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アニメ研究会より愛をこめて。  作者: 伊草
2章 新入部員編
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(16) 小鳥遊くんのリベンジ


 話し合いは終わって一旦休憩が挟まれることになった。


 空き時間、みなは思い思いに過ごしている。テラスに出た持田さんはSNSに載せる写真を撮影するため比良坂さんにスマホを持たせてさっきから色々と指示しており、畑くんは依然としてテーブルに座って毛利くんと額をつき合わせてなにか話している。話し合いに参加していなかったイヴはリビングの床でマイペースにもベニーちゃんとくっついて昼寝していた。


 そして弘海と言えばリビングの窓際で三角座りしながら黙って外を眺めていた。


 その視界に手入れの行き届いたテラスは映っていない。ただ心ここに有らずといった表情で物思いにふけっている。ぴたっと、その頬に冷たい感触があった。


「っ、つめたっ」


 振り返ると、五百蔵さんがお茶の注がれたグラスを両手に持っている。


「なにボケっとしてんのよ」


「ああ、ありがと……」


 弘海のぶんも持ってきてくれたらしい。やがて、ぺたっと女の子座りで真横に並んできた五百蔵さんとともに、弘海は手渡された烏龍茶うーろんちゃをちびちびと遠慮がちに口に含む。


「五百蔵さんたちは、いつもこんなふうに話してるの?」


「こんなふうって?」


「その……歯に衣着せぬっていうかさ、オブラートに包まないっていうかさ」


 お茶はよく冷えていて、少量でも喉をひんやり刺激した。五百蔵さんは両手で掴んだグラスをごくごくとあおってから「……まあね」と静かに言う。


「ほかの仲間とも、大体こんな感じよ。まあ、あたしが元々遠慮とかできない性格だから、余計にそうなってんのかもしんないけど」


「ははは……」


「笑うな」


 五百蔵さんは拗ねたように唇を尖らせたけれど、すぐに表情を戻してしまって、テラスのほうをじっと見据えた。


「だから。あんたも変な遠慮しないで、思ったこと言えばいいのよ」


(そう、言われてもな)


「それは……おれには難しいよ」


「それはどうして?」


「だって畑くんとは、まだ初対面じゃないか。みんなとだって、さっき会ったばかりで。それなのに、その人が長い時間をかけてつくった作品に、知った顔でケチをつける権利なんて、おれにはないだろ」


「そう? あたしはそうは思わないけど」


 え? と弘海は困惑して隣の少女を見た。


「だってあんた、最後まで読んだんでしょ? あいつの作品」


「う、うん」


「だったら、それで権利は十分満たしてるわよ」


 よく見ると五百蔵さんの爪先はマニキュアで黒く塗られていた。その指先でグラスの外側に生じた水滴をさっと拭うと、濡れた指先同士を擦り合わせる。


「あいつは嬉しかったはずよ。なんの関係もない初対面のあんたが、素人でしかない自分の作品を、ちゃんと最後まで読んでくれたことが」


 そう、なのだろうか。弘海にはよくわからない。


「なのに、なんにも感想を言われなかったから、それはきっと悲しいわよ」


「い、いや! おれはちゃんと良かったって」


「そんなのだれでも言えることでしょ」


「うう……」


 あんた孝介のこと舐めすぎ、と弘海はお叱りを受けてしまった。


「それにさ。根本的に勘違いしてるわよ。あんた」


「な、なにが?」


「ケチをつけんのと、意見を出すのは違うってこと。単に作品を悪く言うだけなら、だれだってできるじゃん。それこそ読まなくてもさ。最初の数ページを読んだだけだったり、途中で読むのを辞めてたりして、それでぜんぶ理解した気になって文句つけてるヤツなんかクサるほどいるんだから。……マジで。いんの。ムカつくくらい」


