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アニメ研究会より愛をこめて。  作者: 伊草
4章 三学期編
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(5) バカとテストと問題集


「こんなにムカつく作品は初めてだわ」


 いっそ清々しいぐらい辛辣(しんらつ)な一言で、話し合いは始まった。


 そのあんまりな言われ様にむしろ弘海は傷つく暇もなく。


「……はっきり言いすぎじゃない?」


「気遣ってもしょーがないでしょ。とくにあんたみたいな朴念仁はさ」


「おれにだって心はあるんだよ?」


「黙りなさい」


 ぴしゃりと一蹴された。ヒドい。ぽりぽりと弘海は頭を掻く。


「個人的には、けっこうテーマに忠実に書いたつもりなんだけどな」


 我ながらよく書けたと思ったのだ。その旨を伝えると、そうですね、と部長が頷いてくれた。


「登場するのは主人公の一人娘とその両親だけですし。ほとんど背景も変わらず家のなかで完結しているので、家族というテーマにはこれ以上にないぐらい、ぴったりかもしれませんけど」


「逆に言えばそれだけなのよ」


 弘海は心の底から困惑して眉をひそめた。「ごめん。ホントにわかんないんだけど」といっそ縋るように言うと、五百蔵さんは鼻を鳴らして数枚だけの作品を見下ろした。


「一人娘が母親と喧嘩して仲直りするまでの物語。この作品を一言で要約するとこうなるけど、合ってる?」


「うん。合ってると思うよ」


 自分の作品を要約されるというのも新鮮な体験だったけど、おおむね合っている。家族という単語から真っ先に想像したものを文字に起こした。


「全体的な起承転結もはっきりしてるし、矛盾だってない。ええ。たしかに忠実だと思うわ。課題に対しての作品としては、百点と言っていいでしょう」


「ものすごく高評価に聞こえるんだけど」


「ホントにそう思うの?」


 違うのだろうか?


「あたしも大口叩くわけじゃないけど、創作もある意味じゃ芸術に近いと思うわ。点数なんかじゃ本来は測れないものよ」


「おれも、それには同感だけど」


「でもこの作品は百点だけを目指してる」


 カラコンによって青く染まった両の瞳が、弘海を捕らえる。その鋭さに、理解するよりも先に「んん……」と喉が詰まった。


「あんたの感性、どこ行っちゃったのよ。少なくともこの文章のどこにも、見当たらなかったわよ。つーかこんな退屈な話があるか」


「ば、バンバン机叩かないでよ……。つまんないのは悪かったと思うけど、おれも平凡な奴の自覚はあるから、そのへんはしょうがないというかさ」


「こんなのあんたにしかできないから。平凡な人間に謝りなさい」


「つまり……おれにしか書けない物語ってこと?」


 良い風に言うなっ、と注意された。……難しいよ。


「いい? あんたがやったのはね。答案用紙に淡々と正解を記していったようなもんなの。それも教科書通りに間の数式まで抜かりない感じでもう……」


「うう……」


 忌々しそうに唇を震わせる五百藏さん。そんな顔しないでよ、と弘海は思うが、


「あんたが提出したのはね、あんたの作品じゃない。模範解答よ」


 とまで言われてしまう始末だった。


 散々な言われ様である。いよいよ途方に暮れ、助けを求めるように先輩方に視線をくれるが、悲しいことに猪熊部長も安藝先輩もあまり異論はなさそうだった。なんてことだ。


「それって悪いことなのかな」


 負け惜しみのように呟けば、「べつに悪くないわよ」と意外な返答がかえってきた。


「でも、みんな自分の作品を書いてきてるから。あんただけが逃げるなんて、そんなのムカつくでしょ」


「……」


(逃げてる、のかな? おれ……)


 自覚はあんまりないけれども。

 しかし自分の作品をここまである意味批判されても、どこか他人事のように聞こえて悔しさも湧かないのは事実だった。これって、もしかしたら、そういうことなのかも。


「わたしも一つ、訊いていいですか?」


「部長」


 控えめに手が上がる。そして猪熊部長は少し眉尻を下げた、困ったような笑顔で訊いてきた。


「小鳥遊くんは、これを書いていて楽しかったですか?」


「……」


 記憶を辿ってみる。

 自分の部屋で、勉強机におふるのPCを置いて、パチパチとキーボードを叩いていたときの自分は、一体どんな表情をしていたか。……頭に浮かぶのはPCの液晶にかすかに反射する、事務員のような顔つきの少年だった。


