2章8話 寿司屋の事情(前)
☆☆sideレニヴァル☆☆
お使い魔法で日本に来た私は目の前の店を困惑しながら見つめる。
「ウナギ?雪柳…ここ?」
金曜日、夕方からの稼ぎ時だというのに、その店は客が入ってなかった。
風格あるたたずまいの古民家の木塀は何かでボロボロに壊されて無残な姿を晒している。
しかも何か店内から怒鳴り声が聞こえる。
「…じゃないか!!8600万円、耳揃えて返して貰おうか?!」
お金が必要なら私がお手伝い出来るかもしれません!
私はマジックバックを手に握りしめて、店の引き戸を開けました。
そこには、暴力を振るわれた若い作務衣姿の青年が私を見て首を横に振り片手で玄関を指差します。
「ヒュー!キレイな姉ちゃんだぜ!俺達が街を案内してやるよ!柳さんよ、明日の夕方までにはこの店の権利書を用意しとけよ!」
「触るな!ゲス!」
私に触れようとした品の無い男達の手を振り払いにらみつけます。
すると男達は舌打ちしながら玄関から出て行きました。
顔が赤黒く腫れ上がっている青年をお座敷に横たえ治癒魔法で癒しました。
「痛くない?……昨日殴られた腹も治った?アンタ、いや!貴女はどうしてこの店に?」
「あなたは柳政美さんのお孫さんですか?」
「…いや?俺が柳政美本人ですが?」
「今日は何年の何月ですか?」
「昭和53年の6月だよ。うな重食べて行かねぇか?美味いぜ」
これは、過去に飛んだんですね。何回かそんなお使いがありましたけど、必要だから、創造神様がそうしたのでしょう。
稔司様の欠けてる料理スキルを埋められる職人。稔司様の親しい方。
眷族に欲しいです。稔司様に恨まれても構いません!この方を手に入れます。
◆◆◆side柳政美◆◆◆
えらいべっぴんさんが店に訪ねて来た。
外国人何だろう。銀髪にエメラルドみたいな鮮やかな緑の目。透き通るような白い肌。
見たことも聞いたことも無い不思議な力でケガを治してくれた。
きっと、天国からお忍びで来た神様何だろう。
うな重を作ってごちそうすると、「なるほど」と呟く。
「この店はうな重の店ですか?」
「へい!江戸時代から続く老舗です!」
「悪いですが、他の料理人が作ったうな重の方が美味しかったです」
先代の俺の祖父と同じ事を言う客に俺は情けなくて涙ぐんだ。
もう、店をたたもうか。借金の事もあるし…
「貴方を私に売ってくれませんか?ここに1億円あります。借金返済も出来るでしょう」
「ダンナになれってのかい?」
「いいえ。私にはもう旦那様がいますし、これは貴方の人生に関わる長い話です。貴方は私と契約したら後には戻れません。1時間差し上げます。考えて答えを出して下さい」
「決めた!俺の命をアンタにやる!何したらいいんだ?」
俺は迷わなかった。神様が泣きそうな顔で取り引きを申し出たからだ。
このキレイな神様にも何かしら切羽詰まった理由があるに違いない。命の重さを知る者の表情だった。
「では、政美さんには、江戸前寿司の寿司職人の修業を始めてもらいます。場所はブルースカイホテル東京ベイ内の江戸前鮨左近です。そこじゃないと貴方は成功しません!
貴方は努力すれば一流の寿司職人になれます。どうか、頑張って下さい」
俺が今更、寿司職人の修業?もう、23だぞ?
まあ、やるけどよ。
「でも、ホテルに勤めるのが中卒の俺じゃかなり難しいぜ?べっぴんさん」
「私はレニといいます。……難しいのなら、方法を考えなければいけませんね……」
そういうと帯封を切ってない万札を座卓の上に山盛り置いて店から出て行った。
翌日の昼、酷い雨の中、ふらっと戻って来たべっぴんさんはずぶ濡れで顔色が悪かったので、座敷に布団を敷いて無理矢理眠らせた。
雨に濡れた衣服は脱がせて従業員用の作務衣を着せた。
すると男だとわかり驚いた。
神様ってのは男同士でも構わねえのか?
