2章10話 寿司屋の事情(後)
☆☆sideレニヴァル☆☆
マカロン、ダックワーズ、エッグタルト、スノーボール、生チョコ。
稔司様に貢がれました。嬉しいです!
夏休みの終わりの日。
「冬休みにアルバイトに来ます!」
多分来ない。私は知ってる。
この冬休みからレストランの仕事を始めたのだ。15才からだと本人が言ってた。
だから、冬休みのアルバイトの募集をした。
まさか、それでやむを得ず、レストランの仕事をする羽目になったとは思わなかったのだ。
春休みのアルバイトの募集はしなかったけど、もう稔司様は来なかった。
あの気遣いと手早く丁寧な仕事が気に入られたのだろう。
政美が稔司様がアルバイトに来なくなったのを私のせいだとからかう。
それから何年か経ち、大人になった稔司様が1度だけ雪柳に来た。落ち着いた優しい雰囲気の青年になりました。素敵で胸が高鳴ります。
私に、とお菓子のトリュフを箱でくれたが、明らかに手作りだった箱。中身はプロの仕事だった。ほのかに香るコニャックが彼が大人になった証。彼は今、何才?!
政美と話していたが政美が必死に引き留めるのをやんわりと躱して去って行く稔司様。
不吉な予感が的中したのはそれから10分も経たない内だった。
政美が号泣している。側で話を聞いていた晴海くんが説明してくれた。
「田舎で野菜作りながら店やるんだって」
ああ、遂にこの時が来た。
私は晴海くんに辞表を出して政美を連れて寿司用の厨房機器や調理器具、店内の家具や備品を完璧に揃えた。
貸し倉庫にそれを突っ込むと政美に家族との別れを済ませておくよう言った。
一人、稔司様の後を追いかけ物影から見守って2週間。稔司様は庇うヒマも無く目の前で車に押しつぶされて、ぐちゃぐちゃになった。
アレではいくら治癒魔法をかけようと生き返る訳が無い!
絶望が私を包む。
そんな私の肩を叩いたのはユーバリン神様だった。
「よく、見守った~。ここから先が本当の仕事だ~。手早く済ませろ~」
「ハイ!かしこまりました!」
「お使い、忘れるな~」
ハッ?!そうだ!神々の宴!
寿司魚!!
「ありがとうございます!」
そして、雪柳に戻ると何故か晴海くんまで着いてくる。
「150人でしょう?さすがに父さん一人じゃ、ムリだから、着いていくけど、帰って来られるよね?玲さん」
「それは大丈夫だけど、依頼料を支払って来るね」
そこで見たのは晴海くんの嫁の和美さんといつも忙しい時期に手伝ってくれる寿司職人の福永君の激しい口付け。
私たち3人は呆然としていたら、開き直った和美さんがニヤリと笑う。
「あら、忘れ物?」
「出て行け!和美」
「ふふふ、じゃあ子供達もこの人との子だから連れて行くわね。それでもいいの?」
「晴海、一緒に行くか?」
え?
晴海くんは政美の誘いに肯く。
「店もやるから好きにしろ!もう俺達は帰って来ない。幸せにな!」
えぇええええ?!ど、どうしよう!
政美は陽気にウインクすると私に楽しげに言う。
「仲間が増える分にはいいんだろ?」
「はい。大丈夫です」
落ち着け!落ち着け!私!!
え~い、1人も2人も一緒だ!腹をくくれ!私!!
とりあえず150神前の仕入れ!
「150人前の仕入れからです!勝手に病んでるんじゃないですよ!晴海くん!シャキッとしなさい!大仕事です!」
「ハイ!玲さん!」
母親代わりに躾けててよかった!
ここ一番で持ち直した!
