人間やめますか?探索者やめますか?
肉体の正常化能力も成長する。普通に生きていればまず起こりえない現象である。筋肉であれば重たいものを持つ。持久力であれば走り込みをする。体を鍛える方法は目的に応じていろいろある。ならば正常化能力を鍛えるためにはどうするか?異常状態から回復すればいいのだ。怪我をする、毒に侵される、等々正常でない状態というのはいくらでもある。
例えばムカデの毒に侵されて代謝する。そうすればムカデの毒に対する耐性とともに正常化能力も気づかない程度に成長をする。そういったことを繰り返すうちに少しずつ、体が正常な状態を保つ能力は成長していく。
そして、迷宮内では濃厚な魔素による汚染で神臓から過剰に溢れ出すエネルギーリソースで正常化能力は常に暴走状態にある。最初のうちは特に影響がないが何度も繰り返すうちに老化を異常として識別するようになるのだ。まず、老いが止まる。そしてその次に起こるのが若返りだ。
大体目安としては、Dランクになる程度の実績を積んだあたりで老いが止まる。Cランクになる頃には体が全盛期の年齢にまで若返る。そこまで説明して僕は湊さんに問う。
「神臓喰いをせずに経済資源指定迷宮に潜り続けるだけでも10年以内に人間の枠から外れることになります。まぁ、大概の探索者はDランクになる前に迷宮の肥やしになるので人間のまま死ねますが、それでも探索者を続けますか?」
湊さんは答えない。僕は更に続ける。
「あなたの年齢を見る限り、これが初めての職業ってこともないでしょう?即答できないのであれば元の仕事に戻られたほうがいいのでは?」
「それは…嫌です。もうあの仕事はしたくありません…」
湊さんは絞り出すような声で答える。
「深くは聞きませんが、覚悟はしておいてくださいね。Eランクまでならまだ引き返せますから。」
「どうして…どうしてそんな…?」
湊さんの疑問を先読みして僕は言葉を被せる。
「簡単な話です。迷宮探索者は減りすぎても増えすぎてもいけないんですよ。鉱物資源が採掘しにくい現代日本において迷宮から産出される鉱物資源は無視できませんし、危険生物の駆除も重要です。迷宮産の神臓は燃料価値が高く有線通信や社会インフラの維持には欠かせません。だから居なくなると困る。」
「だったら!」
僕は口を挟もうとした湊さんを手で制して話を続ける。
「でも、迷宮探索者は人間ベースの危険生物予備軍なんですよ。そんな人間は沢山いては困るんです。だから経済資源指定迷宮に同時に入れる人数を制限して生還率を下げて間引きをするんです。そうすることで迷宮は育ってより良い鉱物資源を生み出すようになる。厄介者の数は減る。Eランク以下の生還率は一般的に4割でしょうか?調布市管理の経済資源指定迷宮は鳴上の引率のお陰で生還率は8割程度ありますが。」
僕は一息にまくし立てると最後に付け加えた。
「つまり、我々は使い捨ての社会インフラなんですよ。」
湊さんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。彼女をこの仕事に導いた耳障りの良い言葉を思い出しているのだろう。少し喋りすぎたかな?まぁ良いや。話題を変えよう。
「ところで湊さん、気分の乗らない話はこの辺で終わりにして危険生物との戦い方を復習しましょうか?さっきのムカデとの戦闘内容も踏まえてやりましょう。」
「あ、はい。お願いします。」
あからさまに話を変えた僕に湊さんは同意してくれる。鬱々とした話からは目を背けたいはずだ。
「迷宮内では我々も危険生物も正常化機能がバグってるのでお互いに酷くタフになります。なので、いかに相手の正常化機能を喪失させるかが大事になります。」
湊さんは頷きながら耳を傾けてくれている。
「一番わかりやすいのは神臓を砕くいて即死させるとかですね。それをやると収入が減るので悩みどころです。」
砕けた神臓は燃料価値が下がるため買取価格が恐ろしく下がるのだ。
「それ以外だと手足を切り落とす等で相手の継戦能力を奪って最終的に重要臓器を破壊して止めを刺すなんて方法もあります。リートが最初にやってたやつですね。手間はかかりますが神臓を持ち帰るならこのやり方が一番確実です」
「さっきのムカデは何が正解だったのでしょうか?」
湊さんは麻痺毒に侵されたことを気にしているのか、自分の問題点を聞いてくる。
「一対一の戦闘なら相手が死んで自分が生きていればそれが正解ですと言えたら良いんですが、毒虫ベースの類は頭を潰したら体液を浴びないように即座に距離を取るべきでしたね。ムカデが2匹居たら今頃ムカデと人間のハーフが生まれてました。」
湊さんがむっとした顔になる。自分で言葉にしておいて何だがデリカシーが足りてないな。後の祭りだ。
「続けますね。さっきの変化形で正常化機能が働かないタイミングで重要臓器を潰すってのもあります。正常化機能は怪我をした順番に回復していくので最初の傷が治りきる前に次の傷をつければその傷はしばらく残ります。なので、大量に傷をつけた後に重要臓器を潰せば回復が間に合わなくて死に至ります。」
「最初に重要機関を潰すのはダメなんですか?」
もっともな質問だ。
「危険生物に限らず、野生動物って心臓潰しても即死しないんですよ。個体にもよりますが大体10秒くらいは生きてるんですね。そうすると迷宮内なら回復が間に合うことがあります。武器を突き立てたままでいられるなら良いのですが一対多数だとそうもいかないので推奨しません。というか一対多数の時は欲をかかずに逃げるか、神臓を潰してください。」
「頭を落とすのはどうですか?」
「相手によりますね。頭の方は死んでも体だけで大暴れするような奴もいるので。最終的には死にますがそれまでの時間をしのぐ必要があります。さっきのムカデがその状態ですね。」
僕は燃え盛る腕を迷宮の入り口に突っ込むと最後の方法の説明を始める。
「生き物ベースであれば、神臓のリソースは主に食事と呼吸から供給されます。なので肺を潰してやるとリソースの回復が阻害されて正常化機能を喪失します。肺の再生さえ阻止すればその段階で呼吸ができなくなり死に至ります。今からやって見せますね。」
僕は念のため入り口の周りに迷宮探索中の目印がないかを確認する。管理されていないを探索する際は侵入日時と人数を入り口に残すことで人間同士の争いを回避するのが目的だ。よし、先行はいない。
「リート、中を温めてくれ」
僕の指示によって炎の魔人は迷宮内に業火の嵐を巻き起こした。
迷宮探索者は現在の狩猟従事者のイメージです。行政的には害獣駆除のために居てほしいけど、警察としては銃所持者は少ない方が良い。そんな感じの。