「ぜ、全然楽しくなかったかも……!」


「なんで今気づいたみたいな反応なのよ」


 五百藏さんがあきれ顔で言うが、まったくその通りで、弘海は今やっとそのことに気がついていた。


「自分で自分に愕然としている顔ですね」


「今日は一段と微笑ましいわ。小鳥遊くん」


 部長にも若干あきれられているようだった。その隣で約一名、場違いに惚気(のろけ)ている年上女子がいたが、話が話なので、だれも気に留めることはなかった。


「話になんないわね」


 地獄の詰問タイムは、そうして始まった。


 登場人物のことや、タイトル、果ては文章の一つ一つにまで逐一指摘され、その意図を細かく確認される。五百蔵さんは怒っていたのだろう。そしてその執拗なご指摘に、いちいち弘海が如才(じょさい)なく返答するものだから、なおさら火に(まき)がくべられ、途中からはただの説教になり、


「あと誤字脱字が一切ないのも腹立つ。ムカつく」


 最後は単なる文句になっていた。そこはむしろ褒めるべきところなんじゃ。


「まあそこは一番気を遣ったし、単語の意味も逐一(ちくいち)調べたからね」


「調べんな逐一(ちくいち)! そこはちょっと適当なぐらいでいいのよ素人は!」


「ええ……」


 横暴だ。


「そもそもあんたは——」


 と、なおも言い募ろうとした五百藏さんの目の前、座卓のうえにそのとき、ひょいっと黒い影が軽快に現れた。


「っっ……‼ きゃああ……‼」


「アラン。あなたいつのまに」


 安藝家の愛猫(あいびょう)、黒猫のアランだった。アランはくああっと欠伸すると器用に後ろ足をつかって頭を掻く。彼も退屈していたのか、良いタイミングに来てくれた。


「五百藏さん。猫苦手なの?」


「べ、べつに」


 と否定しつつ、さっきまで座っていたところから飛び退き、弘海に抱き着くようにして身を震わせている五百藏さんの姿には説得力は皆無である。


「まあ少し熱くなりすぎていたし。休憩したほうがいいかもしれないわね」


(うわ。いつのまに背後に)


 すると背後霊のように音もなく安藝先輩が後ろに現れた。そして密着する後輩ふたりをそれとなく引き離すようにして間に入ってくる。数秒足らずの見事な早業だった。






 **






 弘海の作品の話し合いも一段落して、やってきたお昼休憩。


 お手洗いに向かうため弘海が立つと、さっきまで先輩が座っていた位置で大の字で寝転がる茜谷さんの姿が目についた。


「そろそろ起こしたほうがいいよね? 次、茜谷さんだし」


 部長はすでに席を立っていて、安藝先輩も座敷の端でアランとたわむれている。おのずと、もう一人に意見を求めたかたちになってしまったが、


「いいわよ。そのままで」


 五百蔵さんはスマホを操作しながら、冷たい声で言った。


「……いいの? 起こさなくて?」


「ええ」


 そっけなく返して、移り変わる液晶画面から目も離さずに。


(いつもなら、叩いてでも起こしそうなのにな)


 よく見れば、スマホはさっきからおなじ画面を行ったり来たりしていた。それに気づいていないのか、青いネイルが施された指先は機械のようにおなじ動きを繰り返す。俯く五百藏さんの表情、こちらは自前の長い睫毛が照明を受け、白い頬に薄く影を落としているのが、立っている弘海からは見えた。






「あれ? 部長、どうしたんですか?」


 お手洗いから戻る途中で、猪熊部長と鉢合わせした。


 部長は縁側から広い庭を見渡すようにして立っていて、弘海が声をかけると「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げてその場に屈み込んだ。なにを慌てているのだろうと覗き込んでみれば、その両手には縁なしのメガネと青いクロスが握られている。


