波上宮から沖宮2
二拝ニ拍手、石碑の前で盛大に響かせればまた白い世界かと思いきや同じ丘の上。
ただ違いとすれば石碑があった場所には大きな木が光り輝いて、その下に木に背を預けてキラキラと光る宙にふわり、ふわりと漂う羽衣を纏い、美しい漆黒の艶やかな腰まである長い髪に色白で純白を身に纏う、伊邪那美とはまた違った美人で華やかさがあり、まさに天女と言った出立ちの女性が半透明の美しい扇子で顔半分を隠して目を閉じて寝ているように見える。
その両脇には、金の沖宮の御神紋が描かれた黒の面布を顔に付けた真っ白な獅子が伏せの状態から獅輝に気付き警戒するように上体を起こしてジロジロ見ていたが、サーが獅輝の後ろからひょいっと軽やかに現れ前足をよっと出して陽気に挨拶をするとペコっと二頭は頭を下げ、左側にいる白い獅子が察して女性の衣をクイクイと引っ張る。
「......なんじゃ...妾は、眠いのじゃ...全く、伊邪那美は宴会を開くと言うて..まだ、その使者は来ないではないか...なんのために、ここまで降りてきたのじゃ...あぁ...やってられぬ...はわわわ」
獅子に起こされるも、女性は小言を言って小さく欠伸を漏らすと今にも眠りそうである。
すると颯爽と、サーが女性の前に座り深々と頭を下げる。
「天照様、天照様、お久しぶりで御座います。私、波上宮より参りました、サーで御座います。大変お待たせ致しました。天照様をお迎えに、そして、奉献酒を持参致しました」
魔の抜けた感じのいつもとは違い流暢に丁寧な日本を使ったサーの顔面にはいつの間にか黒い面布が付いて、それに気づけば自分もサーと同じ面布が顔を覆っているのに気づく。ただし、なぜか色は違う青い面布。
それより、何故か、その面布があるのに前がしっかりと見えるのだ。なら何故面布があるのが分かったかと言えば、顔に布が纏わりついているような感覚があってなんだと意識をそちらに集中したら面布があることに気づけたのだ。
そこまではよかったが、獅輝は気づくとやたら面布を普段しないしないものだから煩わしくそちらばかりに集中して、目の前が見えなくなった。
そればかりか、どうにか面布が取れないか試行錯誤しているが、縫い付けられたみたいに全く取れない。
「ちょ、獅輝、それは天からの施しで、自動的に下位の者への付属アイテムみたいなもんさぁ〜。どんなに頑張っても、格が違うから取れないんさぁ〜。それより、酒を一本出して欲しいさぁ〜」
酒を用意するかと思いきや一向に何も動きがない獅輝に振り返ったサーは、猫の手で顔の前で交互にブンブン振っている獅輝に驚き後足二本で立つと慌てて獅輝の手を前足でひしっと止めてから、ボソボソっと呟いた。
少し不満ではあったが獅輝は面布を取るのを諦めてサーが離れたのを確認してから、背負っていたケースを地面に置いて一升瓶を一本取り出した。
その頃には面布も気にならなくなって、いつも通り視界は良好である。
「さ、天照様の気が変わらないうちに、酒を開けるんさぁ〜。天照様が近う寄れと言うから近くに行って、盃を出されたら、酒を注ぐんさぁ〜。そしたら、参りましょうと言えば後は腰の縄がやってくれるからさぁ〜。でも手順だけは、間違えないよーに!」
サーは説明を終えると、酒を開けるように顎を二回クイクイっと上げて促す。
獅輝は言われるがまま一升瓶の蓋を開けると、ほわ〜っとフルーティーな果実のような匂いの後に甘い蜜の匂いが漂った。
「...ん!なんじゃ!はよう、近う寄れ!!」
酒が振る舞われず不貞腐れて仕舞いにはまた眠ってしまいそうに目が閉じかけていた天照だったが、匂いを嗅いだ途端に元気に目を見開きキラキラと輝いて、はよう、はようとせっつきながら空いている手で手招きをしている。
なんだか現金だなと思いつつも獅輝は天照へ近寄って行くが、盃がない。どうしたものかとキョロキョロしているうちに、扇子を畳んだ天照は空いている掌をポンっと叩いた。すれば、扇子は大きな金色の盃へと変わって丁度天照の両手に収まった。
その盃をグッと獅輝は顔の前に出された、慌てて酒を並々と注ぐ。
天照は盃の中でゆらゆらしている酒をうっとりとした目付きで見てから、勢いよくぐいぐい呑んで、あっという間に飲み干した。待ち侘びた一杯だけに煽りすぎて酔ったのか、頬が桜色に色付いている。
「天照様!参りましょう!!」
今だと思った獅輝は、大声で叫んだ。すると、腰に巻いていた金の縄がするするっと勝手に解けて天照の方へ延びて行った。そして天照の周りを一周回ると、なんと、毛並み艶ややかな立派な白馬へ変身して天照を背に乗せていた。
「うむ、いい酒であったわ。そうじゃ、褒めてつかわす」
天照は輝く木の枝をそっと優しく一枝折ると、獅輝に手渡した。獅輝は咄嗟に頭を下げて受け取る。
「さぁ〜て、次に行こうか、獅輝!」
「でも、枝は貰ったけど、供物は貰ってないけど?」
「その枝がそうさぁ〜」
「...これ?...」
まじまじと獅輝は、今だにピカピカと光り心地よい温もりを感じるその不思議な枝を見つめて、変な物を食べるなと思いながらも懐に大事に仕舞った。