て、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「まあ、そういうわけじゃ。魔法が使えるようになるのは、その検査の儀式が終わってから。それまでは、どう足掻いても使えんし、焦っても仕方ないわい。いい機会じゃと思って、大人しく、この世界の基礎知識でも詰め込んでおくことじゃな。文字の読み書きくらいは、先に教えてもらえるやもしれんぞ?」

「…ちぇっ。結局、待たなきゃなんねーのかよ。面倒くせぇ…」

 皇帝との謁見も、魔法の習得も、すぐには叶わない。俺の知る異世界モノだと、召喚されたらすぐにステータスオープン!とかで自分の能力が分かったり、チュートリアル的に簡単な魔法が使えたりするのがお約束だったが——どうやら、この世界では、そう甘くはないようだ。現実(?)は厳しい。

 そんな身も蓋もない現実的なやり取りをしているうちに、前方の角を曲がった先から、複数の話し声と、カチャカチャと鎧の擦れる金属音、そして少し慌ただしい複数の足音が聞こえてきた。どうやら、他のクラスメイトたちが集められている場所が近いらしい。

「おっと、どうやらお仲間さんたちがお待ちかねのようじゃの」

 ジジイが足を止め、俺の方を振り返る。

「…さあ、行くぞ。ワシが適当に誤魔化しておくから、おぬしは何も聞かれなかったかのように、さりげなーく、集団の中に紛れ込むんじゃ。いいな、さくな!」

「あ、ああ……分かったよ」

 ジジイと一緒に、音のする方へと角を曲がる。

 目の前に、見慣れたクラスメイトたちの顔が見えた。皆、少し不安そうな、あるいは困惑したような表情で、数人の兵士と、ローブを着た魔術師らしき人物の話を聞いているようだった。俺とジジイの姿に気づき、何人かが訝しげな視線を向けてくる。特に、委員長の田中が、じっとこちらを見ているのが分かった。

 なんだか、前途多難で、面倒くささ満点の異世界生活が、いよいよ本格的に始まりそうな予感がした。まずは、この場をどう乗り切るか、だな…。


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