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アニメ研究会より愛をこめて。  作者: 伊草
2章 新入部員編
49/94

(21) 八畳間の侵略者


 福留先輩は次の駅ですぐに降りてしまった。


 気づくと電車はいくつも駅を過ぎている。車両内は人が出たり入ったり。時間帯のせいか大人も子供も、制服姿の学生もスーツ姿もサラリーマンも、まばらに席に座ったりつり革にぶら下がったりして景色は移り変わっていく。


 四人掛けの席に先輩とふたりきりになってしまった弘海は、どこかで席を替えようと思いつつも立ち上がれずにいた。眼前の空席にはさっきまで喋っていた福留先輩の朗らかな残滓ざんしが漂っている。その余韻がどことなく、肩が触れ合わない程度の距離を保ちながら座るふたりの間から消えないでずっと残っていた。


「どうして、なにも言わないの」


 不意に安藝先輩がこぼした。

 それが問いかけであることに気づくのに、弘海はやや時間がかかった。


「どうしてって……おれは先輩が話してくれるまで、いつまでも待つって言いましたから」


「そっちじゃないわ。さっきの話よ」


「福留先輩との、ですか? むしろなにか言うことありましたか?」


「ん……」


 安藝先輩は返す言葉がないようだった。


 なんだろうか。珍しく憮然としている。気がする。

 もしかしてなにか訊いてほしかったのだろうか。だとしたらこっちにも責任があるかもしれない。


「いいわ」


 とだけ言うと、安藝先輩は膝上の学生鞄からワイヤー付きのイヤホンを取り出し、両耳に装着した。帰りはいつもそうしているのだろう。機械音痴な先輩にしては慣れた手つきで鞄のなかのスマホを操作する。すぐ曲が始まったらしい。ピアノっぽい音がかすかに漏れ聞こえてきた。


「そういえば先輩のイヤホンって、無線のときと有線のときがありますよね? なんでですか?」


「……ワイヤレスは髪で隠せる学校用。重宝しているけれど、設定はまいるにしかできないから、まいるがいないと使えない」


「あー、だからアキバのときは」


 有線だったのか。秋葉原への遠出に猪熊部長は参加しなかったから。つまり今日ワイヤレスなのは他でもない安藝先輩が部長を避けてしまったからだと。なるほど不憫である。


 弘海は納得顔でしきりに頷いた。


「…………はあ」


 いつになく拗ね気味だった安藝先輩の毒気は、そんなさっぱりとした態度の弘海を見てあっという間に抜かれてしまったらしい。浅くため息をつくと、なにを思ってか、左耳のイヤホンを外してそれを後輩男子に差し出した。弘海は流れで受け取ってしまう。


「あ。えっと……」


 わけを訊ねる暇もなく、安藝先輩は静かに目を閉じて聞く耳持たずの構え。もうなにを訊いても答えてくれないだろう。


 イヤホンを手のひらに乗せた弘海は、どうしようかとしばらく目を泳がせたが……ええい、ままよ、と思い切ってそれを右耳に装着した。


 とたん耳の奥で流れ出す、静かなピアノのメロディー。ややあって声優だろうか、特徴的なソプラノボイスが美しい歌声を届けた。


 アニソンだろう。弘海はすぐにわかった。しかしやけに情緒のあるゆったりした歌い方は完全にバラード調で、まずオープニングではない、とするとエンディングか、もしくは挿入歌や劇中歌かだろうと当たりを付ける。どちらにせよ弘海の知らない曲だ。


「これって……」


「むかし好きだったアニメの曲よ」


 最後のきまぐれか、ぼそりと教えてくれた。


「そうなんですね」


 相槌を打っても、それ以上はなにも返ってこない。


 弘海は早々に諦めて、イヤホンから流れ出すメロディーに耳を澄ますことにした。


 Aメロは嵐の前のごとく静かに、やがてサビで爆発的に音が弾けた。沢山の楽器の音色、音の重なり、その層が強かな圧となって鼓膜を震わせる。『キミにつたわれ、この想い』ソプラノボイスが情熱的な(ことば)を歌い上げた。昨今じゃ珍しいくらいストレートな歌詞。一時代むかしのアニソンを彷彿とさせる音質だと気づいたのはそのとき。しかしそれが妙に懐かしさを刺激して、心が揺さぶられた。


