もう一つの入り口
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僕の腕から体を伸ばしたリートが迷宮内部で巻き起こした炎の嵐は迷宮内の温度を急速に上昇させていた。僕がリートを差し込んだ入り口からも高温の空気が溢れ出してくる。
「湊さん離れてください!肺を火傷する可能性があります!あと、僕の後ろ側にいて下さい。」
湊さんは僕の指示に即座に反応すると迷宮の入り口から10mほど離れる。幸い入り口周りでダラダラと話している間にこのあたりの危険生物は誘引されつくしたのか新たに引き寄せられてくる気配はない。つまり、しばらくは安全だ。3日もすれば、神臓喰いを繰り返して変異した危険生物であふれかえるだろうがその前に迷宮が無くなれば問題ない。彼女の特性、迷宮付近の危険生物を駆除するのに便利だな。鳴上の言葉を借りるなら”すこぶる良い”。そんなことを考えながら5分ほど迷宮を温め続ける。そろそろリートを止めようとしたその時
BOOOOOOM!!!
多摩川の水面が爆音とともに破裂した。
「な!何ですかいったい!?」
湊さんが爆発に驚いて大声を出す。かくいう僕も驚いてひっくり返りリートを迷宮から引き出してしまった。とっさに腕を空に向けたため被害は最小で済んだがそれでも強烈な焦げ跡が河川敷に出来てしまった。
「リート、ストップだ!もう良い!やめろ!」
降り注ぐ熱湯をかき消すために空に巨大な火柱を放っていたリートが炎の放出をやめる。
「ヤマブキ、先ほどの爆発は?」
リートの問いに僕は答える。
「多分、川の中にも入り口があったんだ。水没してた部分がリートの熱気で蒸発してそこから噴き出したんだと思う。湊さん!こっちへ!」
湊さんが数歩近づいてきて足を止める。こちらに来ない。
「あの…熱気がすごくて…」
あー。そうか。完全に失念していた。普通はこの温度は無理だった。
リートに加熱された迷宮内の熱気は数百度を超える。当然その熱は迷宮外にも漏れ出してくる。入り口付近の温度はおおよそ人が歩ける温度ではない。
「すいません。完全に失念してました。川の方にだけ注意してそこで待っていてもらえますか?」
彼女の特性なら多分一人にしておいてもしばらくは問題ないだろう。僕はそう声をかけるとアリの巣のような入り口から迷宮の中に飛び降りた。
リートの炎に照らされているおかげで迷宮内は明るい。迷宮は入り口に倣って本当に巨大なアリの巣の様相を呈していた。リートがいたであろう当たりの地面は高熱にさらされて溶けている。なんなら炭化した巨大なアリも転がっている。とりあえず、熱耐性のない生物は死滅していると考えていいだろう。さっさと迷宮の核を抜いて帰りたいところではあるけども、多分入り口が川の中にもあったてことは迷宮の核は水中だよなぁ…面倒くさいなぁ…
リートの力を借りれば水中でも活動できるとは言え気が進まない。迷宮内を蒸し焼きにしておいて何だけどリートの力による水中行動は相当な力技だ。
死骸から使えそうな神臓を回収しつつ迷宮内を徘徊して1時間ほどたったころ。僕は水没したエリアに到達していた。今までの範囲には迷宮の核はなかった。最初の予想通り核は水中にあるという事だ。
「リート、鎧だ。」
僕がそう支持をするとリートが形を変えて僕の体にまとわりつく。リートによって全身を覆われた僕はそのまま水の中に歩を進める。
ジュワァァァァァァァァ!
たちまち水が沸騰して水蒸気となる。
「リート、火力を落とすなよ。このまま水中に進むぞ」
水の壁を炎の熱で押し広げながら僕は探索を続ける。急ぎ足で水中(?)散歩を30分も続けたところで迷宮の核を発見した。
一際広い部屋にあったそれは、危険生物の神臓とは違い、青く濁った水晶のような見た目をしていた。迷宮の核は触手のような台座に収まっており、魔素を周囲にまき散らしている。大きさは30㎝ほどで予想していたよりも二回りほど大きい。
「リート、左手だけ鎧を外してくれ。迷宮の核を抜く。」
僕は左手で迷宮の核をつかむと右手で台座を破壊した。途端に迷宮の核から魔素の放出が止まる。迷宮の核から放出される魔素はいわば迷宮の老廃物の様なものだ。迷宮内の生物から吸い上げた負の感情を酸素とするならば、魔素は二酸化炭素だ。兎に角、たった今この迷宮は閉鎖されたのだ。後は市役所に帰投して迷宮の核を提出するだけなのだが少し気になることがあった為、川底にあった入り口を探すべく探索を続ける。ここまでの探索で水生生物ベースの危険生物を見ていない。そんなことは普通ならあり得ない。ありえないことがあるという事はもっと大きな問題が起きているのだ。
ほどなくして僕は川底の入り口に到達する。こちらの入り口は河川敷のものとは違って垂直ではなく斜めの穴だ。そして何より河川敷の入り口の倍近い大きさがある。
その入り口を見て僕は今朝の話を思い出していた。
狛江市役所で欠員が出た。
渋谷さんは確かにそう言っていたのだ。ここから数㎞も川を下れば狛江市の管轄域に入る。多分この入り口無関係じゃないよな…
迷宮内の水生生物を食べ尽くして迷宮外に出た個体がいる。高濃度汚染によって変異した個体は多くの場合、肉体の維持に神臓のリソースを使用する。だから、迷宮から長時間離れることができない。だが、この入り口から高濃度汚染水が下流に向かって垂れ流されていた。つまり迷宮外でも活動可能なエリアが下流の狛江市に向かって広がっているのだ。
だけど、僕がさっきこの迷宮の核を抜いてしまった。数日のうちにこのあたりの汚染濃度は居住区レベルまで下がるだろう。
危険生物が迷宮に依存せずに生きる方法は一つだけだ。それは他の生物の神臓を喰べ続けることだ。
僕は急いで川から上がるとリートの鎧を完全に解除し湊さんに声をかける。
「湊さん、僕は川を下ります。あなたは鳴上に伝言をお願いします。」
「どういうことですか?それに伝言って…」
迷宮の入り口ではなく川から上がってきた僕に戸惑いながら湊さんが慌てふためく。
「説明は後でします!兎に角、鳴上に伝言を!狛江で大量食殺が起こると伝えてください!」
僕は湊さんにそう指示すると河川敷を川下に向かって移動を始めた。