「そ、そうなんですか」


「そういうヤツの声なんか聞いてもキリないでしょ。だから聞く必要がない」


 五百蔵さんの眉間にキュッと皺が寄っている。もしかしたら、むかしなにかあったのかもしれない。少し気になったけれど今聞くべきではないだろう。


「……でも、最後まで読んでくれて、ちゃんと作品を好きになってくれた人の意見には、真摯に耳を傾けなくちゃいけない。なにがあっても。絶対に」


「作品を、好きに……」


「あたしらはみんな、孝介の作品が好きだから」


 そして五百蔵さんは、青い眼差しを弘海へと向けた。


「あんたは、どうなの?」


「おれは……」


 弘海は言い淀む。


「ハイチ~ズ」


 と、そのとき比良坂さんの呑気な声がした。


 見やれば、テラスのほうで比良坂くんにスマホを向けられた持田さんが、なんだかセクシーなポーズを取っている。パシャリ、と音が鳴って、「あ、ごめ~ん。また撮れてなかった~、あはは~」「次やったらビンタするわねー」と、仲が良いのか悪いのかまったくわからないやり取りをしている。


 そんな彼らを見ていると、弘海はどこか肩の強張りが解れていくようだった。


「もしも、なんだけどさ」


 と口を開く。


「もしもおれが感想を伝えて……それが悪いほうに誤解されちゃったら。そのときはどうすればいいんだろ」


「されないように伝えればいいじゃん」


「い、いや。それでもだよ。それでも、まだ誤解されたらさ」


 本当に。自分は一体なにを怖がっているのだろう。その正体すら掴めないまま、弱音にも似た本音を吐露してしまう弘海を、隣で五百蔵さんはつくづく面倒臭そうに見ていたが……、


「そんなの、諦めるしかないわよ」


 ため息まじりに、そう言うのだった。


「それが建設的な意見か、単なる文句か、もしくは『好き』を盾にしたいちゃもんなのかって。最後に判断すんのは結局そいつだから。そこまでは手も出せないでしょ」


「んん……」


 それは期待していた答えではなかった。


 しかし五百蔵さんはすくっと立ち上がると「……でも」と弘海を見下ろした。


「少なくとも、あたしが選んだのは、そういうのがわかる《・・・》ヤツらよ」


 こちらを射抜くカラーコンタクトの碧眼が、一体なにを訴えているのか。


 弘海には少しわかりそうな気がした。






 休憩時間はすぐに終わった。


 全員が席に着くと再び白熱の議論が始まってしまった。また五百蔵さんや持田さんが難点を挙げていき、比良坂さんと毛利くんも付随して意見を小出しにしつつ、話し合いは進んでいく。


 なかでもやっぱり五百蔵さんの言い方は一際キツくて、弘海はさっきまでと同じようにハラハラと見守ることしかできない。


 けれど一方で気づくこともあった。


「んん……なるほどなぁ」


 それは畑くんの態度だ。


 どれだけ痛いところを突かれても、畑くんは投げ槍にならなかった。顔をしかめつつも、けっして聞く姿勢は崩さない。


「でもよお、とわ子さん。そうするとちょっと明るいシーンになっちまわねーかあ」


「そうねー。でもそうしておくと、あとで急に暗くなったときの落差で、もーっと怖さが増すと思わない?」


「ああー……たしかに。そーゆー考えもあんのか」


 険しい顔つきながらも、相手の話には健気けなげに最後まで耳を傾けて、言われたことを自分なりに咀嚼そしゃくしている。


 最初は強気で風変わりな印象だったけど……もしかしたら、想像よりも柔軟な人なのかもしれない。


(五百蔵さんが畑くんを選んだのって……)


 その理由が、なんとなく弘海にはわかった気がした。


「ここの台詞なんかすごくいいよね~。読んでてゾゾッと来たよ~」


「そ、そうか? そりゃ良かったぜ」


(この人、だったら)


