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山吹色の炎と蠱惑の香り  作者: 都会の犬
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招集の鐘と厄介事の種

カーン!カーン!カーン!

長い拍子の鐘の音が聞こえる。

市役所からの召集の合図だ。


僕は重たい体を寝床から起こして家を出る。

朝日の中ですれ違う人々は、行く先は様々だが皆一様に健康そのものといった風体で、

僕のような不健康を体現したかのような人物は一人もいない。


「おはよう山吹さん。これから市役所かい?」

そう声をかけられて顔を向けると、これから畑に向かうのか農具を担いだ男性がいる。

「おはようございます。田中さん。先ほど召集の鐘が鳴りましたので。」

僕はそう答えて足を止める。

「そう言えば、この間分けていただいたトマト。すごくおいしかったです。ありがとうございました。」

田中さんと数分世間話をした僕は再び市役所に足を向ける。

召集の鐘が鳴らされてから20分ほどして僕は市役所にたどり着いた。


『調布市役所』それが、この都市の中枢であり迷宮管理機関でもある。


200年前。

地球の裏側のブラジルという国で、世界で最初の、そして世界で最大の迷宮が口を開いた。

迷宮からあふれ出した濃密な汚染物質は瞬く間に付近の住人を中毒死させ一つの都市を死滅させたそうだ。

当時の偉い学者たちは汚染物質に『魔素』と名をつけ迷宮と魔素の研究に没頭したと言うが、その研究が大きな成果を上げる前にもっと大きな問題が発生したらしい。

微量でも魔素に汚染された空気は無線通信を阻害し、内燃機関の燃焼効率を滅茶苦茶にさせたのだ。

無線通信と内燃機関を失った人類は既存のインフラの維持すらおぼつかなくなり瞬く間に衰退をしていった。

最初の迷宮が開く前は世界中の国に簡単に移動ができたらしいが、今では隣の県に移動するのですら一苦労だ。特に、僕のような不健康体には。

最初の迷宮から最も遠かった日本は比較的行政機能が長く残っていた事もあり、未だに迷宮発生前の行政に近い形態を維持している。


市役所についた僕は迷宮管理課の窓口に向かう。今回の召集の理由を確認するためだ。

「おはようござい…あれ?風間さんはお休みですか?」

窓口に居るのは初めて見る女性だった。

「風間さんは狛江市役所の方で欠員が出たのでそちらに異動されました。私は先週からこちらの担当になった渋谷と申します。」

僕の問いかけにそう答えた女性はこちらを見ると顔をしかめる。

「召集の鐘を聞かれて来られたのでしたら認識票を出してください。」

彼女は不機嫌そうにそう続ける。

「あ、はい。すいません。すぐに出します。」

僕は慌ててベルトにつけたポーチから自分の認識票を取り出し渡す。

それを受け取った渋谷さんは認識票と僕を交互に見比べてさらに不機嫌そうに口を開く。

「Cランク迷宮探索者?あなたが?この認識票偽物じゃないでしょうね?」

彼女の疑問はもっともだ。

今の時代、空気、土、水あらゆる自然物が魔素に汚染される過程で人類を含む全ての生物は魔素に適応して、呼吸や食事から体内に取り込んだ魔素をため込みエネルギーとして活用する器官、『神臓』を獲得している。

神臓を獲得した生物は平時であれば神臓から溢れ出したエネルギーで体が最適な状態に保たれる。切断された手足が生え変わるほどではないが骨折程度なら1日あれば完治するほどの復元力だ。


そんな中において明らかに不健康な僕は、間違いなく神臓に欠陥があるか何か異常な、神臓をもってしても癒すことの出来ない毒か病に侵されているかだ。


「知ってますよ。認識票の偽造は重罪だって言うんでしょ?探索記録を確認してください。認識票が本物だってわかりますから。」

僕の反論に不機嫌顔の渋谷さんは調布市の迷宮探索記録を確認する。

彼女は記録を確認するとブリーフィングルームに向かうように伝えてきた。

「すでに他の探索者の方々が待機されています。急いでください。」


僕がブリーフィングルームに入るとすでに複数の探索者が乱雑に並べられた椅子に座っていた。僕と同じCランク探索者が数名、それ以外はDランク、Eランクばかりだ。先日探索者登録したばかりのFランクが見当たらない。

