安里八幡宮から末吉宮3
先程見ていた景色と変わらず、岩階段の上に赤い社が見えた。ただ違うとすれば、一番下の階段に二人の男神が座っていた。並びはトンネルの中であった時と一緒だったが、体格のいい二人が並ぶと少し狭い階段、窮屈そうであった。
速玉男命は獅輝が持っていたはずの一升瓶を片手に持って、事解男命と自分の盃が空になると継ぎ足して勢いよく水でも飲んでいるようにぐいぐい飲み干していく。
他の神は酔い方は違えどいい具合に酔いが回っていたように見えたが、二人の男神は全く顔色一つ変えていない。ただ、酒の効果でか強面の顔が眉と目尻が下がり和らいで陽気な気さくな感じに見える。
「おぉ。やっと来たかぁ!」
速玉男命が一升瓶を掴んでいた手を掲げ、二度一升瓶を軽く振ると豪快にニカっと笑う。
「ふふ、毎年これが楽しみでのう。ほれ、遠慮せずに、もっと近うよれ!」
事解男命もぐいっと盃を直角に傾けて豪快に酒を飲み干し速玉男命に盃をすっと差し出すと、愉快そうな顔でもう片方の手で手招きしている。
はいと短く獅輝は返事し、トトトと背を丸め小走りで二人の男神へ近づく。丁度目の前に来た時は事解男命に注いだ後で、残り僅かだったのか速玉男命は自分の盃には注がず、一升瓶をそのまま口につけて飲み干した。
事解男命の飲むペースも早くて同じに飲み干すと、二人の男神は合図でもしたかのように同時にガバッと勢いよく立ち上がると腕を組んで獅輝を見下ろす。
顔は穏やかなのに無言で見下ろされると獅輝はたじろきそうになるも、二人の男神のどうしたどうしたと挑発しているような好奇な目を見れば、負けん気がむくむくと湧き上がり獅輝も真似して腕を組み余裕ぶってニッと笑みを浮かべて見返す。そして、大きく大きく深呼吸。
「速玉男命様!!事解男命様!!参りましょう!!」
獅輝は胸を張り、今までになく大きな声を張り上げた。すると、縄がするすると腰から解けて二人の男神へとビューンっと勢いよく飛んで、ぐるりぐるりと勢い強く二周すると一本は速玉男命をぐるりと回り白馬に、二本目は事解男命をぐるりと回り黒馬となって背に乗せていた。
馬は二頭共に今までの馬よりもがっしりとして大きく凛々しく、男神を乗せてもびくともしない。その馬に跨る二人の男神もまた、これから戦にでも向かうのかというほどにキリリと姿勢よく堂々と乗りこなしている。
「ハッハッハッ!神馬、久しいな!よーし、よし!」
速玉男命は身を少し前に屈めと、空いている手で白馬を優しく撫で始める。
「ふむ。願馬よ、いつも通りに元気そうで、なによりよのう」
事解男命は黒馬の首辺りに手を伸ばし、ポンポンと優しく叩く。
「さぁーて!良き酒への褒美を、与えんとな!...おっと...しまった...」
ひとしきり白馬を撫でてから大声で速玉男命は楽しそうにそう喋り終わった途端、手に持っていた一升瓶を見てから逆さに傾けると、片目を閉じもう片方の目で注ぎ口の穴を覗き込んだ。
「...おっ!おぬしはやはり、運がいいぞ!」
何かを見つけたようで片目をパッっと開けニカッと笑みを漏らすと、穴から顔を離してもう片方の掌を穴の下へ出し一升瓶を上下にブンブン二度振りピタッと止めると、中からたらりと一滴垂れてぽたりと掌に落ちた。それをスルっと飲み干しすと、目の前の獅輝の片手を急に引っ張り寄せる。
急過ぎて何事か理解出来ないまま抵抗する暇もなく獅輝はなすがまま、驚きを隠せずに目がきょどりながらも何が始まるのか怖いもの見たさかじっと見つめた。
ブウゥゥゥ!!
速玉男命が勢いよく獅輝の掌に唾を吐き掛け、獅輝は思わず全身がゾワゾワゾワっと寒気が一気に走り、隠していた猫耳と尻尾がボォンっと思わず出てしまう。
「あっはっはっはっはぁ!!まだまだだなぁ〜、坊主。だが、このわしの唾は、特別ぞ!その手には、乾きを潤す水が宿ったぞ!」
獅輝は豪快に笑う速玉男命と自分の手を交互に見て、さっきまでじっとりと濡れていたはずの手が今は全く濡れておらず、かといってなんの変化もなくて不思議そうに小首を傾げる。
「ふっはははは!貓らしく、そちは可愛らしいのう...その貓の耳と尻尾を見ると、昔の友人を思い出し...ふっ...まぁ...よいな、その話は。次は、我がそちに、褒美を授けよう!」
こちらも豪快に笑うがどこか優雅というか余裕な態度の事解男命は、優しくどこか懐かしそうな目で獅輝を見ると、盃をブンっと一度大きく振った。すると盃はキラキラと輝いた金の小麦の穂になり、それを未だに自分の掌をじっと不思議そうに見ている獅輝へ強引にグッと差し出した。
「あ、有難う御座います!」
半ば強制的に受け取った獅輝は少々戸惑いがあったが、すぐに事解男命に頭下げ、慌てて速玉男命にも頭を下げた。
「「さぁ、行け!!旅は続くのだからな!!」」
二人の男神はそう言ってニッと今ままでで一番いい笑顔を見せ、獅輝を送り出す。
獅輝は手の中の穂をグッと一度握り、同じようにいい笑顔を返して穂を懐へしまうとケースを背負いサーにサッと跨り走り出した。一度上半身だけ振り返り、二人の男神に片手を挙げると大きくブンブン二度振りサッとまた前を向く。向く。
獅輝には兄弟などいなかったはずだが、久しぶりに兄弟に会った、そんな気持ちで胸がほっこりして自然と笑みが溢れた。