腹が鳴ってるので、隣のお好み焼き屋でイチ押しの牛スジを2枚配達してもらった。
ついでにお吸いものとほうれん草のお浸しを作ってレニさんを起こした。
レニさんは着替えてるのに戸惑っていたけど俺が謝ると「ありがとう」と笑った。
あんまりキレイな笑顔だったので、ボーッとしてる内にレニさんは箸を使ってほうれん草のお浸しとお吸いものを飲んだ。お好み焼きは牛スジがダメだったらしくきれいに牛スジだけ残していた。
聞くと願掛けに肉を断っているという。
へぇ、神様も願掛けするのか!
8600万円数えて残った1400万円でうなぎ屋から寿司屋に内装を変えるというので驚いた。
もし足りなかったらまた出資してくれるという。
「何でそこまでしてくれるんだ?」
「私の大事な方は***さんと言います。料理人で、フレンチから和食まで何でも作るんですが、どれも美味しいです。自分の店を構えることが夢だったんですが、目前にして亡くなったんです。亡くなってからも夢を叶えたいと思ってるようなのですが、仲間が足りません。あなたにその仲間になってほしいと私が勝手に決めました!
その為には人の道から外れなければなりません。私は…酷い事を貴方にします。出来るだけ協力しますから、どうか、私の願いを叶えて下さい。お願いします」
「ん、わかった!任せとけ!べっぴんさんの頼みは断れないからな!」
親父の作った借金を支払った翌朝、ブルースカイホテル東京ベイから寿司職人の修業をさせて貰えると連絡があった。
レニさんが店の改装工事は任せておけと言うので翌日から寿司職人見習いとして修業を始めたが最初は掃除、接客から叩き込まれた。接客は得意な方だったので、1年で支配人まで上り詰めたがこれは俺のやりたいことじゃねえ。仕方なく他の江戸前鮨屋で修業しようと辞表を出したら大将の南さんに料亭に連れて行かれた。
「何で辞めるんだ?」
「南さん、同期入社した奴らは寿司職人になってます。…俺もそうなりたいから、別の店で修業します!お世話になりました」
「わかった!妬けきるな。明日からカウンターの中で修業だ!遅れんな?ま、今日は飲め飲め!」
タクシーで南さんに送ってもらったら南さんが改装した店を見たいというので、いつも通り「ただいま」と店の玄関から入ると髪を黒く染め、目を茶色にしたレニがいました。
「遅かったですね。心配しましたよ。お客様ですか?お酒でもいかがでしょう?つたないですがおつまみもあります」
南さんに背中をどつかれた。
「こんな美人の嫁さん隠してやがったのか!おい!上手くやりやがったな!」
とんでもない誤解だ!
レニは笑顔でカウンターの中に入るとお手製の玉ねぎドレッシングのサラダとフライドポテトにカマンベールチーズのコロッケを俺達に出し、なかなか産地を教えてくれない美味しい白ワインをワイングラスに注いでくれた。南さんはご機嫌で店の中の至らぬ所をああしたらいいこうしたら良いとアドバイスをくれた。
「ドレッシングは誰に教わった?」
「私の大切な方に教えて貰いました」
「身内で食べるならいいが、政にも教えたらダメだぞ?ブルースカイホテルのレストランの秘伝の物だからな。政、あきらめろや、レニちゃんは御曹司のお手付きだ」
ああ、だから江戸前鮨左近に俺を入れて貰えたのか。
「で、何番目の御曹司のいい人なんだ?レニちゃん」
「ふふ、ご想像にお任せします。さ、もう一杯どうぞ」
南さんは終始ご機嫌で酔い潰れて泊まって行った。