探索者のランクはA~Fまでの6段階。Fランクから始まり、実績に応じて最高位のAランクまで昇級していく。Fランクが居ないと言うことは、新人には任せられない案件なのだろう。少なくとも調布市所属のCランク探索者は全員そろっているし、それ以外のランクもチームを組んで活動しているものだけが集められている。

僕が開いている椅子に座って少し経つと、先ほどの渋谷さんがやってきて室内の探索者達の注目を集める。

「先日、多摩川の河川敷に小規模の迷宮が確認されました。居住区に近いため早急な閉鎖が望まれます。」

その言葉を聞いた探索者一同はあからさまに顔をしかめる。

『迷宮』、300年前に最初に発生したそれは内部に一つの生態系を持つ巨大な生物だと言われている。自ら移動することはないが放置すれば巨大化し、核と呼ばれる神臓を抜けば成長が止まりただの穴と化す。迷宮内に徘徊する生物の死骸だけでなく、欲望、苦痛、絶望と言った負の感情を糧としていると言われている。そのため、ある程度成長した迷宮はより強い感情を持った生命体、つまり人間をおびき寄せるために体内に貴金属の様な財宝を生成するようになる。当然そういったものを産出する迷宮は経済資源として重宝される為、勝手に核を抜くことは許されない。


閑話休題


迷宮内やその入り口付近は魔素の汚染濃度が高いため、より強力に変異した生物が徘徊する。居住区に近い場所に発生した場合は治安維持のために管轄の迷宮管理機関の主導で迷宮の閉鎖、つまり迷宮の核を抜く作業が行われる。当然、現場の作業者は迷宮探索者だ。

その場の探索者が顔をしかめたのには訳がある。迷宮の核を探すためには迷宮内を隅々まで歩き回らねばならない。そして小規模の迷宮、入り口が開いたばかりとなれば財宝を生み出すほど迷宮が育っていない。つまり、内部に財宝も期待できない。迷宮内部の危険生物から神臓を取り出せば資源として売却できるが迷宮内の環境のせいでそれも難しい。つまるところ、割に合わないのだ。迷宮に潜ること自体が目的でもない限り誰もやりたがらない。

「誰もやらないのであれば、僕が潜らせてもらってもいいですか?」

そう、単純に迷宮に潜ることを目的としている僕の様なやつでなければ。

「閉鎖指定の迷宮であれば探索税はかかりませんよね?」

資源価値のある迷宮は当然管理されており、入場するには税を納める必要がある。

渋谷さんは僕の問いに肯定の意を示す。

「おっしゃる通り、探索税は免除されます。ですが、水源地に近いため内部が水没している可能性があるので、できれば『水中呼吸』の『特性』をお持ちの川上さんのチームに担当していただきたいですね。」

『特性』神臓を手に入れた人類は世代を重ねるうちに旧人類にはなかった様々な能力を生まれながらにして持つ者が現れるようになった。水の中で呼吸ができる、肌を鉄のように硬化させることができる、神臓のエネルギーを火に変えて放てる等々、迷宮探索者であれば何らかの『特性』を持っていることが多い。Bランク以上の迷宮探索者であれば複数の特性を持っているのが普通だ。

「ちょっと待ってくれよ。水の中で呼吸ができるからって素早く動けるわけじゃないんだ。それに迷宮内でチームから離れて単独行動しろってのか?」

Eランク探索者の川上が拒絶の意を示す。当然だ。そもそも彼にとって水中呼吸はおまけの様なもので、彼自身に迷宮内で単独行動できるほどの実力はまだない。

「仕方ありませんね。他に希望者もいないようですし山吹さん、あなたに担当していただきます。」

渋谷さんはため息をつくと僕に向かってそう伝えてきた。

「迷宮探索規定に基づき迷宮内での拾得物は探索者に所有権があります。ただし、迷宮閉鎖の証明として迷宮の核を市役所に提出してください。よろしいですか?」

型通りの渋谷さんの説明に僕は首肯していくつかの書類にサインをするとブリーフィングルームを後にして河川敷に有るという迷宮に足を向けた。

「お~い。山吹~」

市役所の敷地を出たあたりで肩に長槍を担いだ男が声をかけてきた。


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