泥臭い稼業
鍵山を焼却した熱気で汗をかくほど暑い迷宮内の温度がリートの一言で一気に下げられた為、僕は慌てて話題を変えることにした。
「えーと。とりあえずこの迷宮の核を抜いてしまいましょう。放っておけば危険生物が迷い出て人的被害が出ますし、昨日はあまり、参考にならなかったでしょうから。」
「あ、はい。そうですね。よろしくお願いします。」
あからさまに話題を変える僕に湊さんも追従してくれた。ありがたい。そういえば道中で湊さんは金砕棒を破棄してしまっている。帰りに回収できるとは言えこのまま探索では実地訓練に支障が出る。いや、順番はぐちゃぐちゃだが装備を喪失した際の対処を学んでもらうか?
「湊さん、予備の武器は何か持っていますか?」
「いえ、その。あまり持ち合わせがなかったので予備までは…」
なるほど、予想通りの答えだ。
「荷物が増えすぎてもいけないので同じ武器を2本持つ必要はありませんがある程度収入が入ったら予備は準備しましょう。おすすめは複数用途に使えるものですね。」
僕はそう講釈を垂れながら辺りを見回し赤ん坊の頭ほどの石を見つける。それを湊さんに握らせてさらに講釈を垂れる。
「例えば戦闘中に武器を喪失してしまった場合、予備がなければそこらの物を活用する必要があります。一番使い易いのは石ですね。投げて良し、叩きつけて良し。強化筋力があるならこれでも十分殺傷力があります。」
「何だか泥臭いですね。」
湊さんは手渡された石をまじまじと眺めながらもっともな感想を漏らす。
「多分、鳴上のヒーロー染みた戦闘を見てるからそう思うんでしょうが基本的に泥臭くて血生臭い稼業なんですよ。迷宮探索者は。」
「ヤマブキ、何か来る。」
講釈を垂れる僕を遮るようにリートが警告を発する。迷宮の奥の方から現れたのは巨大化した蟻だった。体長が1m程に変異したその蟻は昆虫特有の無機質な目をこちらに向けると顎をわななかせながら突っ込んできた。
「リート、足を落とせ。」
シュボ!シュボ!
リートが僕の指示を受けて熱線を二度放ち蟻の6本ある脚をすべて焼き切る。足をもがれた蟻は巨大な顎をギチギチと鳴らしながらのたうっている。
「湊さん、試しにその石で蟻に止めを刺してみてください。」
「え?私が止めを刺すんですか?」
「はい。まずは間に合わせの武器で命を奪う為の力加減を知ってもらいます。」
躊躇する湊さんを促すように僕は一歩下がる。彼女はのた打ち回る蟻の顎に捕まらない様に慎重に近づくと頭に狙いを定めて石を振り下ろす。
ガツンと良い音がしたが蟻に変化はない。再び狙いを定めて振り下ろす。今度はぐしゃりという音とともに石が蟻の頭部にめり込む。が、蟻は依然としてのた打ち回っている。
「あの、頭を砕いても変化が感じられないのですが…」
「そりゃそうです。昆虫に痛覚はないって言われていますし。そもそも人間のような脳みそがあるわけでもないですから、多少頭に石がめり込んだところで気にも留めないでしょう。今だって足がなくてうまく歩けないから藻掻いているのであって、痛みでのた打ち回っているわけではないと思いますよ?」
僕の回答に対して釈然としないものを感じたのか湊さんは表情を曇らせたものの次なる石を拾って蟻にたたきつける。結局、4つ目の石を頭と胸の接合部にめり込ませたところで蟻は絶命した。
「お疲れ様です。湊さん。これで間に合わせの武器での力加減は理解できたかと思います。実際には動き回る相手に今のをやるのでもう少し手間がかかるとは思いますが少しづつ難易度を上げて練習していきましょう。練習相手はいくらでも来てくれますので。」
僕の発言に湊さんはあからさまに嫌そうな顔をする。だが、単騎で迷宮に潜るなら身に着けておくべきだ。何より間に合わせの武器で戦えるならそれだけ気持ちに余裕が出るからだ。
僕は動かなくなった蟻の頭を確認すると指でなぞる。
「リート、今なぞったところで焼き切ってくれ。」
僕の指示通りにリートが蟻の頭を焼き切ってくれる。僕は焼き切られた頭から蟻の顎を引き抜く。少し持ちにくいがちょっとした鉈のようだ。僕は引き抜いた蟻の顎を湊さんに手渡す。
「あの、これでどうしろと?」
「次の間に合わせの武器です。」
僕の回答に湊さんがげんなりする。石の次は無視の死骸だ。新人迷宮探索者からすれば不満しかないだろう。10分もあれば落とした武器を拾える距離なのだ。それなのにわざわざ間に合わせの武器で訓練などしたくないのだろう。でも、毎回すぐに武器が回収できるわけではないのだ。
「今度はそれで止めを刺してみましょう。さっきので分かったかと思いますが基本的に昆虫は頭と胸のつなぎ目を潰すと死ぬことが多いです。」
僕はそう言い放つと迷宮の奥へと歩を進める。しばらく進むと巨大な蟻同士が殺し合いをしている現場に出くわした。
魅了の影響下に入ると湊さんを手に入れるために殺し合いを始めるとは聞いていたが、確かにこれなら生物相手であればほぼ完封できるかもしれない。ほどなくして蟻同士の殺し合いは終結した。生き残った蟻も足を3本失っており随分と動きが鈍い。練習相手には丁度良さそうだ。
「湊さん、次はアレに止めを刺してみましょう。」
湊さんはあきらめた表情で蟻の顎を握りしめていた。
読んでくださっている方にはお待たせして申し訳ありません。三日ほどお休みさせていただきました。また、極力毎日更新していきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。