17話 クロロ一行のダンジョン攻略 ②
―――「最果てダンジョン」 18階層
ミザリーはこの3日間のダンジョン攻略でかなり限界を迎えていた。
消去法で後衛である自分かメリダが荷物を持ち歩くことには理解できているが、
「ウチ、治癒特化のスキルだからぁ……」
などと雑用を押し付けられたミザリーは愕然とした。
(わ、私は状況に合わせて前衛にも足を運ぶのですが……)
心の中では言い返しながらも、それを受け入れ、100メートルほど進んだ段階で後悔した。そのあまりの重労働に足がピクピクッと痙攣したのだ。
(い、一体何キロあるのです……!?)
ミザリーの足はこの時点で筋肉が硬直し痛みを感じていた。この3日間でミザリーが知ったのは、今までどれだけローランに支えられていたのかという物だった。
――ミザリーがこのパーティーの『要』だ。魔力のコントロールは繊細に。不調を感じたらすぐに教えてくれ!
ローランの言葉と笑顔を思い浮かべながら、努力を一切、表に出していなかった事を実感する。
――このパーティーはクロロ様で形成されているのです。そんな事もわからないのですか? ローランさん。
自分の言葉を今すぐにでも撤回したかった。数週間分の食料と飲料、それに魔道具の数々。この大きな荷物には『覚悟』がある。
絶対にダンジョンを攻略する。
自分がパーティーの望む場所まで連れて行く。
ミザリーはいざ、その『重み』を背負ってみて実感した。ローランの覚悟と技能、そして絶え間ない努力を。
(『コレ』を背負いながら周囲を観察し、適切な状況判断を下してパーティーのバランスを取っていたなんて、ローランさんはどれほど有能だったのでしょう……)
ミザリーはローランの『仕事』を目の当たりにして、初めて理解した。
『このAランクパーティー、炎剣を支えていたのはローラン・クライス』
ミザリーは恐怖のあまり、クロロの「悪魔王が来た」という言葉に納得する他なかった。でも、いつも補助に徹しているミザリーにはわかっていた。
(『アレ』は先にクロロ様の焔が走り、それを『斬り裂かれた』物……)
あの『爪痕』は『新しかった』。
地面を抉っている傷の周囲は『焼けて』なかった。
この世界の『究極魔法』は調べ尽くしているが、あの跡は、それらとはかけ離れた物。
つまり、『物理的』に『斬られた』。
冷静になったミザリーにはわかっていた。
ローランが仲間を置いて去る事はない事を。
ローランが『炎剣』を大切に思ってくれていた事を。
不当な扱いを受けながらも、誰よりも優しく気遣ってくれていた事を。
パーティーの早すぎる順行にも陰りが見え始めた。
『最果て』の魔物の量は明らかに異常だ。これが、こういう物なのか、何かの影響なのかはわからないが、このままでは大変な事になる。
ローランが魔物を『解体』する事なく先を急いでいるのに、徐々に徐々にペースが落ちている。
でも計画よりは大幅に速い順行だ。
これは無茶苦茶なペース配分で先を急いだ……、というよりもクロロが狂ったように魔物を屠り続けている結果だ。
(このペースはいつまでも持ちませんね。流石のクロロ様でも魔力の消費が激しすぎますし、そろそろ冷静に話し合わなければ……)
ミザリーはチラリとクロロに視線を向けるが、冷徹で鋭い瞳で前だけを見つめる姿に息を飲み、ローランが去った事で豹変したクロロに「畏怖」を抱いてしまい、気軽に声をかける事ができない。
「ガッハッハ! 余裕、余裕!! あの『無能』がいなくなるだけで、こんなにも早ぇんだな!」
「そうね。こんな事ならさっさとクビにしておけばよかったわね」
しばしの休息に入ると、ゴーンとメリダの能天気な会話を始めた。
それにミザリーはグッと唇を噛み締める。
(……何もわかっていないのですね)
ローランが作ったマップに、出現する魔物とその弱点、ダンジョン内の罠が記されているから迷う事はないが、後先を考えない攻略に待っているのは……。
(……このままではどこかのタイミングで、ローランさんの不在を思い知ることになるはず。今はただ単純にクロロ様についていっているだけ……。このままでは……全滅……)
頭の中ではわかっているが、それを口にする事は許されない。
クロロの表情が怒りに満ち満ちていて、気分を害すような言葉を吐けば殺されてしまうと、本能的に理解しているからだ。
(……い、いっそのこと逃げますか?)
