都心人間・自然人間
人類が進化を求めて突き進んだ結果、地球ははっきりと二分された。自然との一体化を目指した「自然人間」と、機械文明を追い求めた「都心人間」。双方が理想を極限まで突き詰めた末に、緑の世界と灰色の世界に分断されている。しかし、そこに真の安寧はなかった。欲望も恐怖も増幅されたまま、長い対立関係だけが続いていた。
木々の体躯を得た自然人間たちは、無骨な大地に根を下ろし、葉や樹皮によって光合成を行いながら生きる。雨を呼ぶ風を肌で感じ取り、動物や虫たちの声に耳を澄ます。彼らは大地の恵みを糧にし、生き物たちにも対等な意識を持つ。
しかし、自然には常に牙をむく側面がある。生存競争は熾烈で、嵐に打たれ、猛獣に血を流し、日照りに苦しむこともしばしば。それでも自然一体の循環に身を置くことこそ、自らの生き方と頑なに信じ、その脆さを受け入れていた。
地球のもう一方では、都心人間が肉体を捨て、冷たい合金に魂を宿している。コンクリートより硬い鋼鉄の街が広がり、大気は排気ガスによってどこまでも重い。そこでは、必要な物資はすべて生産ラインから供給され、電力が存在する限り空腹や飢えとは無縁の生活が可能だ。
だが、あまりに合理化された日々は、彼らの心を次第に蝕んでいた。週末には機械の身体をメンテナンスし、時には都市の最上層から闇に沈む街を眺める。人工のライトに照らされる灰色の世界は、人間本来の感性を奪い去り、気づかぬうちに孤独だけを積み重ねていくのだ。
長き対立の果て、次世代の指導者たちは互いの技術を取り入れ、地球環境の荒廃を食い止めようと動き始めた。自然人間は動物を守りながらも新しい農耕技術を模索し、都心人間は機械の精密な管理を活かして地域間の物流をスムーズにする。
最初はそれなりの成果もあった。大地のあちこちで新しい植物が育ち、過度な排気ガスを削減する装置が導入され、互いに利点を学び合う光景が生まれた。ほんの一瞬だけ、敵対心に満ちた大地を超えて手を取り合い、新しい未来を模索するかに思われた。
しかし、人の欲望と恐怖は根深く、ほんのわずかな衝突が大きな火種となる。自然人間の領土拡張を危惧した都心人間が環境調整装置を暴走させ、毒性の霧が自然地域を覆い、生態系を崩壊させた。これに対抗して自然人間は地中から膨大な根を伸ばし、都心領を巻き込むように爆発的な成長を遂げる。
結果的に双方の行動は制御不能に陥り、街も森も争いの連鎖で荒れ果てていった。機械の体は電力不足で動かなくなり、自然人間の葉は毒気に焼かれて落ち続ける。機能を失った都心のビル群は錆に侵され、緑の裾野に広がる数々の大樹は朽ちて倒れ、大地を埋め尽くした。
最期に残ったごくわずかな生存者たちは互いに手を伸ばしかける。しかし、その始まりかけた連帯すらも間に合わず、全ての命と文明が塵のように消え去る。地上にはただ、破壊の爪痕を残す廃墟と枯れ木が連なるばかり。
誰もが信じた理想の果てに、地球の両極に生きた人類はともに滅びを迎えたのである。自然も都心も、生き方の違いはあれど、人の手で築いた世界を人の手で破滅させた――それこそ、いくら自然に歩みよろうと、どれだけテクノロジーを発展させようとも、最後に残る人間の愚かさの証にほかならなかった。