表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貓の王様  作者: 雨月 そら
2/28

琉球八社と八咫烏

 獅輝はお婆婆に、豚肉、にんじん、しいたけ、こんにゃく、ひじきが入った沖縄そばのだしで炊き込まれたよもぎの独特な青臭さのある沖縄の雑炊であるボロボロジューシーを、土鍋から沖縄の海の中にいるような色だとお婆婆が気に入っているコマカアイランドブルーの綺麗な陶器でできた椀のやちむんへ、木のおたまでズボッと豪快に掬いドバドバとなみなみと入れるとすっと木の匙で雑炊を掬い上げる。

 掛け布団にお気に入りでいつも着ている海の波をイメージさせる青い甚兵衛から小さな両手をちょこんと出して置き、いつもはピンと背筋が伸びて顔や手足が皺が目立つわりには若々しくエネルギッシュに見えるのに、背を小さく丸めて元気なさそうな姿のお婆婆の口元の前へ、ゴロゴロと食材がこんもりと乗ってほんのり湯気が立っている木の匙をバッと差し出す。


 「なんだい...自分で食べれるよ」


 お婆婆が呆れたように目を細め一向に食べようとしないので、獅輝はムキになって目をカッと見開くとお婆婆に視線を合わせてじぃーと見つめたまま木の匙を差し出している。

 そんな状態が瞬く続いて折角の温かな雑炊が冷め始めた頃、お婆婆の方が折れて小さく溜息を付くと嫌々な感じもあったが口を開いた。

 獅輝は無意識だがニカっと嬉しそうに笑うと、直様お婆婆の口の中へ上手い具合に差し入れて放り込む。

 お婆婆がモグモグと口を動かすのをやちむんと匙をそれぞれの手で持ち膝の上に置きながら、じぃっと観察でもするよう見つめて食べ終わると、わんこ蕎麦よろしく手早く匙で掬って食べさせるを繰り返して丁度、やちむんの中身がなくなると頑なにお婆婆の口は閉ざされた。


 「病は気から!ガツガツ食べて英気を養えば、大概治るって言ったのは、お婆婆だろう!折角作ったんだから、もっと食べろよな!」


 食が進み顔色も先程より良くなってほんのり赤みが刺し和らいだお婆婆の顔付きは、大きな溜息と共に呆れ顔になる。


 「折角も何も、あたしゃが昨日炊いたクファジューシーを雑炊にしただけだろ。全く...腰が痛いだけさ、そんな食ってどうすんだい。兎に角、あたしゃ腹いっぱいで食べれないしね、眠くなったんだ。後はあんたがお食べ、饕餮(とうてつ)並に、大喰らいなんだからね!」


 「あんな牛だか羊だか虎だか分かんねー醜いのと、一緒にするなよな!ふん!いーよ、後は俺がチャッチャと片すから。ていうかよ、腰痛いわりにはピンピンしてるじゃねーか!」


 プンスカと怒り出した獅輝は乱暴なようで手早くお盆に片すとそれを持ってすくっと立ち、捨て台詞みたいに言い捨てて子供みたいにいーっと剥き出しすとさっさと部屋を出て行った。


 残されたお婆婆は呆れたように小さく溜息を付いて、だるそうに布団の中へ入りゆっくりと目を閉じた。



 . . . . .


 その夜、眠いとあれから一向に起きてこないお婆婆を夕餉の支度が終わり、三角巾とお婆婆の割烹着を身に付けた獅輝は朝の怒りが治まらず、いかり肩で廊下をズンズン音を立てお婆婆の部屋の前までやって来た。

 そこで自分が開けっ放しで出て行ったまま障子が開け放たれている事で異変に気づき、怒りはどこへやら朝の件もあってサーっと顔が青ざめるとバタバタと暗がりの部屋の中に入っていた。

 電気を付けなくても、お婆婆が寝ている場所は丁度月明かりで照らされており、その顔は息をしていないかのように蒼白であった。


 「お婆婆ぁぁ!!お婆婆ぁぁ!!」


 獅輝はストンと力が抜けたようにそこへへたち込んでからハッと気を取り直し慌てて両膝と両手を畳に付いてズリズリと這いずりながら近づき、緊張な面持ちで礼儀正しく正座して両手を膝の上にしたまま上半身を前のめりに出すとお婆婆の顔を恐る恐る見つめる。

 顔と顔がくっ付きそうな距離でも、息をしているのか分からず益々慌てた獅輝は顔をバッと勢いよく離せば今度は布団の上から左耳を下にお婆婆の心臓部にくっ付ける。

 初めは自分の心臓の音の方がバクバクと煩くてよく聞き取れなかったが、落ち着けと何度も念じて目を閉じ呼吸を整えてもう一度よく耳をすませば、小さいがトク、トクっとお婆婆の心臓の音が聞こえてきた。

 獅輝ははぁ〜っと大きく安堵の溜息を漏らと、顔を前に向け力が抜けたようにずるずると両手を前に出してだらりお婆婆に覆い被さった。

 悲しげに眉を下げ顔を俯かせると布団に埋めれば、スッと布団に染み付いたお婆婆の新緑に似た匂いが香る。

 獅輝はその匂いをすーっと深く吸い込んでからお婆婆から名残惜しそうに離れてまた両手を膝の上に乗せ、悲しげに目をうるうるとしながらも涙を堪えるように口をグッと上につぼめじっとお婆婆の顔を見下ろした。