ミザリーは荷物を運ぶために常時《身体強化》を行っており、何の補助魔法も使えていない。魔法の同時展開も出来るが、荷物を運ぶだけで精一杯だった。
魔物の弱体化も、仲間への強化も、弓での援護も、周囲の索敵も、何も出来ていないというより、『していない』。
それは魔力消費を避けるためだ。
(死ぬとわかっていて、一緒に行くわけにはいかない。まだ死にたくない……)
ミザリーは逃げ出す事の出来る瞬間は、クロロが疲弊し切ってからでないと無理だと判断し、クロロの様子を常に伺っていた。
(早く逃げないと……)
チラリとクロロの様子を伺うと、バチッと視線が交わってしまいミザリーは背筋が凍らせた。
(や、やはり逃げないと……!!)
咄嗟に視線を外し、心臓をギュッと掴まれたような息苦しさに耐える。「恋」のような甘い疼きではなく、それは、果てしない「畏怖」による物だ。
「そろそろいいだろ? さっさと進もうぜ!! あの『参謀気取りのクソやろう』がいねぇから、伸び伸び戦闘できて楽しくて仕方ねぇんだ! 早く魔物をぶっ殺しにいこうぜ!」
「調子に乗って怪我しても、アンタなんか回復してあげないわよ?」
「はっ!? それがお前の仕事だろ?」
「ウチはクロロ専門の治癒師ですぅ」
ミザリーはガクガクと震える身体を誤魔化すように皆に背を向けて荷物の整理をしているフリをする。
(や、やめて下さい、やめて下さい。……来ないでください)
心の中で必死に拒絶をするが、背後にはクロロの足音が聞こえてくる。
「ミザリー? 大丈夫か?」
いつもの口調に、ミザリーはクロロが元に戻ってくれたのかと慌てて振り向いたが、そこにはやはり怒りに満ちた悪魔の表情があった。
「は、はい。大丈夫です、クロロ様。お気遣いありがとうございます」
「俺が怖いのか? ミザリー」
「……い、いえ? どうされたのですか?」
ミザリーは平然とした態度で答えてから、また皆に背を向けて荷物の整理をするフリに戻り、今すぐにでも逃げ出したい衝動を抑えた。
「そうか……」
「……は、はぃ? どうされたのですか、クロロ様」
ガッ!!
しゃがんでいるミザリーの後ろから左胸を強引に掴まれ、痛みが走る。
「……ク、クロロ様? お、おやめください。私は、」
「ミザリー……」
「……は、はぃ」
「……俺から逃げたら、どこまでも追いかけて、この柔らかな胸に穴を空けてやる。『もう誰も』逃げる事は許さない……」
耳元でボソッと呟かれた声に、ミザリーはゾクゾクッと背筋が凍り呼吸が荒くなる。
「わかったな、ミザリー?」
ミザリーは声を発する事も出来ず、コクコクッと何度も頷く事しかできなかった。クロロは何事もなかったかのように去って行く。
「ハァ……ハァ、ハァ、ハァ……」
ミザリーは慌てて酸素を求めた。
掴まれた左胸にはじんわりと熱が残っていて、まるで胸の奥にある心臓に鎖を巻かれたような気分だった。
(ローランさん……)
心の中でローランに助けを求め、ミザリーは込み上がる涙を堪えた。
次話「王宮潜入」です。
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