「メガネ拭いてたんですか? ……ん? 部長?」


「す、すみません。……素顔を見られるのが、少し苦手で」


 なんと、顔を見せたくないらしい。背を向けてしゃがんだまま、自分の両膝を抱くようにしている。よく見ると耳元が赤く染まっていた。


「そういえば、部長がメガネ外してるところ、一度も見たことないですね」


「不細工ですから。見ても後悔するだけかと」


「絶対そんなことないでしょ……」


「いえ。そんなことあります。わたし目が小さいんです」


 そんなにか、といたずらに好奇心が顔を出す。縁側を数歩進み、こっそり横から覗き込もうとしてみるが、


「後生ですから。顔だけはご勘弁ください」


 必死に訴えられたので、やめた。村娘を襲う山賊みたいな気分になった。


 なんとなく気まずくなったので、「じゃあおれは……」と部屋に戻ろうとする。しかし「待ってください」とそこで声がかかった。


「なんですか?」


「さっきの作品のことで。少し訊きたいことがあって」


「ま、まだあるの……」


 ここにきて追撃か、と思わず身構えた弘海だったが、


「ああいえ。安心してください。内容のことではありません」


 ほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあ、訊きたいことって」


 いつまでもそうしているわけにはいかなかったのだろう、部長は不意にひょこっと立ち上がると、縁側の端のほうへそそくさ逃げて、背を向けてメガネのレンズを拭きながら小さくこぼした。


「その……もしかして、なにかありましたか?」


 へ? とまぬけな声が漏れた。


「す、すみません。抽象的で。ただ部長としては、部員になにかあったのなら、助けになれればとは、思うので」


「……部長として心配になるほどヤバい作品だったということですか?」


「ち、違います。そうじゃなくて」


 大雑把にレンズを拭き終わると、部長はようやくメガネをかけてこちらを向いた。フレームの部分を指先で押し上げながら、少し困ったような表情で。


「小鳥遊くんの事情は、作品を受け取ったときに教えていただきましたね。長らく確執のあったお父様との間で、いろいろ苦労があったと」


「ま、まあ」


 そんなに大袈裟なことでもなかったけれども。


「偶然ですがテーマも『家族』でしたし、小鳥遊くんがそれで一時的なスランプに陥ってしまったのはしかたないと思います。それでも、そんな小鳥遊くんがやっとの思いで完成させた作品を読むことができて、みんな嬉しかったはずですよ。きっと、五百藏さんも」


「なら、なんで」


 なにかあったかなんて訊くのか。

 けれど返答は予想外に単純なものだった。


「ただの勘です。すみません」


「勘って……」


「でも、今日の小鳥遊くんを見ていて、そう思いました。お父様以外のことで、なにかあったのかもしれないと」


 弘海が安藝先輩との交際を始めたことを、部長は知っている。だから部長が言っているのは他のことだろう。他のなにか、かすかな違和感のようなものを、さっきの会話のなかで部長は察した。


「お節介でしたね。すみません。気のせいならいいんです」


 それは部長が部長だからなのか。なんなのか。

 答えはわからないけれど。


 ……心当たりは、ないわけじゃない。


「気になっていることなら、あるには、あります」


 視線を縁側のほうへ逃がしながら。……脳裏に浮かぶのは、サングラスをかけたベッカムヘアーの男、御船アキオ先生の顔だった。


「協力します」


 ぐいっ、と一気に距離を詰めてくる部長。真剣な顔でこちらを見上げた。きっと責任感で動いているんだろう。部長は気を利かせすぎる人だ。


「そ、そういうのじゃないんで。大丈夫です」


「……ほんとうですか?」


「はい。ホントに」


 この疑問に関しては、近々、本人に訊きに行こうと思っていたのだ。


「では。小鳥遊くんのもやもやが晴れることを、今は願っておきます」


(親切すぎるよなあ。この人は)


 少しぐらい肩の力を抜いてほしい、と弘海は思った。






 座敷に戻ると、室内はもぬけの殻だった。荷物だけが置かれたまま。代わりに割烹着姿の昭子さんが待ち構えていて、開口一番「みなさんは移動されました」と知らせてくれた。なんでも起床した茜谷さんの提案で、みんなでアニメを見ることになったらしい。


 その後リビングに弘海たちが合流すると、部員たちでテレビを囲み、茜谷さんが持ってきていたブルーレイディスクを再生して、まもなくアニメ鑑賞会が始まってしまった。五百蔵さんは不満そうだったけど、みんなに合わせてくれたようで、途中からは画面にのめりこんでいた。


 そんなこんなで午後の時間は潰れ。

 結局茜谷さんの作品を話し合うことはなかった。



 

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