神様の食事とは?
「さ、獅輝、立って!料理をどんどん運ばないと神様達の酒のつまみがないと、暴れ出すかもしれないわ」
「おう...えっ!」
ポンポンとシーに軽く叩かれ獅輝は振り向くと笑いながらそう言うものだから、驚いて急いで飛び跳ねるみたいに立ち上がった。
「暴れ出したら、ど、どうなんるんだ?」
「さぁ...どうなるのでしょうか...そうなる前にどんどん運びましょう。私がすぐに、イラブチャーを刺身に切り分けますから」
「え?うん?うん...」
シーはクスクス笑いを漏らしながらのらりくらりと本当のことを言わず、イラブチャーに近寄ったシーはブンっと手を振って現れた包丁を握るとタタターンと軽快な走りで大きな胴体を包丁で目にも留まらぬ速さで切り刻んでいく。その切り身は宙に舞って、シーがサッと出してきた大皿へと綺麗に円を描くように乗る。
「さぁー、獅輝!これを神様達へ持っていってください!私はどんどん、料理作りますからね!」
「よしきた!任せろ!」
獅輝はシーの華麗な手捌きに感激したように目をキラキラさせて見届けてから元気いっぱいに返事をして、シーからイラブチャーの刺身盛りが乗った大皿を受け取ると頭の上に乗せ両手で持ってダダダと宴会場へと急いで向かった。
ササっと関わり合いにならないように大皿を中央部へ置いと急いで戻ってくれば、シーが目にも止まらぬ速さで材料を仕込んでいく。
不思議なことに、黄金に輝く稲穂を振れば米がジャラジャラと出て、金の小麦の穂を振れば小麦の粉がパラパラパラと降り注ぎ、金の卵を叩いて割ればそこから立派な黄金の鶏が生まれてポコポコと白い卵を産み、卵を割ればキラキラ輝く艶やかな卵が出てくる。
かまどにフゥーっとシーが息を強めに吹き掛ければ火が付いてゴォォゥと一気に燃え上がり、ひんやりとして少し薄暗かった忌火屋殿がぽぉっと明るくなって一気に活気付いたように獅輝には見えた。
ササッと材料が切られ、混ぜたり練られたり、時には煮て茹でて焼かれ、普通なら時間の掛かる料理さえもシーに掛かれば魔法のようにパパッと庶民的な沖縄料理になっていく。
ゴーヤーチャンプル、沖縄そば、沖縄のパイナップルとマンゴーのフルーツ盛り、炊き立てで湯気が出ていて艶々の真っ白なご飯が入ったおひつを、獅輝は興味深げに見つめながら完成したら直ぐに宴会場へと走って持っていき、戻ってはまたじっと関心したように見て運びを繰り返した。
全部の料理を宴会場へ出し切り戻ってきた頃には、獅輝のお腹もぐぅ〜っと大きく鳴り響く。獅輝は恥ずかしそうにお腹を抑えて苦笑すると、シーは丼をトンっと獅輝の方へと出して笑顔で手招きをする。
「神様達の料理もひと段落したので、休憩しましょう。獅輝もここまでよく頑張りました。お腹が空いたでしょ?遠慮なく、食べて下さい」
艶々の炊き立ての米の上に沖縄そばに乗っていた三枚肉がドンっと何枚も乗り、更にその肉上にはキラキラ光った半熟の目玉焼きが乗って、甘辛いとてもいい匂いがぷぅ〜んと獅輝の鼻腔をくすぐる。
我慢できなくて、咄嗟にバッと丼と箸を両手で持つ。黄身を半分に割るとトロ〜リと三枚肉に滴って更には米にポトンポトンと垂れていき、三枚肉を箸で切ればホロリと柔らかく難なく切れる。一口サイズに箸で切り分けて、三枚肉のタレが染み込んだ油でキラキラした茶に染まった米と一緒に三枚肉を箸で掬って食べようと大きく口を開いた瞬間、ハッと思い出して獅輝はシュンと元気がなくなって食べるのを止めると掬ったものを戻して箸をテーブルにぐっと我慢した顔で置く。
「どうかしましたか?」
不思議そうな顔をして、シーが尋ねてくる。
「いやだって... 玉依姫尊様が、神様と同じものを食べたら駄目だって言たんだ」
シーは小首を傾げてから、ふと何か気づいたようにすっと首を戻すと笑顔で可笑しそうにくすくす笑う。
「それは、少し意味合いが違います。そもそも私達もまた大きな括りでは、神ですよ...ただ上級の神様へと捧げたものを、下級の者が勝手に食べたらバチが当たって腹を痛めるやもしれませんが。許可があれば、一緒に食べても問題はないですし、その丼は獅輝へと取り分けたものなので、上級の神様の許可はいらないのですよ」
「へ?...そうか...なら、これは俺のための食事だから、食べていいのか...おぉ!」
獅輝は一旦置いた丼と箸をサッとまた両手で持つと、よだれをじゅるっと飲みゴクンと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「頂きます!!」
もうそこからは勢いが止まらなく、カッカッカっと一気に丼を食べていく。あんなに山盛りであった丼もみるみるうちに減って、ぷはぁーと獅輝が一息をついた頃には器の中はそれは綺麗になっていた。
「ご馳走様でした!いやぁ〜、美味かった!シー、ありがとな!」
箸を器の上に置いて、それはそれは満足げな満面の笑みでシーに礼を言うと深々と頭を下げる。
「お粗末さまです」
シーはそれは嬉しそうニコッと微笑むと、獅輝の空になった箸と器を片付けようと手を伸ばすが、獅輝はスッと片手を出すとシーの手をそっと押し返して自分で箸と器を持って流しの方へと持っていく。当然のように水道から水を出して、器と箸を洗い出す。
その時ふと、思う。
「そういえば、俺達は実体がないと聞いたんだが、この食事も実体がないのか?」
「それはですね、人間は実体があるので実体があるものを食べエネルギーにします。ですが私達は、実体があるものは食べれないので、それに宿るエネルギーを食べるのです。人間らが私達に備えたものが実体と似た形状や食べ物なら同じような匂いや味がするのは、エネルギーと実体が繋がっている証拠なんだそうです。ただ私達はエネルギーしか食べないので実体は残ったままになりますが、神々が御手を付けたものとしてとてもいい気、幸運が宿るので、人間らは有り難がって喜ぶのです。しかも上級になればなるほどその効果は上がるので、色々なものが献上されてくるのです」
「へぇ〜...そんな風に、繋がってんのか...世の中の仕組みっていうのは、面白いんだな」
「そうですね...魂と器のある生きとし生けるものと神々は、切っては切れない縁があるんだと...遥か昔、私達の恩人の方が言っていました」
洗い物が終わった獅輝はシーの方へ振り向けば、それは懐かしそうな目で、少し寂しそうな顔をしながらしみじみと語っていた。