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貓の王様  作者: 雨月 そら
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末吉宮から普天満宮2

 「うわぁぁぁぁ!!!」

 

 背後から急に声を掛けられて獅輝は肩がビクッと跳ねて避けるようにぴょーんと大きく横っ飛びし、思わず四つ足を付いて貓のような体勢になると目を釣り上げてフゥーー!!と耳と尻尾を立て、声がした方へ威嚇した。


 「ホッホッホ。すまぬ、すまぬ。驚かせてしまうたな。そう怒らんで、じじと少し話をせんか?」


 老人はどっこいしょと言ってしゃがむと優しくニコニコ笑いながら、片手をそっと獅輝の方へ差し出した。


 「そうですよ。折角のご縁ですから、少しお話ししましょ」


 移動した先、いつの間にか獅輝の背後には弁天に似た女性が立っていて、袖で口元を隠して微笑みながらクスクス小さく笑いながら声を掛けてきた。

 その背後の女性にも獅輝は全く気づいていなく、心底驚いて目を目一杯に開きならびょーんと上に思い切り飛び上がり着地すると直様サッと後方へ飛び退いて、正面を向いたまま一目散にサササっと四つ足で足早に後退していきサーの後へと隠れた。ただサーの方が小さいので、全く隠れられてはいない。

 そんな獅輝に振り向いたサーは少し呆れた顔をしたのだが、獅輝の目が警戒したようにキョロキョロと目の前の二人を見ているのを見て、ふと思い出して仕方ないかと苦笑へと変わった。


 獅輝は、元々が貓である。元来、貓は他の種族よりも敏感で、得体の知れない何かを察知する能力に長けているのである。本能で身体が反応したのかも知れないと、思い直したのだ。


 「...獅輝、そんな警戒しなくても、平気さぁ〜」


 サーの言葉にピクッと耳が反応した獅輝だが、納得いかないような複雑な顔で二人からサーの方を見る。


 「...だが...あの二人は...何か、違う、怪しい」


 「ふっ、ははははは!よしよし、流石、化け貓じゃな!しかと、本能では察知できているなら、よし。獅子達よ、もう、よいぞ」


 「はぁ〜い」


 急に老人は高らかに笑って、すっと立ち上がると見た目は細身の老人なのに大男が豪快に笑っているように見えて、獅輝は見間違いかと目をゴシゴシと擦るが老人のままである。

 そして老人からの合図で弁天に似た女性からもこもこと白い煙が立ち昇って全身を覆うと、サーっと霧が晴れたように消えていく。するとそこには、麻呂眉の穏やかそうで少し顔と鼻が大きな灰色の二頭の獅子がドーンと堂々とした感じで、口を開いている方が下で支え、口を閉じている方が上に乗っかった状態で姿を現した。


 「熊野権現(くまのごんげん)様、お久しぶりで、御座います。ご無礼、致しました」


 サーが老人に向けてそう言って頭を深々と下げたので、獅輝も慌てて頭を深々と下げる。


 「よいよい、頭を上げえ」


 「はっ、ありがとうございます」


 サーがそう言って頭を上げたのが見えた獅輝も、一度深く頭を更に下げてから顔を上げた。緊張がまだ抜けきっていない獅輝は、表情が硬い。


 「そんな二人して、神妙な顔をぜずともよいだろうに。まぁ...わしは内の威嚇を放ち、普天満宮の狛獅子には無の感情で、ちぃいと度胸を試させてもらったからのう。無理も、ないか」


 それを聞くや否や獅輝の表情は僅かに渋くなるものの、神相手に詰め寄る訳にもいかずそこはグッと堪えたが、表情には表れてしまい眉間に皺が寄る。


 「ふっ、不満げじゃのう」


 「あ、いや...そんな」


 獅輝は熊野権現に胸の内を言い当てられて、困ったような顔をしてゆるゆると視線を下に向ける。


 「わしの方こそ、説明もなしに悪なんだ」


 老人は優しい声で謝ってきたので、獅輝はやっとほっとして落ち着きを取り戻して視線を上げたところで、熊野権現と目が合う。


 「ただ...お主ら、最終的には龍王に会いに行くと聞いてなぁ〜。あやつは、一筋縄ではいかぬ。下手をすれば、さっきまでワハハっと談笑していたのに、次の瞬間には取って食うてしまう...かもしれんしなぁ。そうそうそんなこともないとは思うが、用心に越したことはないからのう...だから、少し試したんじゃ、臨機応変に対応できるかと思うてな」


 老人は冗談なのか冗談ではないのかよく分からず口元は笑みを湛えているのに、どこか目は鋭いような不思議な感じで長い白い髭を撫でていて、獅輝は素直に納得して良いのか悪いのか戸惑いながらも忠告として肝に銘じておこうと小さく二度頷いた。


 「さぁ〜、獅輝、お待たせするのもあれだから、いつものをやるさぁ〜」


 サーがいいタイミングで声を掛けてきたので、すっかり役目を忘れていた獅輝は少し慌て気味に背中のケースを目の前の地面に降ろして、一升瓶を抜くと直様蓋を開けた。

 酒の匂いが一体をふんわりと包み込むと、どこか湿ったような雰囲気だったその場が一変、清められたかのように清々しくなる。


 「ほう...今年も良い出来のようじゃな。一つ、頂こうかの。さ、こっちさこい」


 にこりと上機嫌に微笑んで優しげな声音で言った熊野権現は、懐から白い簡素な盃を出して獅輝の前へ出すと、待ってましたとばかりにトトトっと足早に獅輝は一段登って熊野権現の盃へ注ぐ。

 盃が満たされるとぐいっと酒を飲み干した熊野権現はうんうんと頷いて、目を細めて更に笑みが深くなる。それを見た獅輝は、今だと声を出す。


 「では、熊野権現様、参りましょう!」


 獅輝は熊野権現を見ていたせいか優しい気持ちになってそれが声にも乗せられ、今までと違い大声を出すのではなく、ふんわりと優しく包み込むような言い方であった。

 それから、縄がするすると腰から解けて優雅に空を泳いで飛んで熊野権現の周りをぐるりと回り、それはそれは今までの中で一番毛が艶やかな黒鹿毛となって熊野権現を背に乗せていた。


 「後は、わっちらが時間まで、おもてなししますけぇ。お酒はそこへ、置いて置いてくだせぇ」


 一升瓶をどうしようかとふと視線をそこへ落とすと、穏やかな声にニコニコ笑顔で口が開いている獅子が言うので、獅輝はその場に一升瓶を置いた。


 「そろそろ、約束の時間も迫ってきてるだろう?わしらのことはいいから、次に行きなさい」


 そう促されて、獅輝はサーと共に頭を深々と下げるとケースを背負ってそこを後にした。


 ただ獅輝の中で心残りだったのは、獅子達が何故にさっきから同じ体勢なのか気になって仕方なかったが、次へ行く方が優先だとそこはグッと堪えた。

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