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山吹色の炎と蠱惑の香り  作者: 都会の犬
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蠱惑の神髄

「ぅおりゃぁぁぁぁ!」

半ばやけくその様な気合とともに蟻の顎を振り下ろす湊さんを眺めながら、僕はこの先の事を考えていた。彼女を育てたとして、迷宮閉鎖専門の探索者として独り立ちさせても生活していけるのだろうか?基本的には僕と迷宮の奪い合いをすることになる。彼女の人となりは正直まだわからないが、多分僕と競い合うという状況を快くは思わないだろう。


「えぇぇい!この!さっさとあの世へ行きやがれぇぇ!」


 僕の思考を遮るように湊さんの怒号が聞こえてくる。どうやら苦戦しているようだ。しかし、思ったより過激な性格なのだろうか?なんかすごい勢いで滅多打ちにしている。鈍いとはいえ、動き回る標的に対してなかなか急所を捉えられないようだ。

 だが、滅多打ちにした甲斐あって蟻の頭部をぐちゃぐちゃに叩き潰すことに成功した彼女は肩で息をしながら僕の方を振り返る。顔が怖い。

 「湊さん、お疲れ様です。少し休憩にしましょう。」

僕は彼女の表情に気が付かない振りをしてねぎらいの言葉をかける。ちょっと怖いので蟻の死骸から神臓を取り出す作業を始める。幸い神臓は無傷で取り出せたので彼女に握らせる。

「これはあなたが危険生物を討伐した証です。自分で資源として使用しても良いですが、市役所で売却すれば討伐実績として記録されます。FからEへのランクアップは特にデメリットもないので市役所への売却がおすすめです。」

「え?あ、はい。ありがとうございます。」

湊さんは僕から神臓を受け取るとポケットにしまい込む。

「何個ぐらい納めればランクアップできるんですか?」

もっともな疑問を湊さんが口にする。

「危険生物の神臓なら大体100個くらいですかね?納品できる物は神臓以外でもありますよ。骨や外殻なら武具や道具の材料になりますし、可食部位なら高級食材扱いです。」

実際には経済資源指定迷宮で貴金属やら鉄やらを入手する方が実入りは良いのだがその部分にはあえて触れない。入れない場所の方が実入りがいいなんて情報を聞いて喜ぶ人間など居るわけがない。それに危険生物の種類によっては金銀よりも価値があることもあるのだ。嘘は言っていない。

 「とりあえず、危険生物の体の一部を持ち帰るときは生産業の人から直接依頼を受けるか、市役所の依頼表を確認してください。運が良ければ討伐依頼と採集依頼の対象が同じで、乙女の夢、礼金の二重取りが狙えます。」

 「何ですかそれ?そんなの聞いたことないですよ?」

 「昔読んだ本にそう書いてあったのですが…違うんですかね?」

 「違うと思います。」

 僕の言葉に湊さんがきっぱり答えてくれる。気が付けば彼女の表情が般若の形相から普通の表情に戻っている。どうやら落ち着いてくれたようだ。

 「そう言えば山吹さんて、迷宮内だと具合が良いって言われていましたけど、明らかに具合が良いを通り越してません?」

 「あー、その事ですか。昨日話したことを覚えていますか?肉体の正常化機能が成長するって話。あれ、別に正常化機能に限った話じゃないんですよ。僕の神臓は常に枯渇状態にさらされています。なので、体が神臓を早く回復させるために魔素の濾過吸収効率を成長させたんですよね。今の僕の魔素の吸収効率は殆ど100%位です。」

僕の発言を受けて湊さんが目を丸くする。無理もない。普通は呼吸による酸素の吸収効率が大体15%位だろうか?呼吸による魔素の吸収もほとんど同程度だ。

 だが、迷宮内の汚染濃度で100%の効率で魔素を吸収できるならもはや神臓のリソースは無尽蔵と言っても差し支えはない。

 「ひょっとしなくてもリートさんて滅茶苦茶燃費悪いんですか?」

 湊さんの素直な感想を聞いた僕は苦笑いするしかない。周辺の温度が少し上昇する。馬鹿にされたと感じたリートが怒っているのだ。

 「ヤマブキ。この失礼なメスを焼却しましょう。」

リートが右手に火球を生み出しながら提案してくるが、僕はそれを左手でなだめつつ湊さんに声をかける。

 「リートの燃費が悪いのは事実ですが、謝ってあげてください。」

 「え?あ、ごめんなさい。ただ、迷宮を丸ごと焼却したりしていたので、なんか凄いなって思って…」

湊さんの言葉を聞いたリートは面白くなさそうに生み出した火球を迷宮の奥に放り投げる。


ボウ!


迷宮の奥から現れた満身創痍の巨大蟻が火球によって火達磨になっている。どうやら湊さんの魅了に誘引された危険生物同士で潰し合いながらここまで来たらしい。

「僕が言うのもなんですが、ほとんどノーリスクでこの性能は羨ましいですね。」

昨日の河川敷では現れる端からリートに焼却させていたことと解放空間であったために危険生物同士があまりかち合っていなかった事が重なって彼女の魅了の真骨頂が見えていなかった。

だが、迷宮内という閉鎖空間ではよほど強力な個体を誘引しない限り必ず手負いの危険生物と一対一だ。手負いの獣は危ないなんて言説があるが、あれはあくまで気が立っていて好戦的程度の意味合いだ。お互いに最初から殺しあう心算なら無傷の方が手強いに決まっている。

「迷宮を丸ごと焼き払う人に褒められても微妙な気持にしかなりませんよ。」

湊さんが苦笑いしながら謙遜する。

僕は彼女に休憩が終わりの旨を伝えて迷宮の奥へと歩を進める事にした。

この迷宮は今のところ曲がりくねってはいるものの分岐はなく定期的に小部屋が現れてはボロボロになった危険生物に遭遇するといった感じだった。この分なら迷宮の核にもそこまで時間をかけずに到達できそうだ。後は、迷宮の主が居ると仮定してどこで遭遇するかだが…

「山吹さん。慣れるとアリの顎も結構いいですね。思ったより頑丈ですし、この尖った所でうまい具合に叩くとキレイに刺さりますし。何より使い捨てにしてもお財布が痛まない!」

湊さんの言動が少しおかしい。ちょっと、無理をさせ過ぎたのかもしれない。彼女は何本目かの蟻の顎を投げ捨てると、ニコニコしながら止めを刺したばかりの蟻から顎を引き抜く。

「湊さん。今度は解体もキチンとやりましょう。依頼を受けて必要な部位を取り出す技術も練習が必要です。力任せに引きちぎるとダメになってしまうものもありますので」

僕の声掛けに彼女は笑顔で首肯する。あぁ、うん。あれだ。この調子なら獲物の解体も楽しめるに違いないと言う事で良しとしよう。

そんなことを何度か繰り返すうちに僕たちは無事に迷宮の最深部にたどり着いたのだった。


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