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山吹色の炎と蠱惑の香り  作者: 都会の犬
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明日、空は落ちてくる

「湊さん。これから迷宮に向かうわけですが最初に伝えておくことがあります。うすうす気が付いているとは思いますが、居住区での僕は恐ろしく弱いです。当たり所によっては子供の投石で死にます。」

僕の言葉を理解できないのか湊さんは困惑した表情を浮かべる。彼女が理解しやすいようにさらに情報を付け加える。

「訳あって僕は常に神臓のエネルギーを消費し続けています。居住区レベルの汚染濃度では回復が追い付かないので僕の神臓は常にエネルギーが枯渇しているので神臓による肉体の正常化が機能していません。なので、間違ってもその金砕棒を僕にぶつけないでください。」

困惑した表情のまま湊さんが疑問を口にする。

「あの、師事しておいてこんな事を言うのは失礼かもしれませんが、そんな体で迷宮に潜って平気なんですか?」

「汚染濃度が高くなれば消費に対して回復の方が多くなるので問題ありません。むしろ、迷宮内の方が具合がいいまであります。」

僕はFランクの頃に遭遇したトラブルによって自分が精神汚染耐性を持っていることを知った。その代償として神臓に不具合を抱えることになったわけだが。

「せっかくなので迷宮に着くまでの間に義務教育のおさらいをしましょうか?」

この日本という国には幸いなことに義務教育という概念が未だに現存している。都市によって教育期間や内容に多少の差はあるものの、読み書き計算、基本的な自然科学や迷宮についての知識を学習している。そのほかに高等教育まで受けるのが普通だったそうだが今そんなことをしているのは文明再興に躍起になっている学者たちだけだ。そして文明再興に関してはそれなりに成果もある。有線通信網の構築や生物から取り出した神臓の燃料化等はその最たる例だ。神臓の燃料化が実用化された当時は、倫理だの道徳だのと問題になったそうだが便利さには代えられなかったらしく今は普通に受け入れられている。

「危険生物について答えてください。これから向かう迷宮は多摩川河川敷に有ります。予想される危険生物は何ですか?」

基本的な知識の確認とは言え簡単すぎる質問に湊さんは顔をしかめる。

「あの、私のこと馬鹿にしてます?河川敷なら水生生物ベース、あとは蛇や蜥蜴みたいな爬虫類ベース、そして最も基本となる昆虫ベースですよね?」

「概ねその通りです。迷宮による高濃度汚染で変異した場合、脅威度の高いものは?」

不機嫌な彼女を無視して僕は質問を続ける。

「昆虫ベースです。体格をそろえた場合、昆虫の膂力や外郭の堅牢さは人間の数十倍になります。」

基本的に彼女の答弁に問題はない。だが、迷宮は命のやり取りを行う場所だ。遭遇率が低い相手もそこに『居る』前提で考えなければならない。いざと言う時に心構えが有るのと無いのとでは生存率が明らかに違う。

「遭遇率も加味して湊さんの回答は及第点ではありますが、満点ではないですね。」

「山吹さん、ひょっとして『無核生物』のことを言われてます?」

無核生物とは文字通り核を持たない生物だ。迷宮付近の高濃度汚染地帯にまれに発生する水や火などを基にした危険生物だ。核となる神臓を持たないため、最初に近づいてきた生物に寄生して肉体と神臓を手に入れる。その際、宿主は完全に洗脳され自我を失い、新たな生物として生まれ変わる。仮にカマキリの危険生物に水の無核生物が寄生したら高圧水を放つ巨大カマキリが生まれるかもしれない。

「その通りです。無核生物の寄生した危険生物の脅威度は理解できますよね?」

重箱の隅をつつくような僕の質問に彼女はさらに不機嫌になる。本当に僕は人と話すのが下手だ。そして彼女が口を開く前に更に続ける。

「そして、われわれ人間にとって最も恐れるべきは無核生物そのものです。なぜなら基本的に寄生に対して抵抗できません。そして寄生されたら洗脳されて自我を失って目覚めることはありません。駆除対象になって最終的にほかの探索者に駆除されます。つまり寄生された時点で人間としては死にます。」

迷宮に近づいて汚染濃度が上がってきたのか、神臓が満たされていくのを感じる。そろそろだな。

「そんな、『明日、空が落ちてくるかもしれない』みたいな、ありもしない話をしないでもらえますか!」

彼女は怒りもあらわに僕に食って掛かる。彼女からしてみれば先輩風を吹かせたいだけの嫌なベテランに見えるだろう。当然だ。無核生物に人間が寄生されるなんて万に一つくらいしかありえない。でも可能性は0ではないのだ。


「良いですか?湊さん。明日、空は落ちてくるんです。」


僕の右腕から勢い良く山吹色の炎が吹き上がった。



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