 ごくり、と弘海は唾を飲み込む。


 そして意を決して口を開いた。


「あ、あのさ!」


 思ったより声が大きくなった。畑くんは驚いた顔で弘海を見る。


「んあ? なんだよ。デケエ声出して」


「ご、ごめん。その……おれも意見出していいかな」


 パチパチと瞬きを繰り返す畑くん。


「ま、まあ意見っていうか、提案なんだけど」


「……んだよ急に。なんも言うことねーって、オマエさっき言ってたじゃねーか」


「さ、さっきは……えっ、遠慮しててさ!」


「遠慮って、オマエ……」


 なんとも言えない顔つきの畑くんと、弘海はしばらく見つめ合う。


「まあまあ」


 すると比良坂さんが手助けに入ってくれた。


「小鳥遊くんは今日来たばっかりなんだし、大目に見てあげようよ~」


「……わ、わーったよ」


「あ、ありがとう。畑くん。比良坂さんも」


 ひらひらと比良坂さんは手を振っている。問題ないよと言ってくれているみたいだった。


「いーからよ。そんで」


 提案ってなんだよ? と畑くんに訊かれて、弘海はテーブル上の用紙の束をめくった。そして覚えていた前半のページを開く。


「最初に泉美が転校してきて、主人公の優香と出会うところなんだけど」


 かつて悲惨な性暴力事件が起こった神前高校から転校生してきた泉美は、その悲惨さを物語るような大きな切り傷を頬に刻まれており、教室内を騒然とさせる。だれもがれ物に触るような態度で彼女を扱うなか、しかし主人公の優香だけは親身に接する。ふたりはだんだん仲良くなっていくが、やがて優香は我慢できず、当時のことを調べ始めてしまう。


「さっき、五百蔵さんが言ってたよね。優香がどうして、そこまで泉美の過去を知りたがるのか、わからないって」


「あー……んなこと言ってたか?」


「言ったわよ。ちゃんと聞きなさいよ」


 わりーわりー、と畑くんは軽い調子で手を合わせる。その適当な謝罪に五百蔵さんはムッとしていたが……弘海のためを思ってだろう、それ以上は言わずに我慢してくれていた。


「お、おれもさ。同じこと思ったんだ。どうしてそんなに親身になってあげるんだろうって。泉美とはまだ会ってまもないのに、転校生の過去を暴こうとするなんて、けっこう遠慮ないなって」


「んー、俺は気になったオンナのことは、すぐにでも知りてーって思うがなあ」


「それはあんたの話でしょ」


「そーなのかあ? でもよ、ビビッと来る瞬間だってあるだろ? そーゆー相手に出会っちまったら、コイツが俺の『運命』なんだって。気づいちまう瞬間がさ」


「し、知らないわよ。あたしに聞かないで……」


「孝介くんが節操ないだけじゃなーい?」


 畑くんは「そーゆーもんかあ?」と首を捻っている。


「だれかを大切に思うのに、関係値はそこまで必要ないかと」


 そのとき口を挟んだのは、意外にも毛利くんだった。


 それはどちらかというと畑くんを擁護する言葉で、弘海は少しドキリとする。


 けれど毛利くんはメガネのブリッジを押さえながら、こう続けた。


「しかし。こと物語にかぎっては明確な理由があったほうがいい。と自分は思います」


(毛利くん……)


