琉球八社のはじめ波上宮1
「気合い入れ直して行きますかぃ!...っと、その格好でお邪魔するのは...流石に失礼にあたるか、よし!」
阿形は獅輝を横を通り抜けて軽快な足取りでトコトコと走る。それを目で追いながら振り返ると、不自然に自分より遥かに大きな三体の石の龍の口から瀧のように水がジョロジョロ流れている。
それが目に入った瞬間、獅輝は猫が驚いた時みたいに目を見開いてビクッと肩を跳ねらせ唖然としてしまう。それをよそに阿形はその流れる水を口に溜めると急いで帰って来て、獅輝の目の前で止まる。
獅輝は落下した時ほどの衝撃ではなく直ぐに阿形に視線を移した瞬間、阿形は口の中の水をブッっと獅輝に盛大に吹き掛けた。
流石の獅輝は身体をビクッと強張らせ、特に顔が不快感丸出しである。ただ、吹き掛けられた割には水滴は降りかかって来ず、不思議な顔で顔や衣服を確かめるように触るといつの間にか漢服のような服装に長い羽織を羽織っていた。羽織はメディシブルーで、中は上は白で下はパウダーブルーと海ような色合いであった。
「どーだい、獅輝のダンナ!波上宮の霊力をお借りして新調してみたんだ!」
自分の頭から足元まで見てから背中を振り返れば、背中には美しい艶やかな女性をイメージする龍が描かれていた。それを見たらなんだかお婆婆を急に思い出して嬉しくなり、顔が綻んだまま阿形に視線を向ける。
「お、気に入ったみてーだな!じゃ、早速中に入れてもらおう!よし、ダンナ、二拝二拍手だ!」
「ニ拝二拍手?」
不思議そうな顔して首を傾げている獅輝に、本殿の前で嬉しそうにしてたのにその顔を見た途端あちゃーと前足で器用に阿形は顔を隠す。
「そーか、ダンナ、神社自体行った事ないもんな...いいですかい?まず、ニ拝は頭を深々と二回下げて、二拍手は両手を胸の前にぴったり合わせた後に右手を少し下にずらいしてから肩幅くらいに両手を開いて大きく二回手を叩くんでさー!」
阿形は喋るながら後足で立ちニ拝ニ拍手を前足で言葉通りにやって見せれば、ふんふんと素直に聞いて獅輝は頷く。
「じゃ、ダンナ、一丁、轟くほど大きく手を叩いちゃってくだせえ!」
「りょーかい!」
獅輝は阿形の言い付け通り深々と頭を二回頭を下げた後、両手を開いて大きくパンパンと叩く。シーンとしたその場所ではまさに一帯に轟くほどで共鳴したみたいにキーンと鳴り響き、シュンっと瞬く間に獅輝と阿形の姿は消えた。
何が起こったかよく分からない獅輝はキョロキョロ辺りを伺えば、そこは真っ白な部屋でど真ん中には三層の黒塗断壇の上に御輿型の八角形の黒塗屋形が載せられた高御座の形をした部屋がある。その中の椅子に座っているのは美しい白を基調とした漢服仙女が着ていそうな女性。
右腕を肘掛けに、左手で透けた扇子で顔半分を隠し、長い足を組んで座り、その椅子の両脇には金の波上宮の御神紋が描かれた黒の面布を顔に付けた赤茶色の獅子がスフィンクス座りしている。
「これ、見た目豪華だけど...椅子がかったいのよね...今度はこー、もっと現代風のふかふかのソファーにしてもらえないかしら?」
「... い、伊邪那美様。それですと、威厳が...」
「そんなの、ここでは別によくないかしら?」
「... 伊邪那美様、伊邪那美様、もう来てますんで...この辺にしてもらえます?」
伊邪那美を諌めているのは、左側にいる気難しそうな女性的な声の獅子と、右側にいる陽気そうな男性的な声で先程外で会った獅子。
その獅子に挟まれても同時ない、見た目は美しい背まである艶やかな黒髪が似合う穏やかそうな美しい女性かと思いきや、口を開けばなんとも残念な感じである。ここまでくると椅子に座ってる姿も威厳というよりは、その口調同様気だるげに感じてきてしまう。
「...さて、そこの。ぼーっと立ってないで、座ったらどうなの?」
獅輝は慌てて礼儀正しく背筋を伸ばして正座をすると両手を床に付いて深々と頭を下げてから顔を上げ両手を膝の上に置くと、真っ直ぐに伊邪那美を見据える。
「ほう、あやつ、きちんと礼儀は仕込んだようね...関心関心...さて、お前、私に用があるらしいわね。言ってみなさい」
すーっと目が細められた伊邪那美は、どこか意地悪い表情をしているようにも見えなくもない。
「はい。お婆婆が今、瀕死な状態なんです。伊邪那美様のお力お借りしたく、参りました」
元気よく返事を返した獅輝は、そう言うと力強くガバッと頭を床に付けて先ほどより深々と土下座する。
「ふむ...して?」
「秘宝の在り方をご存じでしたら、お教え願えませんか!!」
「ほう...うーん......教えてやらんこともないけれど...ただでは教えられないわね」
「...え?ど、どうして??」
伊邪那美の言葉に、堪えられず下げていた頭を上げて唖然というか、悲しそうな目で見つめる。
「...待て待て、そんな顔をするのはよしなさい。私が、意地悪しているみたいではないの」
「す、すみません。で、ですが、早くお婆婆に飲ませてやりたくて...」
しゅんとした子犬のように俯く獅輝に、伊邪那美は片目を閉じて一つ小さな溜息を漏らしてから優しい笑みを浮かべる。
「...何、これから、なんみん祭という祭が執り行われるのよ。それをちょっと、手伝ってほしいのよね...そんな大層なことじゃないから、ね。いいでしょう?」
顔を挙げた獅輝が目にしたのは、微笑んでいるのにどこか有無を言わせない迫力のある目であり、もちろん断ることなど許さない感じで、はいと返事して頭を下げた。