 心臓が動いてるのは確かめたが一向に目を開けないお婆婆を見ていると辛く、子供がすがるようにお婆婆と何度も何度も何度も呼びながらそっと出した右手でお婆婆を揺する。

 そうやって時間がどんどん過ぎて外の満月が一番高く移動して燦々と光り輝いても、獅輝の心は沈んでいく一方でお婆婆の顔を見るのも辛くて揺すっていた手を引っ込めると顔を俯かせた。もう我慢の限界と涙が流れそうになった、まさにその時だった。


 「おい、どうした〜獅輝坊」


 濡羽色の三本足の鴉より一回り大きな八咫烏が満月より出でるとそう大きな声で叫びながらすーっと風に乗ってお婆婆の部屋に降り立ち、獅輝の顔を見上げると今宵の月の輝きと同じ黄金の瞳で見つめてくる。

 八咫烏に驚く気配もなく、ただ泣きそうになった涙を歯を食いしばりググッと引っ込めてから獅輝は顔を八咫烏に向ける。


 「ん?ん?ん〜ん?なんぞ、あったか?」


 八咫烏はググッと首を伸ばし不思議そうにだが奇妙に首を左右にゆっくり観察するように傾けながら、クリクリしたまん丸な目でじぃーっと獅輝を見つめている。


 「...お婆婆が...目を覚さないんだ」


 獅輝の言葉を聞き終えた瞬間、ピタっと右に傾けていた首を止める。


 「なんと!!」


 ゆっくり動いてた首がグンっと急速に戻り、驚いたように左右の翼を口元へ交差してに覆い、横目でお婆婆をきょろりと窺う。


 「...ふむふむ、それで...なるほど、なるほど」


 「なんか、知ってるのか!!」


 獅輝は八咫烏の様子に直ぐに反応して、左手でむんずっと首を掴むと自分の顔近くまで持ち上げる。その顔は恐ろしく、眉間に深い皺が寄って険しい目である。


 「...ま、ま、待て...く、くる、苦しい...」


 吊るし上げ状態の八咫烏は白目を剥き長い舌がでろんと嘴の端から垂れて意識遠のきそうになりながらも、精一杯の抵抗で自分の翼でパシパシ獅輝の手を叩く。

 そこでやっと鬼のようにギラギラとした目から、はっと気づいて力を抜き八咫烏を急いで元いた畳の上へ開放した獅輝だったが、八咫烏に身体ごとくるっと向けると視線を合わせるために両手を付いて屈み縋るようにじぃーっと見つめる。


 「頼む、八咫烏!!お婆婆を助けてくれ!!」


 ガンっと勢いよく畳に叩きつけるように頭を下げた獅輝の声は、どことなく涙声である。


 「おうおう、獅輝坊や。だーいじょーぶだ、な」


 八咫烏は必死の獅輝を見ると気の毒そうな顔をしてそう言えば、片方の翼で器用に獅輝の頭を猫でも撫でるようによしよしと撫でてからぽんっと頭に翼を置く。


 「よーく、聞くんだぞ、獅輝。いいか、お婆婆によーく効く特効薬、秘宝と呼ばれるものが日本にはある。それを、見つけ出せ。さすれば、お婆婆はいつも通りピンピン元気にならーな」


 獅輝はそれを聞くや否や下げていた頭を勢いよくガバっと上げ、八咫烏はその勢いせいでバタンと横に倒れてしまう。すると獲物でも獲るような勢いで倒れた八咫烏の胴体をガバっと両手で掴んだ獅輝は、自分の顔間近まで持ち上げる。あまりに近すぎて、八咫烏は視線を逸らしている。


 「それは何処だ!何処なんだ!!」


 「あーうーん...日本の...神社だか...仏閣行けば...知ってるらしい?」


 獅輝の気迫に気圧されてダラダラ冷や汗を掻きながら、小さな声で八咫烏は言いづらそうに喋る。

 八咫烏は一旦畳の上に戻されたが、獅輝の顔は真顔で目は冷たく、腕を組んで前のめりに顔を近づけじぃっと怪しんだように目を細め八咫烏を見る。


 「...それだとよく、分かんねーんだが?本当に、それしか知らねーの?」


 ヤンキーに絡まれてる気弱男子な気分の八咫烏は、目をキョロキョロさせ嘴をパクパクさせた後、全力でうんうんと縦に頭を素早く振る。


 「...で、でもよ、最初の手掛かりなら知ってるぞ、うん」


 両翼を合わせた八咫烏は、どうにか宥めるように可愛く小首を傾げて目をうるうるさせる。


 「...で?何処なんだ?」


 八咫烏のその姿に、ふっと気が抜けた獅輝には微かだが笑みが戻る。


 「よーーーく、聞いてくれました!それは、琉球八社の波上宮へ行けばいいのだ!わははは!!」


 急に水を得た魚ようにビューンっと庭の方に飛び出た八咫烏は、満月をバックに両方の翼を大きく広げると自信満々に叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