「うーん。けどなあ……じゃあどうすりゃいいんだよ?」


 お手上げと言わんばかりに畑くんはみんなに意見を求める。けれどその場の四人はすぐには答えられないようで、押し黙ってしまった。


「だ、だから、提案なんだけど」


 声が上擦りそうになりながらも弘海は言った。


「ふ、ふたりは、お、幼馴染なんだよ……‼」


「「「「「はあ……?」」」」」


 多数の声が重なる。なんとハモったのはその場の全員だった。


「な、なに言ってんだ、オマエ」


「ご、ごめん。じゃなくて、その……そうすればいいんじゃないかって話で」


 顔が火を噴くように熱かった。きっと今の自分は耳まで真っ赤だろう。ここまで来たらどうにでもなれだ。


「さ、最初からふたりは幼馴染で、でも進学を機に離れ離れになっちゃって」


「離れ離れー?」


「そ、そう。だから優香は高校で再会した泉美のことを放っておけなくなっちゃう、み、みたいなさ……」


 見切り発車で話す弘海はたどたどしかった。なにを喋っているのか自分でもわからないくらいだ。


「あ~、なるほど」


 けれど理解を示してくれたのは比良坂さんだった。


「たしかに幼馴染なら関係値もあるし、世話を焼くのも当然だよね~」


「泉美の身になにがあったのか調べようとするのにも、違和感はないわね」


 五百蔵さんも賛同してくれる。


「右に同じ」


「わたしも右に同じー」


 ほかのふたりも頷いてくれる。


 なんと、まさかのみんな好感触だった。


 しかし、そんななかで難しい顔をしているのは、作者の畑くんだ。「うーん」と弘海の提案に眉をひそめる。その反応にチクリと心臓が痛む。弘海の心にためらいが生まれた。


 と、そのときテラスのほうで、ぶんぶんと手を振っているイヴの姿が見えた。


 小さな身体を精一杯広げて飛び跳ねているイヴは、まるで「ファイトー!」とエールを送ってくれているようだ。くすり、と思わず弘海は笑って、もう一度顔を上げた。


「それになにより、これって、イヤミスなんだよね?」


「あ、ああ……」


「だったら、さ。知らない人が被害者になるより、元々仲のいい幼馴染の友達が酷い目に遭ったほうが、その、なんていうかもっと、」


 わずかな逡巡ののち、弘海は声を張り上げた。




「め、めちゃくちゃ最低な物語になると思うんだ‼」




 …………シン、と。


 直後。その場の全員が静まり返った。


(あ、あれ?)


 弘海にとっては一世一代の発言だったのだが、まるで一瞬で空気が凍り付いたようだった。


 ……いや、よくよく思い返すとたしかに、今のはけっこうアレな発言だった気もする。


 「最低な物語って、あんた……」


 五百蔵さんもこころなしか引き気味な表情をしていた。ヤバい。これはやっぱりやってしまったか。


「…………く、くく」


 畑くんは、まだ顔を伏せたまま肩を震わせている。表情は窺えない。「は、畑くん?」どうしたのか、と弘海はその名を呼ぶ。


 すると畑くんは勢いよく顔を上げて、にっと屈託ない笑顔を見せてくれた。


「それ。アリ!」


「え……」


 びしっ、と畑くんはキレのあるサムズアップを決めた。弘海は驚いて固まる。


 やがて彼はその腕を胸の前で組んで、うんうん、としきりに頷いてみせた。


「たしかにその通りだよなあ。いやホント、考えれば考えるほどそっちのほうが気持ち悪くていい気がしてきたぜ。幼馴染かあ、なるほどなあ、その手があったなあ」


「あ、ええと」


「小鳥遊っつったかあ? いやあ、オマエなかなかイヤミスのことわかってんじゃねえか。さすがは作家の息子だぜ。ほかのヤツらとは目の付け所が違うなあ」


「あっ……ありがと」


 白い歯を見せて上機嫌に笑う畑くんに、つられて弘海は笑みを返した。


(つ、伝わった……)


 心のなかで、ホッ、と安堵の息をつきながら。


「ほかのヤツらって、まさかあたしらのこと言ってんの?」


「フッ、どうだろなあ」


「うざ」


 その後も、しばらく話し合いは続いた。


「つーかこの登場する女が全員巨乳なのはなんなの?」


「そこは俺のこだわりポイントだ。オンナの美しさは成熟した肉体があってこそだからな」


「知らねえよ。死ねよ」


「んだよ嫉妬かあ? まあたしかにオマエはスットントンだもんなあ」


「ああ? 喧嘩なら買うわよ?」


「孝介くんの年上好きって身体目当てなのねー」


「いやいや勘違いしないでください、とわ子さん。俺にとって一番大事なのは包容力っすよ。それも全てを包み込むような思慮深さとふかふかで柔らかい身体とが合わさっての総合力っす」


「ワケワカメねー」


「ちなみにとわ子さんもイイ線いってますよ。お嬢様っぽいお姉さんとかショージキたまんねえし……! ただやっぱ、ちょっとスレンダーすぎるよなあ……。いやホント惜しいっすよ。もっと胸とかが大きくて肉付きのいいお姉さんだったらすぐにでも告白してたのに!」


「この子やっぱり摘まみ出そうかしらー」


「あたしも協力しますよ」



 

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