(……いい歌だな)


 そのうち弘海は睡魔に負けて、静かにまぶたを閉じた。






 **






 夕暮れ時の、一歩手前だった。


 カラスが二匹かあかあと鳴きながら山のほうへ飛んでいく。


 その姿を目で追えば、夕映えに燃えるような高い山々が遺跡のようにたたずんでいるのが見えた。暗夜に備えてか、自然は息を殺すように黙している。そこへ飛んでいく二匹のカラスのシルエットはしだいに小さく遠く、そのうち田んぼ道の背景に溶け込んだ。


 見上げた夕空は鮮やかな天然のグラデーション。まばらにたゆたう雲が、まるで筆で描いたみたいに勢い込んで流れて、真っ赤の太陽に吸い込まれていく。それを弘海は美術館の絵画を眺めるような心地で仰ぎ、綺麗だな、と思わず嘆息した。


  ——それにしても。


(ホントにここまで来ちゃったな)


 辺りを見渡せば、そこは田園風景。


 そして歩いているのは見覚えのある畑道である。弘海も夏休み前に一度、夏休み後に一度通った道だ。両側の田畑は冬に備えて緑が少なくなってきているが、それ以外は変わり映えのない道なので記憶に新しい。


「ここまでついてくるとは思わなかったわ」


 一歩先を歩く安藝先輩もおなじ感想らしい。その声に滲むのは果たしてあきれか感心か。後者だったらいいと弘海は思うがおそらく望み薄だろう。


 あの後。


 電車を乗り継ぎしていく安藝先輩に、なんともしつこく付きまとった結果。

 ついに弘海は終着点である安藝先輩の住む町までついてきてしまった。


「本音を言うと、おれもびっくりしてます」


「どうして小鳥遊くんが驚いているのよ」


「……我ながら勢いに任せていたところが大きいので」


 勢いとは怖いものである。弘海はぽりぽりと頭を掻いた。


「今更ですけど。おれがやってることって、まるっきりストーカーですよね」


「急に我に返ったわね。どうかしたの?」


「いえ。むしろ今までがどうかしていたと言いますか……よくよく考えるとここまで付きまとわれたら安藝先輩も面倒ですよね……」


「今更なにを言っているのかしら」


 勇気の持続力はそこまで長持ちしなかったらしい。あるいはのどかな田園風景を眺めて我に返ったか。あれだけ意気込んだのが、今や穴の空いた風船のようにしぼんで勇気ブーストは底を尽きてしまった。今の弘海は平常通りの、ちょっぴり頼りない青年である。


「けれど少し残念ね。さっきまでは素敵なくらい男らしかったのだけれど」


「そ、そうでしたか?」


「ええ」


 頷く安藝先輩は反対に、どこか清々した横顔だった。


「でもそうね。せっかくここまで来たのだから、うちにも寄ってきなさいな」


「いいんですか?」


「ええ、もちろん。可愛い後輩をここで帰らせるほど、わたしも薄情ではないわ」


 それにね、と続けて、


「わたしも、少し悪知恵が働いたの。ちょっとずるいかもしれないけれど、今日ぐらいは許されるでしょう」


「ん? それって、どういう……」


「望むところ、という意味よ」


 安藝先輩は意味深に微笑んだ。






「あらあらまあまあ」


 相も変わらず屋敷然とした大きな安藝家の玄関から先輩に続き、弘海がお邪魔すると、向こうから満面の笑みの昭子あきこさんが現れた。


「いらっしゃいませ。弘海さま」


「さ、様呼びは勘弁してください、昭子さん」


「ではさん付けで」


 恭しく頭を下げる割烹着姿の昭子さんに、弘海は顔をひきつらせる。


 この家を訪ねるのは先月、安藝先輩と茜谷さんとともに映画を観た日ぶりだった。およそひと月ぶりだ。しかしこのひと月は弘海にとって色々とありすぎて、体感だともっと時間が経過している気がする。そんな体感のまま「お久しぶりです」と会釈していると、その前を安藝先輩が颯爽と通り過ぎ、こそこそと昭子さんに耳打ちし始めた。


