暑苦しい友人と面倒な新人
「お~い。山吹~」
市役所の敷地を出たあたりで肩に長槍を担いだ男から声をかけられる。
「相変わらず具合悪そうだな!」
そう声をかけてきたのは同期のCランク探索者の鳴上だ。彼は面倒見がよく後進育成のためにと低ランクの探索者とチームを組んで迷宮に潜っている。ここ数年の新人は殆ど彼の生徒だ。派閥みたいになっているので少し面倒くさい。そして、このタイミングで声をかけてくるってことは多分面倒な話を持ってきている。間違いなく。
「お前の生徒なら連れて行かないからな。」
話を先読みして僕は先手を打つ。
「いや、聞く前から断るなよ。」
「そもそも僕のやり方は全く参考にならないだろ?」
「そうでもないさ。ちょいと訳ありでチームを組んだものの迷宮に入る段階で躓いててな。それならいっそ単独で潜れるようになろうってことで、単独迷宮閉鎖数が調布市TOPのお前に指導を頼みたいわけよ。」
「待て待て待て。迷宮に入れないって相当問題じゃないのか?彼だか彼女だか知らないけれど、多分探索者向いてないから別の仕事を探すべきだと思うよ?そいつ。」
「そう頭ごなしに否定するなよ。基本的な戦闘技能は問題ない。迷宮探索者としての最低限はある。あと、持ってる特性がすこぶる良い。動物ベースの危険生物が相手なら多分問題ない。問題ないどころか完封できる。」
その話を聞いて何となく察しがついた。鳴上がわざわざ僕に泣きついてきた理由は僕の経歴ではなく特性を知っているからだ。
「えーと。確認するけどそいつの特性って僕に効く?」
「俺にはテキメンに効くがお前には全く効かない。」
「わかったよ。連れてこい。ただし、きちんと払うモノは払ってもらうからな。」
僕は大きくため息をつくと鳴上の要求を呑む。正直なところ鳴上の持つ『発電』の特性は僕の特性と違って物凄く当たりだ。彼は神臓のエネルギーを電気に変化させ、瞬間的に落雷程度の電気を生み出せる。正面からのぶつかり合いで負け知らずで調布の雷神とまで鳴上が僕を頼るということは新人の特性が本人に制御不能かつ何らかのからめ手の性能なのだろう。
「そう言ってくれると思ってもう連れてきてる。湊!了解が取れた!こっちに来い!」
先ほどからこちらをチラチラ見ていた幼さの少し残った整った顔立ちの女性がこちらに向かって歩いてくる。湊と呼ばれた彼女は細身の体に探索者の基本的な装備、つまり頭部を保護するヘルメットと胴体の重要臓器を守る鎖帷子と胸甲を身につけている。武器は…金砕棒?
「スゲーだろ?こんな細っこい体なのに竜巻みたいに振り回すんだぜ。」
何故か鳴上が得意げに説明する。そんな鳴上を無視して僕は湊さんに話しかける。
「初めまして、山吹です。あなたの特性は他者の精神に働きかける類のもので、あなた自身に制御できない上に対象が無差別という認識でいいですか?」
その問いかけに申し訳なさそうに首肯する湊さん。
「安心してください。鳴上が僕を指名したのはきちんと理由があります。これは市役所にも登録されている情報なのでご存じかもしれませんが、僕は特性のおかげで精神に対する外部からの干渉を受け付けません。」
そう、僕の特性はひどく地味なうえに役に立つ場面が少ない『精神汚染耐性』と呼ばれるものだ。魅了や洗脳みたいな外部から精神に働きかける能力に対する強い耐性を持つが、そもそも論として、その手の精神操作系の攻撃にはめったにお目にかかれない。なんとも残念な特性だ。
「僕はこれから多摩川の河川敷に発生した迷宮を閉鎖しに行きます。後進育成は不得手ですがそれでもかまわないのであれば付いてきて下さい。」
僕の問いかけに対して湊さんは真剣な表情で首肯した。
「鳴上、お前はどうする?」
鳴上は申し訳なさそうに首を横に振る。
「俺は行けない。最良の場合でお前が死ぬ。最悪の場合で俺もお前も死ぬ。」
待って。この娘の特性ってそんなにヤバいの?心底嫌なんだけど?
「真剣に。今すぐ。彼女の特性を説明しろ下さい。」
余りの発言にかぶっていた猫がずり落ちてきたが気にしない。
僕の心変わりを危惧したのか鳴上は躊躇うことなく真面目な表情で答える。
「湊の特性は『魅了』だ。居住地レベルの汚染濃度ならちょっとモテる位の能力だが。汚染濃度が上がるにつれて効果が凶悪になる。迷宮付近の汚染濃度なら種族を問わず周りの生物が彼女を手に入れるために殺し合いを始める。」
「きちんと調べたのか?」
「調べた。検査員には金を握らせて検査はしなかった事にさせてある。」
市役所で安くない料金を支払うことで特性の有無、内容を調べることができる。迷宮探索者になりたてのFランクが払える額ではないので、おそらく鳴上が建て替えたのだろう。
だが、市役所で実施した検査記録は探索者情報に紐付けされて公の情報となる。そしてそうなった場合、僕や鳴上の寝覚めが悪くなる事態が彼女に襲い掛かるはずだ。
「鳴上、彼女の指導を引き受ける報酬だが前払いで金100g出せ。」
「ずいぶん吹っ掛けるな。」
「当たり前だ。彼女の特性の話が事実なら迷宮内の危険生物が普段以上の闘争心をもって僕に襲い掛かってくるんだろう?」
僕の問いかけに鳴上はバツが悪そうに頬を掻く。
「わかった。払う。」
鳴上が折れた。
「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。」
いたたまれなくなった湊さんが僕と鳴上に頭を下げようとするが、僕はそれを制して頭を上げさせる。
「このお節介おじさんの鳴上は新人の生存率を上げたい。自分では対処できないので人を雇った。それだけの話です。」
ぼくはそうやって話を打ち切ると、鳴上と別れて厄介な新人を連れて歩き出した。
この世界では内燃機関の喪失によって海外との交易手段が著しく困難になった結果、経済が金本位制に後退しています。金の価値は現代日本より少し高い程度と考えて下さい。迷宮から算出される為、流通量は増えていますが入手の危険性が高くなっているため少し価値が上がっています。大体1gで1万円くらいと思っていただければ。




