06話 『ノルン』
ニコニコと俺を見つめる自分を『聖典だ』という女性を見つめ、何一つ理解出来ていない事を誤魔化すようにぎこちない笑みを顔に貼り付ける。
「ん?」と小さく首を傾げ、俺の様子をうかがっている彼女に苦笑してから口を開く。
「君は俺の『恩恵』で間違いないんだろ?」
「はい! 私はマスターの『力』です!」
「……君が俺を助けてくれたんだろ?」
「……マスターの『血』の余剰で《回帰》さして頂きました」
「『血』……?」
「はい。熱くて甘い疼きが……奥に……」
何やら恍惚とした表情で頬を染めている美女に、ゴクリと息を飲む。
「……ちゃ、ちゃんと説明してくれ」
「……わ、私はマスターの『聖典 人生の栞』。『運命の女神 ノルン』によって創造され、マスターによって『人化』に至りました!」
「いや、何が出来るんだ? 『アレ』はなんだったんだ? 死にかけて、気がついたら『7日前』に戻ってたんだ!」
彼女はキョトンとして少し目を見開く。
「……そうなんですか?」
「……そ、『そうなんですか』!? 何か色々教えてくれたりとか……、何かないのか?」
「……も、申し訳ありません。《回帰》したとしか……。じ、人化したのも、使用できたのも多分、初めてなので……」
彼女はシュンと眉を垂らす。
(か、かわいいんだが……?)
少し胸がキュンとしながらも苦笑する。
これは困った事になった。
この女性が全て知っている物と思っていただけに、少しばかり狼狽えてしまう。
(結局、《栞》の使い方はわからないって事か……)
チラリと視線が合うと、不安そうな顔で俺の様子を伺っている美女と目が合う。
(……か、かわいいんだがッ!!??)
俺は「んんっ!」と咳払いをして、大きく息を吐き心を落ち着ける。
「君は『聖典』で『運命の女神』に創られた?」
「……はぃ」
「その『運命の女神』は『時間』を操ったり出来るのか?」
「『女神 ノルン』は運命を操作します。『時間』を操り、運命を捻じ曲げる事も可能かと思います」
「『運命を捻じ曲げる』……?」
「……なるほど! わかりました!! マスターは『運命を捻じ曲げる力』を手にしました! 間違いありません!!」
パーッと弾ける笑顔は途方もなく美しいが、少し落ち着いて欲しいところだ。
(……俺以上に『頭が弱い』のか?)
「ふっ」と小さく笑みをこぼし思考を進めるために、なんとなく辺りをクルクルと歩きながらしばらく熟考する。
「……『栞』。……『過去』と『聖典』。……『人生』の【栞】……!!」
(この女性は『聖典』で『神具』……。それに『栞』を挟むのが俺の『恩恵』? この女性に『血』を与えれば、栞を挟む事に……)
全身の毛が逆立ち身震いする。
(……待て、俺は『死んだ』ぞ? 『死に戻り』? いや、それじゃあ『栞』である必要がない……。まさか、『死ぬ事で栞を挟む』……?)
ゾクゾクッ……
あんな思いを繰り返すのか?
あんな絶望が繰り返されるのか?
心臓をギュッと握られたように息苦しさが襲ってくる。頭に浮かぶのは3人のパーティーメンバーの顔と……クロロの悪魔のような笑顔。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
呼吸が荒くなり、寒気が止まらない。必死にシャルの笑顔を思い出しながら更に荒くなる呼吸を無理矢理に止める。
(シャ、シャルのためなら何度でも死んでやる……!)
心の中で決意を固めながらも、震える身体は一向に治まる気配がない。
ふわっ……。
柔らかい感触と温かく優しい香りが全身を包む。
「大丈夫です、マスター……」
耳元で囁かれた優しい声に涙腺が刺激される。
1人じゃない事がこれほど救われるとは思わなかった。もう誰も信じられないと思った。植え付けられた絶望はそんな簡単に拭い去れる物じゃない。
「マスター。大丈夫です! 私が付いてます。私はマスターのためだけに存在する『聖典』。マスターだけにこの身と心を捧げます……」
伝わってくる体温が心地いい。
虚像ではない『本物』の温もりが俺を包み込む。
感覚的で、ひどく曖昧なものだが、魂の繋がりを強く感じる。
俺は気づいてしまった。
俺が今、心から求めているのが、『圧倒的な力』でも『世界を変える力』でもなく、ただ『1人の味方』だという事に。
「あ、ありがとう……」
「ごめんなさい。私は、私は……、マスターの力になれるように頑張りますので……! そばに置いて下さい」
「ハハッ……、俺は君がいてくれるだけで随分と救われてるから。ありがとう、俺を1人にしないでくれて……」
「マスター……」
「君の名前は?」
「……わ、私はマスターだけの『聖典』です。何もわからず、マスターを困らせているだけの、使えない……、ただの『本』です……」
「……違うよ。君は『ただの本』じゃない。俺にはわかるんだ! 君こそが俺の元に舞い降りた女神だろ? 『ノルン』……」
彼女は大きく目を見開くとみるみる翡翠の瞳に涙を溜めていく。
「は、はい。私は『ノルン』……。マスターから女神の名を与えて貰った、ずっとマスターの側で、常にマスターの幸せを祈り続ける者です!」
『ノルン』が呟いた瞬間に心臓部が強く光り始める。
※※※※※※※※※※
『消滅不可の栞を挟みました』
※※※※※※※※※※
天から降り注いだ無機質な声に驚き、俺はハッと夜空を見上げた。
▽▽▽▽▽
消滅することのない【栞】を確認。
死亡後、この場所からの『リスタートorデス』の選択可能。
個体名『ノルン』に細胞の譲渡にて【栞】を形成。
《栞》or《回帰》
『無限時間』の渡航が可能。
『運命』を操り、自分の望む世界の形成を……。
△△△△△
(なんだ……これ……?)
宙に浮かぶ言葉の羅列に息を飲むが、ノルンは気づいていないようで、ポロポロと涙を流しながら俺の肩に顔を埋めている。
「私のマスター……。ローラン・クライス様。私はあなた様に『生』を与えて頂いた事に心から感謝します……! 私はこれから先、『永遠』にあなた様だけの物です。いまこの場で感謝と忠誠を誓います……」
俺はノルンの頭を強く抱きながら、非現実的な世界に涙を滲ませた。まだ全てがわかったわけではない。でも確かに俺は『力』を手に入れたのだろう……。
頭の中にはシャルがいる。
「本物の英雄になる」と愉悦に塗れたクロロがいる。
(救える……。俺はシャルを……救える!!)
俺はグッと目頭を熱くする。
俺が手にしたのは、きっと『無限の時間』。
ノルンの言うように『運命を捻じ曲げる力』なのだ。
「……よろしく、ノルン。君はやっぱり俺の女神だ」
「……う、……うぅ。マスター……。本当にありがとうございます。心から感謝します……」
俺の胸の中で更に涙を加速させたノルンの体温は温かくて、
(やっぱり『本』なんかじゃないじゃないか……)
俺はクスッと笑みを溢した。
次話「8度目の再出発」です。
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次から第1章『聖女救出編』ですので、引き続きよろしくお願い致します!