「ほぉ……ほぉ……なるほどなるほど」


「……で……から…………ね?」


「ハイ。わかりました」


「よろしく」


 頷き合うふたり。


 なにやら怪しい同盟が結ばれてしまったらしい。いや単に身内間の相談である可能性もあるが。しかし密談中、ちらちら、と安藝先輩の視線がこちらを行ったり来たりしていたのを鑑みるにその線は薄いかもしれない。


 昭子さんはその場で一礼すると珍しく来客を放って玄関から外へ出て行った。なんでも買い出しに行くとのこと。こんな夕方から? と弘海は思ったものの、まるで阿吽あうんの呼吸でそれぞれ行動を開始するふたりを見て、立ち尽くすしかできなかった。


「じゃあついてきて。案内するわ」


「ど、どこに行くんでしょうか」


「もちろん部屋よ」


 と、答えになっていない答えを返して安藝先輩が歩き出す。もちろんとはなんだ、部屋とはどこだ、と弘海の頭に大量のはてなマークが浮かぶ。「え、えっと……?」ただ困惑して動けない弘海に、不意に安藝先輩は振り返った。


「小鳥遊くんも……気になるでしょう?」


 いつになく妖艶な微笑みを浮かべて。


(こ、これはもしや…………)


 そこはかとなく含みを持たせた言い方。当然脳裏によぎるのは一つだけ。


 安藝先輩の部屋だ。


「い、いいんですか? その、おれなんかが、足を踏み入れてしまって……」


「なにを動揺しているの?」


 もちろん問題ないわ、とほかでもない家主から了承をもらって、弘海はいっそう緊張から滂沱ぼうだの汗を流す。なんということだ。


(女子の部屋なんか、おれ入ったことないぞ……!)


 それも校内のみんなから憧れの眼差しを集める、あの安藝先輩の部屋になんて。


 緊張を通り越し、もはや戦々恐々とする弘海の心中なぞ露程も知らないだろう安藝先輩は、しずしずと上品な足取りで廊下を進んでいく。先輩の家は広いから、部屋を移動するだけでそれなりに時間がかかった。


 その足が止まったのは——とある一室のドアの前。


「ここよ」


 と言って、特にもったいぶることもなく安藝先輩が取っ手へ手を伸ばす。


 ごくり、と弘海は唾を飲み込んだ。


 ドアは引き戸で、先輩が軽く指先に力を入れるだけでするすると横にずれていく。まもなく室内の様子が目に飛び込んできた。……そして。


(え……?)


 弘海は束の間、言葉を失う。


 なぜならその部屋には、なにもなかった。


 いや、なにもない、というのは語弊を招くだろう。仄暗い部屋は八畳ほどの広さで、女性の部屋としては珍しい畳敷きの床に、片側は物言わぬ液晶テレビ、もう片側は一面を覆うような大きな書棚がふたつ設けられているのだから。かろうじて部屋としての役割は果たしている。


 だが——それだけだ。


 若い女性の部屋にあって然るべきものは、なにもなかった。ベッドも学習机も、化粧台も丸テーブルも、ここには一つとしてない。窓辺に斜陽がそそぎ、その辺りだけがほんのわずか茜色に染まっているのすら寂しさに拍車をかける。そんな一室だった。


(こ、ここが……安藝先輩の部屋?)


