不平等な時間
湊さんを小屋に放り込んだ僕は自分の寝床をどうするか思案していた。誰かに泊めてもらうとは言ったものの、それほど当てがあるわけでもない。ノープランで歩き回っても疲れるだけなので行きつけの食堂に行くことにした。
「お、山吹さんいらっしゃい!おや?噂の彼女は一緒じゃないのかい?」
「違いますよ、女将さん。今日連れ歩いていた女性は鳴上の頼みで預かっている新人です。」
「何だい、違うのかい?あんたもいい加減、身を固めたらどうだい?幾ら見た目が若いと言ってももう40だろ?」
「いやいやいや、僕みたいな浪費家が所帯持つなんて無理に決まってるじゃないですかー」
僕は女将さんと談笑しつつカウンター席に座る。カウンター席以外にもテーブル席がいくつかあるが、僕のような一人客はカウンターに座るのが面倒がなくていい。もっとも今日はグループ客が多くてテーブル席は空いていないが。
僕は女将に一食分の料理を注文するとテーブル席の方を見る。なるほど。今日はパンとブラウンシチューか。この店は基本的に選べるのは量だけだ。料理は女将がその日に食べたいものを大量に作りそれを提供するスタイルだ。何が出てくるかはわからないがメニューに悩む必要がないので僕はこの店が好きだ。
僕はシチューをスプーンですくいながら今後の事を考える。湊さんが探索者を続けるにあたって解決すべき問題はいくつかある。その一つが探索者ランクだ。経済資源指定迷宮に潜る以外で安定して稼ぐ道は二つ。僕の様に経済資源指定される前の迷宮を探して閉鎖するのを専門にする道。もう一つは迷宮から迷い出た危険生物を駆除するのを専門にする道。どちらの場合でも、調布市以外でも自由に活動出来る必要がある。だがそのためには単独での越境活動権限が手に入るDランクまで上げねばならない。
Eランクまでは活動実績が評価されれば上がれるがDランク昇格のためには活動実績だけでなく特性検査を受けて市役所に結果を登録する必要がある。これは、中級以上の迷宮探索者が問題を起こした際に警察が制圧しやすくするためだ。もっとも、上級の迷宮探索者が問題を起こしたら手の内が分かっていても制圧は無理だろうが…
今回の検査結果は鳴神の手配でなかったことに出来たが、昇格時の情報改竄となれば話は別だ。大金を握らせても恐らく断られる。
別の手段としてはCランク以上の迷宮探索者が下級の迷宮探索者を一名帯同させることができるのを利用して他の迷宮探索者に随伴する方法がある。しかし、湊さんとチームが組めるとなると相手がだいぶ限られてくる。魅了にかかった人物がその後どうなるのかがわからない以上、だれでもいいというわけではない。
彼女がEランクに上がるまでは最悪、僕とチームを組む事で越境活動権が手に入るのでなんとかなるが、それではいつまでも独り立ちができない。
まぁ、どんなに急いでもFからEにランクが上がるのに3か月はかかる。その間に何か手を考えるとしよう。それに僕が今すぐに考えるべきなのは今夜の寝床の事だ。僕は自分の中でそう結論を出すと残りのシチューを飲み干した。
食事を終えた僕が店を出ると辺りはだいぶ暗くなっていた。僕はそのまま露店の立ち並ぶエリアへと足を向けると生鮮食品がないかと物色する。幸いなことに大量のリンゴを店先に並べている店を見つけた。僕はそこで2ダースほどリンゴを購入すると懇意にしている孤児院へと向かった。
「おや?山吹さん、こんな時間にどうされましたか?」
孤児院のドアをノックするとロングヘアーの女性、施設長の村上さんが迎え入れてくれた。
「急で申し訳ないのですが、訳あって自分の小屋が使えないので今夜一晩止めていただけないかと思いまして。あ、これ施設の子供たちに。」
ぼくは手土産のリンゴを渡しながら一晩の宿を無心する。
「それは構いませんが子供たちと同じ部屋でもよろしいですか?」
「ありがとうございます。それで大丈夫です。」
僕はお礼を言うと子供たちが集まる部屋に向かう。
「あ!山吹のおじさんだ!」
「今日のお土産は何?」
僕に気が付いた子供たちがこちらによって来る。
この第3居住区の施設には7人ほどの孤児がいる。上は12歳から下は7歳まで、みな親を危険生物に殺されたりした子供たちだ。
「今日はリンゴを持って来たよ。村上さんに渡してあるから後で貰うと良い。」
僕は子供たちにそう答えながら、子供たちの頭をなでる。
「みんな何か足りないものはあるかい?」
僕の問いかけに子供たちはいっせいにあれやこれやと言い始める。
もともと子の孤児院はあまり裕福ではなかった。否、裕福な孤児院なんてものはこの世にないのだろう。少なくとも僕は見たことがない。
貧困は心を荒ませ軽率に犯罪に走らせると僕は考えている。実際、他の居住区では施設が受け入れきれなかった孤児による窃盗などの犯罪が多く、治安の悪化に貢献している。居住区の治安が生存率に直結する僕にとって、治安の悪化は唾棄すべき事態だ。そこで僕は考えた、”零れ落ちる子供を救えば治安が良くなる”と。孤児院に惜しみなく投資した結果、少なくともこの居住区では親を亡くした子供が犯罪に走ることはなくなった。
インフラへの投資、社会福祉への投資、個人の資産でそんなことやっていれば、当然金はいくらあっても足りない。こんな経済状況で所帯なんて持てるわけがないのだ。何より老いを超越した迷宮探索者にとって定命の者との暮らしは多分耐えられない。
「自分だけが取り残されるのが分かってて所帯なんか持てるかよ」
僕は女将の言葉を思い出しながらそうつぶやいた。