寝られる雰囲気じゃ無かったので3人で市場近くの回転寿司を初体験。
パネルで注文してから寿司が来る時間を計ったり、廻るお寿司に興奮気味の私たち3人も目立つ事無いボックス席で〆にラーメンを頼んで朝一番の市場へ出陣だ。
最近は晴海くんばかり来ていたからか、老いてなおまだ現役の市場の目利き達が懐かしそうに政美に一声掛けては去って行く。
「政ちゃん!まだ生きてたかい!」
「秋ちゃん、お前さんもしぶといな!またな!」
お使い魔法で来て貰うから間違ってはいない。また、会える。
晴海くんはいつもの業者さんの店で金に糸目を付けず爆買いするものだから、業者さんが驚いてた。
「新しい店を出すんです。東京の郊外にあるから、遊びに来て下さい」
嘘をシレッと言えるようになった晴海くんはもう、魚の腐ったような目をしてない。
よかった。
買い物が終わるとアンシャルムに送還された。
「ただいま帰りました!稔司様、……?」
ダンジョン1階層の稔司様の店の厨房に転移した私たち3人は滅茶苦茶怒ってる、稔司様にドン引きした。
「いらっしゃい?それともお帰りなさい?レニヴァル!!そこに座れ!」
「まあまあ、稔司、話を聞いてからにしてくれ」
「政美さん、どんな事情があるにしろ、この子はやらかす手前でした。ちゃんと二人とも日本に帰します!報酬もきちんと支払うので新しい生活をして下さい!
ただ、今日だけは付き合ってもらわないといけないんです。よろしくお願いします。晴海さん、政美さん、お二人共、店から絶対出ないように!レニヴァルは、そこで正座してろ!」
こんなに怖い稔司様は初めてです。
私は2時間程、床に正座してましたがエルフの子供達に助けられました。
「レニヴァル様は、シンジ様の為に100年も大好きなお肉食べなかったのに、シンジ様の為にしようと思ったことで、こんなにヒドいことするの!?大っ嫌いだぁあああ!!うわぁあああああん」
「「「「うわぁあああああん!」」」」
お手伝いしてた小さな子供達が連鎖して泣き出したから厨房はカオスになった。
お世話係の青年エルフ達が何とか泣き止ませようと四苦八苦してます。
1番困っているのは稔司様です。
私も何とか泣き止ませようと言葉を尽くしてみますが、最後は子供達の「シンジ様なんか大っ嫌いだぁあああ!」に私が話すのは悪手だと実感しました。
泣く子に勝てなかった稔司様は私に謝って正座を止めさせました。
子供達は変わり身早く稔司様に試食を強請ってます。
さすがに私が説教して稔司様に謝罪させました。
「レニヴァル君、似合ってるけど、髪と目を元に戻して来て?玲さんって、言っちゃいそうだから」
あ、察し。これでバレたんだ!
「玲さんは俺の初恋の人だから、……やりにくい」
え!?稔司様が私を好きだと?
その日の午前中は出力250%で、神殿の毎日の催事を行っていたのですが、稔司様の突然の悲鳴に儀礼用の服なのにも関わらずダンジョンの稔司様の店へと駆けつけた。
何と店の中が神様で満員状態です!
一応、神様達は人化して、冒険者を装ってます。
「来た来た!レニ!給仕してくれ!子供達が冒険者を怖がって動かないんだよ!カウンターはこっちでやるから、注文取って稔司に持って行ってくれ!」
政美がすごい!神気がこんなにひしめき合ってるのに客としか思ってない!
びびる晴海くんを怒鳴りつけながら粛々と寿司を握っている。私はオーダーを取りまくり稔司様の元に届け、出来上がってる物は青年エルフを叱咤激励して手を足した。
ヘトヘトに疲れた真夜中過ぎ、やっと最後の神様が帰って行く。
清々しい気分で見送っていたら私の横を誰かが駆け抜けた。
晴海くん!!何で?!
「お客様!ハンカチをお忘れです!」
神様も目を軽く見開く。
「ありがとうよ。お前さんの名前は?」
「柳 晴海と申します!」
「良い名だ。でもな、言い付けは守らないといけない場所なんだ。次は間違うなよ?新米!頼んだぞ!」
仏頂面の稔司様が政美を連れて店外に出て来た。
政美を視て私は唸った。
何十神かの神の加護が付いていて、もう、アンシャルムで暮らすしか選択肢が無いのだ。一応、人間ではあるが、半神半人の稔司様よりずっと強い。
お使い魔法で日本に送るのはムリだろう。
稔司様は消えて無くなりそうな晴海くんを捕まえて自分の神力だけで眷族(仮)にした。
何とか魂は取り留めた。
儀式の為にダンジョン横の泉に移動すると、何と冒険者達が魔物の血を洗い流している。
「古の泉が穢された……」
柵まで拵えて、ロクシターナが絶対入らないように釘を刺したのに。
目の前が真っ暗になった。
ふらつく私を抱きしめるお料理の匂いが染み込んだコックコート。
稔司様。どうしましょう?