 ——カチ。


 と音がした。安藝先輩が天井付けの照明の紐を引っ張った音だった。途端、光が瞬き、やがて照明が光を放ち部屋全体が明るくなる。

 しかし仄暗かろうと明るかろうと閑散とした部屋の空気は変わらない。およそ生活感の見受けられない、まるで倉庫のような殺風景さ。


「これを見てみなさい」


 けれど安藝先輩はそんなわびしさなど気にもしていない声色で、むしろ自慢げにうながす。


 なにをうながしたかと言えば、天井いっぱいに達するふたつの書棚である。辞書サイズの背表紙がずらりと並んでいる。あまりにも大きいので上等な鉄扉のようにも思える書棚だ。それを仰ぐように先輩は手を広げた。


 弘海は困惑しながら、あらためて凝視する。


「っ……! こ、これって…⁉」


 そして驚きの声を上げた。


 まさか。書棚だと思っていたのは勘違いだった。


 棚に並ぶ大きな背表紙は、実は色鮮やかなロゴのタイトル。辞書などではない。その横にもおなじような明るいカラーの箱、箱、箱の列…………。


 果たしてその正体は、アニメのブルーレイボックス。

 円盤と呼ばれるそれの山だった。


「い、『イリアスの魔法』の円盤……⁉ えっ、全巻ある! こっ、こっちは去年やってた『西島アンナの絶望推理』、それもOVA付きブルーレイボックス……⁉ あ、『オオ恋』のもあるじゃないですか……⁉ え? ていうかもしかして、ここのこれ、全部……?」


「ええ。すべてアニメの円盤よ。わたしが今まで買ったものの一部ね」


「い、一部? これで一部なんですか⁉」


「もちろん。ほかの部屋にもおなじような棚を用意しているわ」


「こ、こんな部屋がまだほかに……⁉」


 開いた口が塞がらない。


 言うまでもなく一般のご家庭にここまでの種類はまずない。円盤とは基本的に値が張るからだ。それも高校生の弘海にとっては尻込みするような値段が相場である。にもかかわらず、どれもこれも全巻揃っているときた。


(ス、スゴ……)


 アニメショップもかくやといった品揃えを目の前にして、生粋のオタクである弘海はさっきまでの動揺を完全に上塗りされてしまった。単純な男である。


「これ全部、先輩は視聴済みなんですか?」


 部屋の主は当然のごとく頷く。


 安藝先輩と言えば生粋の機械音痴で、配信サイトの類はからっかしなのはもう、部員のなかでは周知の事実である。パソコンもスマホも猪熊部長がいないと十分に使えない。ゆえにむかしからアニメを視聴する際はもっぱら円盤なのだと、以前語ってはいたけれど……。


(ほんとう、なんだな)


 もちろん疑っていたわけでもなく。


 ただ、あらためて実感せずにはいられなかった。

 この圧倒的な光景は、そのまま先輩が積み重ねてきた時間と同義なのだから。


「小鳥遊くんは、最初に見たアニメのことは、どれぐらい覚えているかしら?」


「え? 最初ですか……?」


「ええ」


 脈絡のない質問……でもないだろう。けれど出し抜けに問われてすぐに答えられる質問でもない。


「そ、そうですね……うちはむかしから両親がアニメ好きで、おれが物心ついた頃にはもう、アニメを見るのが普通だったので……」


 よく覚えていない。

 正直にそう答えると、安藝先輩は「そう」と静かに言って、


「わたしは、小学五年生の頃よ」


 音もなく弘海の横に並び、棚へと腕を伸ばす。


「冬の年末。今でも覚えているわ」


 円盤の敷き詰められたそれらから、おもむろに先輩が手に取ったのは、ピンク色を基調としたブルーレイボックスだ。女児向けのアニメだろうか、パッケージではいかにも魔女っ娘といった服装のキャラクターがほうきに乗って夜空を駆け抜けている。


大晦日おおみそかになると、うちには決まって沢山大人がやって来るの。子供のわたしは朝からおもてなしの準備に奔走して、昼間は挨拶、夜は宴会に参加して、という具合に。毎年休む暇もなかったわ」


