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アニメ研究会より愛をこめて。  作者: 伊草
1章 入部編
17/95

(16) UFOの夏休み


――そして。


それから約二週間と少しが経過した。






「お、お待たせしました!」


 時は八月上旬。


 とっくの前に夏休みはスタートを切っており、夏の日差しがそれはそれは強く照り付けるようになってきた頃、いよいよアニメ研究会一同が集まる日になった。


 集合場所である駅前に到着すると、すでに部員がふたり待っていた。猪熊部長と茜谷さん、どちらもしっかりおめかししている。


 特に小柄な部長は程よく肩が隠れた紺色のブラウスに下はグレーのフレアスカート、夏らしい黒のサンダルと部長らしい落ち着いた印象だ。比べて上背のある茜谷さんは大胆にも肩が大きく露出した白シャツに、ワンショルダーになったデニムのオーバーオール(下はショートパンツになっている)を着用し、すらりと長い脚を惜しげもなく晒していた。


 ちなみに部長はいつも通り校則に準じた肩にかからない程度の長さの黒髪だが、茜谷さんは巻き髪っぽくアレンジした長い金髪に白いキャップまで被っていて、今日という日への気合の入りようがありありと伝わってきた。


「おはー、ヒロミン!」


「おはようございます。小鳥遊くん」


 ぺこり、と律儀に頭を下げてくれる部長と、帽子のツバを指で上げながら愛嬌たっぷりに笑う茜谷さん。その対照的な光景に弘海は苦笑しながら挨拶をかえした。そしてすぐにもう一人を探して視線を彷徨わせる。


「朱鷺子ちゃんならもうすぐ着くそうですよ。少し渋滞に捕まっていたみたいです」


「そうですか」


 先輩は一番遠いので家の車で向かってきている。車はなんとあのお婆さん、昭子さんが運転しているらしい。にわかに信じがたい話ではあるが、実は昭子さんは見た目以上に年齢が若いようで、今でもいろいろと現役なのだとか。


「あ、来た来た!」


 駅前に角張ったボディの自動車が停まる。滑らかな青色の車体。


 運転席ではたしかに昭子さんがハンドルを握っていて、近寄る弘海たちに向けて小さく会釈をした。かっこよすぎる。


「ありがとう、おばあ様」


 車越しにくぐもった声。すぐに助手席のドアが開く。


 ふわり、と綺麗な黒髪がエレガントに踊る。滑らかな毛先が翻り、ゆったりと余韻を残してまた背中に流れる。それだけでまるでドラマチックな世界に迷い込んだような感覚になる。


 駅に降り立った安藝先輩の姿は優雅そのものだった。


 清潔感の漂う白いトップスは鎖骨の辺りが広く空き、健康的な肌がいかにも眩しい。豊かすぎる胸元はなおも存在を主張しており、そこからモデル顔負けのくびれたウエストに青空色のスカートのリボン付きベルトがきゅっと巻き付く。スカートは丈がとても長く、透け感のあるシースルー、部分的に花柄の刺繡が施され、ひらひらと今にも華やかに舞い踊るかのよう。


 人の行き交う駅前で、高校生の彼女は確実に一番目立っていた。


 安藝先輩は白い麦わら帽子を両手に持ちながら、すでに集まっていた面々の顔をゆっくりと見回し、いつも以上に魅力的な微笑みを浮かべて、言う。


「さあ、出発よ」


(なんか楽しそうだな……)


 弘海は思った。






 **






 新幹線に四人で乗り込んでしばらく、長い線路の旅がゆったり続く。


 横並びの席に全員で座れたのは僥倖だった。長期休暇の影響か、初めはがらりとしていた車内でも数少ない駅に停車するたび多くの人が乗車してきて、あっという間に座席が埋まっていくのだから。乗車する者たちは意外と私服の若者も多い。これを見越して奮発してでも新幹線で行こうと提案してくれた猪熊部長には感謝しかない。


 なにせ目的地まではまだ時間がかかる。


 向かうは物語の聖地。そして『オオ恋』の舞台といえばなんの変哲もない下町だった気がする。だからきっとよく知らない辺境にでも連れていかれるのだろうな、などと弘海が考えていたのは最初だけの話だ。実際に舞台になった場所を知ったときは素直に驚いたものである。


