第2章~同胞~
基地に戻ってからも、長峰達夫はマルゼイの事しか考えていなかった。それまでは当たり前の様にこなしていた日常業務でも、最早上の空で手につかなくなっていた。彼の正義心は揺れに揺れていた。そんなとある日の夜であった。当直士官を務めていた長峰達夫がデッキに立っていると、不審船が1隻護衛艦ミネフジに近づくと、モールス信号を打電して来たのである。
「ナガミネコノフネヲモラウ」
よく状況が理解出来なかったが、とりあえず頷いた。すると、またモールス信号が打電される。
「オマエノチカラガヒツヨウダ」
そして、最後にこう打電された。
「コンランノキニジョウジテ、キサマトゴウリュウスル。トリアエズ、ソレマデハミネフジノクルーヲエンジロ。」
と。長峰達夫には大方の予想がついていた。武装した10人程のテロリストが護衛艦ミネフジに夜襲を仕掛けるだろうと。しかもその10人は他の戦闘員を増員する為の噛ませ犬であり、混乱による時間稼ぎであると。本来ならば、艦船の危険を察知したならば、上官に知らせるのが務めであったが、最早長峰達夫の心はテロリスト色に染まり、危険を察知していながら誰にも報告しなかった。
青春時代から自衛官になる為だけに生きて来た人間にとっては、それを正しかったと信ずる以外には無い。だが、そんな安心が欲しくて入隊した訳でも無い。この世界を苦しめる悪なる存在から日本を守る。それこそが、平和の礎だと信じて疑わなかった。とは言え、実際にこのジブチ共和国に来て見た現実は違った。誰も何も正義等必要としていない。寧ろ、誰も何も正義の御旗を掲げている自分達を白い目で見ているじゃないか?長峰達夫は、マルゼイの指示にとりあえず従う事にした。