修行への道
大鳥居を一気に潜り抜ければ、深い緑の葉が茂る厳かな杉木立が続く中、熊野大権現の奉納幟が傍目いて、石段の両脇に立ち並びずっーと上まで続いている。
大鳥居を少し過ぎた階段の一段目の手前で、すーっと緩やかに大きな鴉は地面へと降り立った。獅輝を地面に下ろすと魔法が解けた様に、大きな鴉は元の小さな鴉へとサァーっと散り散りになって山へと帰っていった。
「さぁー、獅輝!ここからはこの、一五八段ある石段を登って行くぞ!一段一段登ることで心が静まって、熊野権現様との対面も清らかな気持ちで迎えられるぞ!熊野権現様とは一度会っているかもしれんが、癖のある方だからな!粗相のないように、心を沈めるのには打ってつけだ!さぁーさぁー、行くぞ!」
八咫烏は鴉の姿ですーっと優雅に獅輝の真横に降り立った瞬間に人の姿となって、一段、二段と軽快にトントンと登るとくるりと獅輝の方へ向き、仁王立ちで少し胸を張って腕を組むとにかっと歯を見せながら笑みを浮かべて揚々と話したかと思えば、最後には芝居掛かったように両手を大きく鳥の羽ばたきの如く真横に広げてから、大きくパンっと一度手を鳴らした。
その音は鎮まり返っていたその場に響き渡り、空気が震え、その振動がドォーンと獅輝にも伝わってきた。
獅輝はその振動に驚いて目を見開き、胸元を手で押さえて暫し呆然としている。
「何、呆気に囚われてんだ、獅輝!これからが大変なんだ!今からそんなで、どうする!」
八咫烏が石段を降りてきて、そこから動かない獅輝の横に並ぶと背中を手でドンっと勢いよく叩けば、獅輝の猫耳と尻尾が垂直にビンっと立って目がこれでもかってほどに見開き飛び出そうになる。
「...いてて...あ、あぁ...そうだな。悪い、行こう」
八咫烏の力が強すぎて、叩かれた背中がジンジンと痛いが文句も言えず、獅輝は背中を少し摩ってから小さく頷いて石段を登り始めた。
「おっと!言い忘れてた!石段は一段一段しっかりと踏みしめて、登っていけよ!これも修行のうちだからな!」
一段一段登って面倒になって段飛ばしで登ろうとした時丁度、軽いステップで石段を登って獅輝の先を行く八咫烏がニヤっと少し不気味な笑顔を浮かべてそうたしなめる。
獅輝は八咫烏には後ろに目があるのかと少し驚きつつ、馬鹿馬鹿しいと首を小さく降って小さく頷き返す。
そこから獅輝は一段一段、ゆっくりと確実に石段を登って行く。初めは楽勝だと思っていたのに、半分より上くらいになってきた時から少しずつ少しずつ空気が重たく感じて、登る度に息が徐々に荒くなってゼェ、ゼェっと息を漏らすようになった。
頂上まで登り切った時には大粒の汗が噴き出ていて、境内へと足を踏み入れた時にたらりと滝のように汗が流れた。
そして、目に前には立派な深い緑色の杉に囲まれた、厳かで息を飲み込んでしまいそうになるくらい迫力がある、熊野本宮大社の大きな社が見えた。