 白魚のような指が当時を懐かしむようにパッケージをなぞる。


「わたしは、本当は両親と過ごしたかったけれど。ふたりとも色々と忙しいから。夜が深まるにつれ、子供のわたしは部屋に追いやられて。結局一人で年越しを迎えるのが毎年の通例だったわ。それはあの夜もおなじで、わたしは部屋で一人、テレビを見ていた」


 夜の十時くらいだったかしら、と先輩は続けて、


「朝から動きっぱなしで疲れていたのね。そのせいで逆に眠れなくて、親に黙ってテレビを点けて、ただ目的もなくチャンネルを回していて……そのうち、このアニメに辿り着いたわ」


 それは大晦日の特番だったらしい。


 年末に特別なアニメがやるのは今や通例と言っても差し支えない。弘海も何度もリアルタイムで観ている。ただこんな女児向けっぽいアニメが、大事な年の締め括りに放送されるのは少し珍しいなとも思った。


「ある日突然魔法少女に選ばれた少女(この子)は、敵と戦うことを宿命づけられて、ただみんなを助けるため戦いに身を投じていく。だれかに相談することもできず、ただ孤独に。それを見ているとね、なぜかわたしのなかで、それが自分に重なったの。……ふふふ。おかしいでしょう? わたしには相談できる親もいるし、おばあ様もいるし、幸せなはずなのにね」


「いえ、そんな」


 ありもしない虚構に共感することが人生にはままある。

 先輩にとってはそれがその瞬間だったのだ。


「夢中になったわ。ただひたすら」


 気づけば放送は終わっていて、テレビ画面にはエンディングが流れていたらしい。

 それでもあの頃の少女は放心したように動けなくて、テレビの前で固まっていたのだとか。


「あの日から、わたしのすべてが始まったわ」


 すべてが、始まった。


「だからそれが、一番大事な記憶」


 大袈裟な言い方だろう。

 聞く人が聞けば過言だと鼻で笑うかもしれない。


「そうなんですね」


 それでも弘海は、彼女の言葉が真実なのだと確信していた。


「あれから気になった作品はぜんぶ購入して、片端から視聴していったわ。両親にはかなり無理を言ったけれど、おばあ様がふたりを説得してくれたおかげで許しも得られた。……まあといっても、こんな有様になるとまでは思ってもみなかったようだけれど」


 壮観なまでに並んだ円盤の箱たちを仰ぎ、安藝先輩は微笑んだ。


「ここは、先輩にとって大切な部屋なんですね」


「ええ」


 男女の馴れ初めでも聞いたかのようで、弘海は少しだけくすぐったい気持ちだった。箱は箱でも、さしずめ宝箱だ。


「でも、最近は少し、わからなくなったわ」


「えっ?」


 先輩は持っていたボックスを棚に戻すと、あっさり踵をかえして部屋を出て行こうとした。


「せ、先輩っ」


 その背中に追いすがるように声をかけようとするが……。

 そのとき、ググゥ~、と可愛らしく腹が鳴る音がした。


「え……?」


 数秒の静寂。


「あ、あの……先輩?」


 背を向けたまま安藝先輩は静かに立ち止まっている。


「今の、先輩ですよね?」


「違うわ」


「違うって……でもほかにだれも」


「小鳥遊くんがいるじゃない」


「いやおれはさっき先輩の弁当を食べたばかりで……」


 重たい沈黙がふたりの間を支配した。先輩は振り向かないし動かない。あの感じはもうテコでも動かないんじゃないか。


「小鳥遊くん」


「は、ハイ」


「今からあなたには罰ゲームをしてもらいます」


「なぜデスゲームみたいな言い方…………って、え? 罰ゲーム? なんで……?」


「乙女をはずかしめた罰よ」


「ええ……⁉ そんな……⁉」


 安藝先輩がほんの少しだけ、振り返る。


「……いいわね?」


 耳元が、ほんのり赤くなっていた。


 それを目撃した時点で弘海の拒否権など消え失せていたのだった。



 

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