魔法だってすぐには使えない~焦るな危険、弾け飛ぶぞ?~
皇帝との謁見が当分お預けだと分かり、俺のささやかな異世界ドリームの一つが砕け散った。まあ、よく考えれば当然のことだったのかもしれないが、やはり少し落胆してしまう。ラノベの読みすぎは良くない、と自戒しつつ、次の疑問をジジイにぶつけた。
「じゃあさ、魔法はどうなんだ? 魔法。それはすぐに使えるようになるのか?」
勇者といえば魔法だろ。ファンタジーの花形だ。火や水を出したり、空を飛んだり、回復させたり。どんなことができるのか、想像するだけで少しワクワクする。さっきはジジイの前で「早く日本に帰りたいから、魔法なんてどうでもいい」みたいなことを言った気もするが、あれは半分本音で半分強がりだ。使えるものなら、使ってみたいに決まってる。自分の秘められた力、みたいなものには、やっぱり興味がある。
しかし、俺の淡い期待は、またしてもジジイによって打ち砕かれることになる。
「ふむ、魔法か。それも残念ながら、すぐには無理じゃな」
ジジイはこともなげに、しかしきっぱりと言った。
「はぁ? なんでだよ! 魔法くらい、すぐに使えるようにしてくれよ!」
俺は思わず食ってかかる。謁見はまあ、仕方ないとしても、魔法までお預けなんてあんまりだ。早く自分の能力を知りたいし、どんな力が使えるのか試してみたい。
「まあ、落ち着け。それにはちゃんとした理由がある。まず、おぬしらがどのような力を内に秘めているのか、それを帝国側が正確に把握する必要があるんじゃ」
「把握って…? なんか、こう、ステータス画面みたいなのがパッと出たりしないのか?」
ラノベだとよくある、例のやつだ。目の前に半透明のウィンドウが表示されて、自分の能力値やスキルが一目瞭然になる、みたいな。
ジジイは呆れたように鼻を鳴らした。
「そんな都合の良いものがあるか。あったら楽でいいがのう。…近々、おぬしら全員に対して、『魔法適性検査』が行われるはずじゃ」
「魔法適性検査…」
なんだか、学校の身体測定みたいな響きだな。
「そうじゃ。じゃが、あれはな、単にどんな属性の魔法が使えるか、魔力量はどれくらいか、なんてことを調べるだけの簡単な検査ではないんじゃ」
ジジイは少し真剣な表情になる。
「おぬしら異世界人の内に眠っておる、未知の潜在能力…いわば、固有の魔法を引き出すための、重要な『儀式』でもあるのじゃ」
「儀式…?」
また儀式か。召喚も儀式だったし、この世界はやたらと儀式が好きらしい。
「そうじゃ。この世界――いや、少なくともこのガレリア帝国では、おぬしらのような異世界から来た者は、その儀式を経なければ、己の中に宿る魔法の力を正しく認識し、自在に制御し、行使することはできん。そういう風になっておる。なぜそうなのか、詳しい原理まではワシにもよう分からんがの。経験則、としか言いようがない部分もある」
「へぇ、そうなのか。じゃあ、その儀式を受ければ、俺も魔法が使えるようになるんだな? で、その『近々』ってのは、具体的にいつなんだよ? 明日とか?」
早く受けたい。自分の力がどんなものか、早く知りたい。他のクラスメイトたちも、きっと同じ気持ちだろう。
しかし、ジジイの答えは、またしても俺の期待を裏切るものだった。
「うーん、そうじゃのう……早くて一週間後、といったところかの」
「はぁー? 一週間!? なんでだよ⁉ さっさとやればいいだろ、そんなもん! 今日とか明日にでも!」
俺は思わず声を荒らげる。一週間も待たされるなんて、納得いかない。焦れているのは俺だけじゃないはずだ。早く力を手に入れて、この状況をなんとかしたい、という気持ちもある。
ジジイは、やれやれといった風に、またしても俺の剣幕を軽く受け流しながら首を横に振った。まるで駄々をこねる子供をなだめるような口調だ。
「まあ、落ち着くんじゃ。そんなに焦るでない。それにはちゃんと、いくつも理由があるんじゃ」
「理由だと? またかよ…」
皇帝謁見の時と同じパターンだ。どうせまた、現実的な、つまらない理由なんだろう。