「やー、楽しみすぎるー! あたし行ったことないんだよね、京都!」


 そう。


 何を隠そう、『オオ恋』の聖地があるのは、日本の誇る人気観光地、京都だったのだ。


 聞く話に寄れば、原作者である御船アキオの地元が京都なのだとか。なんでも小学校高学年くらいまで住んでいたようで、現在は関東に引っ越して久しいものの作者のなかでは今もなお京の都が故郷であり、それは彼の作品に色濃く影響を与えているらしい。――以上、『オオ恋』インタビュー記事参照。


「今日は時間もたっぷりありますから、聖地巡礼だけでなく観光のほうも楽しめますよ」


「ふぅー! 最高!」


「茜谷さん、もうちょっと声は小さくしたほうが」


「なに言ってんのヒロミン! むしろもっとテンション上げてかないと!」


 茜谷さんは聞く耳持たずだ。


 ちなみに『ヒロミン』というのは弘海の愛称だ。最近になって突然そう呼ばれるようになった。これが仲良くなった証なのか、それとも単なる気まぐれなのか、どちらにせよ茜谷さんのなかで弘海の評価が変わったのは確からしい。


 通路側で仲良く肩をくっつけ合っている茜谷さんと猪熊部長。珍しく部長も浮き足立っているのか、人の多い車内で配慮のない後輩を注意する気配もなく、むしろ一緒になって和気藹々と喋り合っていた。弘海はため息をつく。


「小鳥遊くんはどうも不景気な顔ね。はる陽ちゃんほどではないけれど、あなたももっと肩の力を抜いてみてもいいのではないかしら?」


「それは、そうなんですけど……」


 窓際に座る安藝先輩もどこか調子が良さそうだ。柔らかく微笑みながら、ずっと車窓の景色を楽しんでいた。


 そういえば、


「あの、実は先輩に謝ろうと思ってたことがありまして……」


「あら? 急になにかしら?」


 テスト期間中はもちろん、夏休みに入ってからも安藝先輩とは合う機会がなかった。こうして顔を合わせるのも実に三週間ぶりで、だからずっと切り出せなかった。


「猪熊部長を家に誘った日、なんか、先輩を省いたみたいになっちゃって、本当にすみませんでした」


 隣同士では上手く頭を下げられない。その分声に込めて謝罪の意を示した。


 茜谷さんに誘われて『オフ会』に行ったとき、安藝先輩は弘海にだけ冷たい対応をしていた。のち聞かされた話で、あれは猪熊部長を弘海の母親である風香に会わせてあげるため家に招いた際、一人だけ仲間外れにされたことを先輩が悲しんでいたためであったことを知ったのだ。


 先輩はなにを謝れられたのか一瞬で理解したらしく、「あ、ああ、そのこと……」とほんのり頬を赤く染めた。


「謝る必要はないわ。というか、謝らないで。わたしもあんな幼稚な真似をしてとても反省しているのに、そんなふうに改まって謝られると先輩として立つ瀬がないわ」


「そ、そうですか」


 むしろ余計な真似だったらしい。思えば先輩にも「忘れて」と念押しされたことだったし、今さら蒸し返すのは良くなかったかもしれない。


「でも、あんな先輩を見たのは初めてでした。なんか意外っていうか、そんなにうちの母に会いたかったのかなって」


「……アニメ好きにとって、原作者は神様のような存在よ」


 恥ずかしそうにそっぽを向いて先輩が言う。


「それ、部長も前に言ってたような」


「まいるは嵐子先生のファンだから、感動もひとしおだったでしょうね」


 静かな口調で、続けた。


「わたしも……大好きな作品の作者に会ったりなんかしたら、どうなってしまうかわからないわ」


 それが本心であることは、すぐに理解できた。


「なんか、先輩がガチガチに緊張してる姿とか、ちょっとイメージ湧かないんですけど……」


「あなたはわたしをなんだと思っているのかしら」


 頬の赤みが増す。今の先輩は少し子供みたいだ。


 しかしそれも束の間のこと。


 安藝先輩はすぐに表情を取り澄ましてしまって、気がつくといつもの微笑みを張り付けているのだった。やはり先輩の理性は半端ではない。


「……『女優の微笑み』か」


「なに? なんのこと?」


「あ、いえ。なんでも」


 言い得て妙だな、と弘海は密かに思うのだった。



 

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