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山吹色の炎と蠱惑の香り  作者: 都会の犬
12/20

仮住まい

 私が山吹さんに連れられてたどり着いたのは第3居住区だった。調布市の居住区は第1区から第13区まである。以前私が住んでいたのは第9区にある色街だ。経済資源指定迷宮に近い第9区は年に数回、迷宮の危険生物が迷い出てくる。両親は小さな商店を営んでいて、私も義務教育修了後は店を手伝っていた。17歳の時に危険生物に両親と店を奪われ借金だけが残った。そこからの5年間はあまり思い出したくない。何の後ろ盾もない私にとって衣食住を確保しながら借金の返済をするためには色街で働くしかなかったのだ。粗暴な男たちに酌をし、時には春を売り、何とか借金を返し終えたころ、勤め先の店の用心棒をやっていた男の誘いで迷宮探索者になった。あの町から出られるのなら何でもよかったのだ。

幸い子供のころから力は強かったのでなんとかやれる心算でいた。少ない蓄えで中古の防具を買い、剣は扱いが分からないので鉄製の棍棒を買った。私を誘った男は私が軽々と棍棒を振り回すのを見て驚いていたが特に何も言わなかった。

ようやく迷宮に潜る段になって私はつくづく自分に運がないことを知った。この辺りでは有名なベテランとチームが組めた時は運がいいと思ったが、色街から一緒に出てきた男が突然暴れだしたのだ。

ベテランの男、鳴上がその場を収めてはくれたもののどうやら原因は私にあると言われて市役所で特性検査を受けさせられた。私には到底払えない額の検査料だったが彼は気にするなと言って強引に話を進めた。検査結果を見た彼は顔色を変え検査官に何やら握らせると私に言った。私にはどうやら厄介な特性があるらしい。自分は助けになれないが助けになれそうな人を紹介してくれると言うので一緒に市役所の外で待つことにした。

有名人の紹介だ。どんな頼もしい人が来るのかと思えば現れたのは神臓に不具合を抱えた男だった。鳴上が言うにはこの男なら私の厄介な特性も問題ないのでこの男の下で学べと言う事らしい。

見るからに不健康そうな男の名は山吹というらしい。色街に戻りたくない私にとっては藁にもすがる思いだったが実際につかめたのは藁よりも頼りない男だった。実際本人の口から子供相手でも死ぬ可能性があるほど体が弱っていると聞いた時は眩暈がした。本当に大丈夫なのだろうか?と。

山吹と名乗ったその男は経済資源指定迷宮ではなく閉鎖指定迷宮の探索が専門らしい。やたらと講釈を垂れては先輩風を吹かせる彼に私は辟易していたが我慢するしかなかった。

いろいろな不運が積み重なった結果、私の我慢が限界を迎えたその時、私は山吹に当たり散らしていた。きっとこの男は私を馬鹿にしていると。そう思ったからだ。

明日空が落ちてくるわけがないと言った私に、彼は「明日空が落ちてくる」と言ったのだ。事実、彼には空が落ちてきたことがあったのだ。私は人間よりも危険生物に近い人間に師事していることを知った。

そこから先はもはや怒涛だった。まるで羽虫を払うかの様に危険生物を薙ぎ払う彼はまさに怪物だった。迷宮さえも焼き払って見せた彼は、終始、私に何が出来て何が出来ないのかを知ろうとしているようだった。多分、彼なりに私を指導しようとしてくれていたのだと思う。

狛江市での騒動が片付いた後、私の住む場所の話になった。どうやら私が調布市役所の合同宿舎に居るのは具合が悪いらしい。

山吹さんに仮宿の心当たりがあると言うので第3居住区まで来たのだがそこで私は驚いた。第9居住区とはまるで違う。

「あの、この居住区やたらと浄水器が多くないですか?」

私の疑問に疲れた顔の山吹さんが答えてくれる。

「あー。僕の稼ぎを全部突っ込んで作りまくったんですよ。どこでも浄水が飲めるように。生水飲んだら最悪死ぬ可能性があるので。」

私は迷宮よりも居住区の方が命の危険度が高い人間がいるなんて考えもしなかった。普通の人間なら少しお腹を下す位の事でも彼にとっては死の危険性があるのだ。

「お、山吹さんおかえり!」

道行く人たちが親しげに彼に声をかけている。どうやら、彼自身のための設備は居住区の住民の生活レベルを底上げしているらしく、彼は人気があるらしい。

「山吹さん、最近牛小屋の屋根が雨漏りがひどくて。」

「それは良くない。牛のストレスは牛乳の搾乳量に悪影響ですね。請求先は僕にしてすぐに修理しちゃってください。あ、この間いただいた牛乳おいしかったです。」

「山吹さん、もう少し炉の火力が出せれば工房の生産性が上がるんだけど。」

「そうなんですか?幾らぐらいかかります?後で改造計画を詳しく。あ、この間いただいた耐熱素材の鞄、すごく重宝してます。」

こんな調子で道行く人々から、都合よく金の無心を受けている。

「あの、こんな事言うのは失礼かもしれませんが、ちょっと集られ過ぎじゃないですか?」

私の心配に対して山吹さんは苦笑いしながら答えてくれた。

「こうやって友好的かつ常に金を使っていれば敵対されることも強盗に遭う可能性も減るんじゃないかと思うんですよ。」

この人、完全な善意じゃなくて打算で動いてるんだ。私はこの怪物に少し親近感を覚えた。

そうこうしているうちに一軒の小さな小屋の前に着いていた。

「今日の処はここを使ってください。」

山吹さんは私に鍵を渡しながらそう言った。

「あの、ここは?」

「僕の小屋です。僕は今日は適当に誰かの処に泊めてもらいます。」

どうやらここは彼の小屋らしい。彼曰く私を誰かの家に預けることも考えたそうだが魅了の特性がどう作用するかわからないので私を隔離することにしたようだ。少なくとも誰かに寝込みを襲われる心配はしなくて済みそうなので私は彼に礼を言うと小屋に入る。

中には寝台と浄水器それと衣服が入っているのであろうタンスしかなかった。どうやら、彼はあまり物持ちではないらしい。

私は防具を外して寝台に腰を下ろすと今日を思い返して見た。結局迷宮には入れず、巨大ムカデを倒しただけで、後は鳴上さんを探して随分と走り回っただけな気がする。出来れば風呂に入って汗を流したいが公衆浴場の場所を聞くのを忘れてしまった。そんな事を考えていたら猛烈な睡魔に襲われて眠りに落ちていた。


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